祈りの歌姫と紅き竜 47
「本物の紅き竜と同じ力を持っている」
嘘はつけなかった。
タジが連れてきた紅き竜が本物か否かを気にするオルーロフの動きは正しい。伝説に聞く紅き竜を従えることができる人間など、想像だにできないのが普通の人間の感覚であり、その点でオルーロフはあくまでタジを人間として見ているのだ。
一方、タジの発言は、必然的にタジの連れてきた紅き竜が本物ではないと言っているようなものである。同等の力を持っている、ということは比較される二者が存在しなければ出てこない発言だ。
「それは……」
タジの言葉にオルーロフは恐れ慄いた。戦場を指揮する者は常に最悪を想定して動かなければならない。その点において、オルーロフは優秀である。赤き竜と同等の力をもつ者がいる、という事実は、結果として「紅き竜は複製可能」という推測を導き出す。だとしたら待っている結論は悲劇の二文字である。
一体でさえ人間側を恐慌に陥れることのできる魔獣が複製されれば、とても勝ち目はない。確実な人間の滅亡を予言されたかのように、オルーロフの顔面から血の気が引いていくのが分かった。
「まあ待て、オルーロフ。お前は今、こう考えているはずだ。赤き竜が複数で来たら、チスイの荒野どころか眠りの国はおしまいだ。違うか」
当然とばかりに頷くオルーロフに、タジは手のひらを見せて落ち着けと合図を送る。
「安心しろ、あれは本物だ」
「それでは言っていることが矛盾しています」
「本物と同じ力を持っているのだから本物なんだよ。それとも何だ?お前はこの姿以外の紅き竜を探してこれるのか?」
詭弁である。
タジがオルーロフに詰め寄っているのは、タジが乗ってきた紅き竜以外に紅き竜がいるのだとしたら、その存在を見つけて連れて来い、ということだ。
「そんなこと、できるわけがない!私がタジ殿の言葉に唆されて実際にチスイの荒野でエダードを見つけたとして、私は塵芥にされるだけでしょう」
「そう。お前たちは俺の連れてきた紅き竜以外の存在を見つけられない。だから、あの紅き竜だけが本物だ」
エダードは、久しぶりに遊んだからしばらく人形遊びはしないとタジに言った。その言葉にどれほど信を置いて良いのか、悩むタジではなかった。エダードがタジに抱く親近感のようなものを考えれば、よほどの気まぐれ屋ででもない限りその口約束は守られるだろうとタジは考えた。
一種の賭けではあるが、それで反故にされたらその時こそは引導を渡す。それがけじめだと考える。
「そんな、子どものような理屈」
なおも引き下がらないオルーロフを、ラウジャが諫めるようにその肩を叩いた。
「オルーロフ殿。心配なさっているのは分かりますが、タジ殿があれを本物と認めているということを、我々は受け入れるべきではないでしょうか」
「どういうことだ、ラウジャ」
「私は実際に紅き竜を見ました。あの迫力は確かに紅き竜エダードそのものです。タジ殿の言葉を信じなければ、我々はいるかどうかも分からない紅き竜の本物に常に脅かされることになる。伝説であった紅き竜に怯えなかった我々が、どうして本物の向こうにいるかどうかも分からない幻に怯えなければならないのですか。赤き竜は目の前にいる。それが全てなのではないでしょうか」
「私もラウジャの言葉に賛成しますぜ。歌姫が魔獣で、紅き竜エダードによって我々は操られていた。タジ殿は紅き竜を倒し、何らかの形でその伝説の竜を支配下に置いた。これなら話の辻褄が合うんじゃねえですか」
「憶測にすぎない!」
「そうだ、全て憶測だ」
タジが三人の話を断ち切る。
「俺が歌姫を連れて帰って来られなかった時点で、この話は全て憶測になってしまうんだよ。どれほど論を重ねようと、全ては憶測の域を出ない。だとしたら、お前らが次にどうするべきかは決まっている」
タジがビジテの方を向く。
「ビジテ、あんたのように物語を作るしかない。俺の証言をもとに、目の前に積み上げられた事実を元に推測し、なるべく矛盾の無いように、物語を作るしかない」
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