祈りの歌姫と紅き竜 26
「それは誤解って奴ですな、タジ殿」
ピシャリ、とビジテが言った。
「誤解っていうのはどういう意味だ?」
朝日の透ける天幕の中は水を打ったように静まり返っている。それもそのはずで、タジの言葉は戦場の士気に水を差すような言葉だった。
騎士が保身のために傭兵やごろつきばかりに危険な配置を任せており、その結果、騎士に思い上がりが蔓延している。
「誰だって、死ぬのは怖いもんでしょう。それこそタジ殿の言うように、人の生き死にには運が絡んでくることもあります。ですが、それ以上に我々傭兵なんかには戦場での矜持ってもんがあるんです」
「矜持」
「私らは常に生きる場所を求めています。生きる、っていうのは大変だ。自分がどう生きたかってのは、常にその時の自分にしか分からないもんです。私らはね、タジ殿、自分に嘘をついてまで生きたくねぇ、っていう奴らの集まりなんですわ」
ビジテが左腕の袖をまくる。そこには乱雑に縫われた、まだ新しい傷跡があった。鋭利な爪でえぐられたような肉を無理に引っ張って縫っているので、縫い糸は張り詰め、あまりに痛々しい。
「オルーロフ殿には再三止められているんですがね、私は戦いたい。そこにしか生きている実感がない。私がまとめてんのは、そういう奴らの集まりなんです」
「……なるほど」
タジがオルーロフの方をちらとみやると、視線を泳がせて唇を強く引き結んでいる。
「タジ殿、私たちは決して驕っているのではありません。確かに、もしかしたら配置に恣意的な何かを感じ取ったのかも知れませんが、誇り高き騎士は戦場を選ばず、王の命を全うするのが務めです」
ラウジャの一石は、天幕内に波紋となって響いた。
「ラウジャ、あなたの言葉には何の間違いもありません。しかし、私は副官として」
「副官として何かいう時にはよく気を付けることだ」
タジの語気を強めた言葉に、オルーロフは委縮し言葉を詰まらせる。しかしそれを言わせないのはタジの優しさでもあった。
「ビジテが誤解だと言った。ラウジャが騎士の誇りと務めを説いた。だとしたらこの場で間違っているのは、俺だ。変なことを言ってすまなかった」
タジが頭を下げると、天幕内にどよめきが起こる。
「頭を上げてください、タジ殿。私らは別に気に病んでもいませんって、なあラウジャ」
「もちろんです。タジ殿がおっしゃったことは、規律と心の在り方の問題です。今回は騎士の中にそのようなさもしい人間がいた、ということを聞けて、むしろありがたいくらいです。私たちは幸運にも生き延びている。騎士の誇りをもって戦うことができる。その志をささいな不公平ごときで不運と嘆いて良いはずがない」
ラウジャの言葉が、オルーロフにどのように届いているのか。タジはちらりとオルーロフの顔を伺ったが、すでにその顔には何の表情もなかった。
「そうか。これ以上この話を続けていてもいたずらに時間を浪費するだけだ。本題は『何を勝利とするか』だ。結論はでたのか?」
タジが切り出すと同時に、天幕を揺らす地響きと共に、強い風が襲いかかってきた。
「敵襲!」
思い出したかのように鋭い鐘の音が鳴り響く。
何事か確認するよりも先に、タジとラウジャが天幕を飛び出していった。
「あいつらッ……!」
続いて天幕を出ていくビジテの後ろ姿を見送って、オルーロフはその場に崩れて、しばらく顔を両手で覆っていた。
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