荒野に虹を 02

 ゴードは眼前の権力者に滔々と語った。

 この地が有する役割、それは騎士団にとっては次代の傑物を発掘するための試練の場であり、社会からはみ出してしまった膂力のある者にとっては、野盗やごろつきなどの悪事に手を染めずに生きていける手段のうちの一つであり、商人にとってはさまざまな物資を国に買い取ってもらえる機会である。

 言ってしまえば、魔獣との戦争は眠りの国における産業の一形態である。物資と人員の消費という点においては収支は常に赤字であるのに、それが甘受されているのは偏にそれが効率的だからだ。

「効率的、と言うのは変な話ですが、言い換えれば均衡がとれているということです。国が国民から徴収した税をどのような用途で使うかというのは、為政者が決めることであり、為政者がそれを良しとするのであれば、終わりのない、実りの無い戦争を続けることも仕方のないことでしょう。世に犯罪がなくならず、それを取り締まる自警団が常に必要なように、チスイの荒野に魔獣が現れることは自明であり、そこに常に戦力を投入するのは必要なことだと誰もが思っているのです」

 国民の全てが納得していることを、どうしてひっかき回す必要があるのか、というのがゴードの想定する国民の意見であった。

「それは、ゴードの考えか?それとも、商人の多くがそのように考えているのか?」

「考えることができる商人なら必ず同じ結論に至ると思いますよ。必要悪、とまでは言いませんが、そう捉えられても仕方ないでしょうし、多くの商人は、チスイの荒野における商いに関して、魔獣との戦争ありきで損得を見極めています」

 どれだけの間その状態が続いていたのかを考えると空恐ろしくはあるが、ゴードの言葉から考えるに、相当長期間にわたってチスイの荒野は魔獣との戦争状態にあったことがうかがえるし、それは今後も続くと見込んでいるようだ。

「この戦争が終わるという考えは?」

「祈りの歌姫の登場がそれを可能にしたと考えられていましたが、タジ殿が無手で帰ってきたということは何らかの事情があったのでしょう。でしたらこの戦争状態はまだしばらく続くのでしょうね」

 タジが歌姫の救出に向かったことはゴードの耳にも届いていたらしい。元々タジは隠すつもりもなかったが、あの三人が歌姫救出を部外秘にする可能性はあった。

 部外秘による箝口令が何らかの形で漏れていたのであれば、それはそれで問題でもある。

「ほー、やっぱり商人ともなると世の中を見る目が違うんだな。わずかな情報や現場の状況から推測する力に長けているもんだ」

「だから言ったじゃないですか。餅は餅屋、適材適所ですよ」

 顔を見合わせて確認する二人に、ゴードは疑問の目を向ける。

「どういうことですか?」

「商人なら何が損で何が得になるかを分かっているってことだ」

 そこで、だ。とタジは椅子から立ち上がってゴードの隣に立った。肩をポンと叩いて顔を近づける。

「俺たちは、それを分かっていてなおかつこの戦争状態を解決したい。権力と浪費の間で無駄に血が大地に吸われるのであれば、そんな呪いをこの地に背負わせるのは不公平だ」

「……私は嫌ですよ?」

「だから、力のある商人のゴードに、この地の新しい産業を考えてもらいたいと思ってな」

「い、嫌です……」

 肩に置かれたタジの手に、わずかに力がこもるのが分かった。

 イヨトンが対面で困ったように微笑んでいる。

 逃げられない、ここは既に竜の胃袋の中なのだ。歯を見せて笑うタジの、肩にかけられた手指が、ゴードには鉤爪のように感じられた。

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