荒野に虹を 09
「イヨトン様が権力に食い込んでいただかないと、立つ瀬がありません」
「そんな脆弱な地盤なら初めから無い方がいいんじゃないか?」
「そういう話ではありません、タジ殿。物事には正統性というものがあるのです」
いかに実力があろうと、権力のある地位はついてこない。権力と地位を同時に有するためにはそれなりの手続きが必要だ。
「仮とは言え腰に宝剣を佩いたという事実は、言わば一足飛びで正統性を有したということとほとんど同義です」
連綿と受け継がれる権力の象徴というのは、それ単体で正統性を主張する。三種の神器を思い起こせばよい。ある種の霊性、触れ難さというものが権力の正体の一つでもある。
「正統性に触れた、という事実があることによって取り得る選択肢は広がりますから、そこのはしごを外されてしまうと手札を一つ失ってしまいます」
「確かに、元々私たちの手札は多くはありませんからね。でしたら、タジ様と共に後々挨拶に行くのが良いでしょう」
「えっ、あの猜疑心の塊みたいな奴のところに挨拶に行くの?……嫌だなぁ」
露骨に嫌がるタジをイヨトンが諫める。タジの子どもっぽい部分を初めて見たゴードは多少驚きを隠せずにいるが、イヨトンに問うとどうやらタジにはそういう一面があるのだと言う。
「タジ様は、よく言えば自分に正直、悪く言えばこらえ性のない性格なので、必要なときは叩いて聞かせる必要があるんですよ」
「いやいやいやいや、叩いて聞かせるって、冗談ですよね?」
ゴードが見ると、タジはニヤリと笑って拳を胸の前で打ちつけている。
「ああやっていますが、大丈夫です。自分がワガママを言っていると分かっているときは人の話を聞きますから」
「イヨトンは、時々俺の保護者のような言い方をするんだな」
「ですから、お守りと言ったではありませんか」
タジが猜疑心の塊と判じた新しい総司令官は、名前をモルゲッコーと言った。中央の大型天幕へと入っていく司令官たちを見送った騎士や傭兵たちは、それぞれの仕事に戻っていく。
タジとイヨトンはゴードに頼まれて天幕の中に入ろうとしたが、見張り番に止められた。
「現在、着任式と宣誓式をやっております。もうしばらくお待ちください」
モルゲッコーが総司令官に着任したこと、それから副官たちがモルゲッコーに従うと宣誓すること、この二つの儀式を天幕の中で行っているのだった。式の最中は天幕内に入ることは何人たりとも禁じられ、中の様子はこの場で権力を持たぬ者には全く分からない。
秘密。それもまた、権力を権力たらしめる要素の一つではある。
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