荒野に虹を 07

 一口に公共事業と言っても様々あるだろうが、この場に求められる事業など一つしかない。それは何かの建築だ。

 建築には人手がいる。それも組織だって動き、力仕事に耐性のある者の統率が必要である。その点、この場にいる騎士や傭兵、とくに後者に関しては力仕事に対する耐性と言う点においては、申し分ない。彼らの握る剣や槍を鑿や鉋に変えてしまえば良いのだ。組織だった動きに関しても、多少の軋轢を見越しても戦場の規則に従わせれば大きな問題にはならないだろう。

 しかし。

「問題は、何を作るかと言うことです」

 ゴードは大いに頭を悩ませていた。

 この辺りの土地は荒野である。雨はあまり降らず、保水力の乏しい土であるために作物は育たない。また、風が強いので高木も育たず、わずかな低木や乾きに強いサボテンが生えている程度であった。

「初めは農地を開拓する案を考えていたのですが、適した作物がありませんでした。もし作物が荒野で自給自足できるのであれば、道に沿って街を作っていくことも考えたのですが……」

「農地自体も難しいと?」

「水が少なすぎます。これを見てください」

 ゴードは、机上に積まれた書類束を一つ掴むとタジに渡した。羊皮紙に書かれているのは、行商人が荒野に運んでくる商品の一覧である。

「チスイの荒野における水は、そのほとんどを眠りの国と採石場の街から行商人が運んできているのです」

「げっ、それは危険だろう」

 あらゆる生命に対して、水不足は死に直結する。人間は食べ物がなくとも多少は生き延びることもできるだろうが、水が無かったらわずか二、三日で死に至る。それを他所からの輸入に頼っているという現状は、はっきり言って綱渡りだ。それで長年戦争状態が続いていたことが奇跡である。

「危険ではありますが、確実です。眠りの国はそうして荒野の生命線を握って、チスイの荒野における主導権を明らかにしていたのですから」

「そんなことをしなくとも、赤獅子の騎士団が裏切るとは思えないが」

「傭兵側が権力を得て裏切ることを懸念していたのだと思います」

 その辺りの権謀術数を考え出すときりがない。とにかく、眠りの国は命の源である水を手綱にチスイの荒野をまとめようとしていたことだけは確からしかった。

「しかし、そんな手綱の握り方があるもんかね?」

 ゴードの説明に、今度はタジが頭を悩ませる。

「わざわざ心身に負荷をかけるような脅し方で人を動かすのは策としては下の下だろう?そんな下策をレダ王がわざわざやるようには、俺は見えなかったんだがなァ」

「王はレダ王ばかりではありません。もちろん、赤獅子の騎士団を統率するのはレダ王ですが、他三人の王がどのように考えるかと言うのは、意見が分かれることもあるかも知れませんから」

 尚も信じられない、と言った様子で頭をひねるタジに、ゴードはそれから先のことを話した。

「ともかく、農地という発想が頓挫してしまったので別の視点を探しているのですが、それが難儀しているのですよ」

「うーん……」

 大の男二人が、書類の積まれた天幕内でうんうん唸っているのは、傍から見ると不気味に映ったことだろう。

 強まった風が天幕を撫でていく。この辺りでは一番の強さを思わせる強風だ。

「ところでタジ殿、魔獣は現在出現しているのでしょうか?」

「出現はしている。が、魔獣同士で何か色々とやっている感じがあるな。それが魔獣側で戦力を整えているのか、それとも紅き竜に怯えているのかは分からないがな」

 魔獣側の動きを完全に把握することは難しい、とビジテは歯噛みしていた。竜巻の向こうではタジが減らした戦力を整えているかもしれない、となると悠長にしていられない気持ちもわかる。

「こっちも間もなく眠りの国から新しい総指揮官が来るらしいな」

「私としては、話の分かる人であって欲しいところです」

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