2-5 癒しを求めて

 気温の高いコウエンの夏の朝に似ているかと思えば、湿気がない分日差しの熱がより一層肌に突き刺ささり、商人さんから貰った白紫の頭巾をいそいそと被った、そんな砂漠の朝を迎えた。

 結局、男性陣をこちらから起こすことなく、平和な夜が過ぎ去った。

 私自身、ルカの回復魔法やネフェさんの看病のおかげで、倒れたのが嘘のように体は快調そのもので、ソレからは眠気を感じることもなく朝まで見張りをこなすことが出来た。

 一番初めに起きてきたのはトールだった。日の出の光を浴びた直後に目を覚まし、途中で起きるとかいいながら、結局寝通してしまったことに少し落ち込んでいた。

「仮眠が本眠になっちゃった……ごめんね」

 とは申し訳無さそうに言われたが、こっちはニヤニヤしながら「それが目的でした」と話すと、頬をムニューーーッと抓られ、頭巾の中に手を突っ込んで無理矢理髪をワシャワシャされてしまった。

 うん、ちょっと痛かった。

 その後トールは、昨晩途中だった荷物の整理とギルドの書類を整理し始めた。

 私は、トールが起きてきたので見張りの任は終わったものの、彼から再び渡された食材で朝食の支度をしていた。

 お鍋の中でコトコト煮込まれているソレをゆっくりとかき混ぜながら、残る3人が起きてくるのを待っていた。

「ブフッ」

 口の中に砂が入っていたんだろう。ダインが急に咳き込みだし、上半身を少し起こすと口の中の入っていた砂を吐き出していた。落ち着いて目をシパシパと数回開閉すると、突然起き上がり空を見上げた。

「……は? 俺……さっき寝たはず……」

 そのままダインはゆっくり立ち上がると、昨日の夜見ていた天幕群に目をやった。

「……キノコ」

 おお、寝ぼけてらっしゃる。

 世界は朝の日差しにより金色を帯び、昨晩の光の灯った天幕群を今度は外側から照らされ、角ばった三角の天幕は輪郭が光によって隠されている。

 特に寝起きの彼にとって、まだぼんやりと写る風景は、余計に輪郭がぼかされ大量の巨大なキノコがそこら中に生えているように見えたんだと思った。

 現に起き通しで朝日を拝んだ私も同じように感じていた。まさか寝起きのダインも同じ感想を持つとは思ってもみなかったので、思わずクスッと笑ってしまった。

「おはよう。本当にぐっすり寝たみたいだね。はい、コレ」

 手渡したのは、じっくりコトコトと今まで煮込んでいた出来立てのオニオンコンソメスープだ。具材はいたってシンプルで、コンソメスープに玉葱と干し肉を細かく刻んだものが入っている。

 スープで柔らかく戻された干し肉から、肉のうまみ成分が滲み出しているため、玉葱だけのとは少し違う味わいである。

「はよう。そのようだな。……ん、うまい」

 彼は手渡されたマグカップの中身をチラッと見て、火傷に注意しながらゆっくりと一口飲んだ。それでも熱かったようで、何度か小分けにしながらマグカップの中身を全部飲み干した。

「おかわりあるか?」

「あるけど、その前に顔どうにかしようよ」

 砂がチラホラついてる左の顔を指差した。ダインも指差された顔を触ると砂がパラパラ落ち、砂の後が顔中にポツポツと凹みを生んでおり、その感触を指で確認している。

「ふむ……そうだな。トール、この辺に水場ってあるのか?」

 ダインは顔をはたきながら焚き火のところに座っているトールに目をやった。トールは昨日もらってきたギルドの新しい依頼書に目を通している最中だった。

「残念ながら。その辺で砂を落としてこいよ」

 彼は仕方がないとつぶやくと天幕の横へと回り込み、髪の毛や服の中に入りこんだ砂を掃いだした。

「おはようございますー」

「おふぁようございまふ……」

 時を同じくしてネフェさんとルカが天幕の入口に顔を出した。ネフェさんのほうは爽快な顔をしており、ルカのほうはまだ眠そうでふにゃふにゃしている。

 二人は天幕から出てくると、各々思い思いに伸びをした。

「ごめんなさい、昨日は私たち思いっきり寝てしまいまして」

「いいっていいって。寝れるときにたっぷり寝るのが一番。こと、女性のお肌のためにも」

 なんとも元気のよさそうな年長組なんだろうか。

 トールもいつも以上に寝れたので、妙に艶々で元気そうな顔をしている。

「カひょうさん……もう、だいひょうふほーですね」

「うん、おかげさまで。ルカこそ大丈夫?」

「ふぁい……朝は弱いほうで。孤児院でもこんな感じでした」

 孤児院の朝は早く、起きたらまず掃除をし、朝食を食べてから勉強に、お祈り、農作業など結構盛りだくさんらしくて、いつも寝起きはこんな風にふにゃふにゃらしい。

「そろそろ水浴びしたいですね」

 ルカがつぶやくとおり、モールでシャワーをして以来、3日間は水浴びなどしていない為、体もべたべただし、自分もみんなも匂いだしている。お互い様のためまだマシかもしれないけど、やはり女の子ととして限界である。

「だね。出来ればお洗濯とかもしたいけどね」

 二人ともそれぞれの服を引っ張りながら、パタパタとはためかせていた。

 ……やっぱり臭う。

「ネフェさん、魔法でお水とか作ることってできないんですか?」

「ごめんなさい、ここまで乾燥してると無理ですね」

 ネフェさんも困った表情をしているものの、本当にどうすることも出来ない様子だった。

 ネフェさんいわく、水魔法と氷魔法は空気中の水分を凝縮することによって、水や氷を作り出し、それを操るものであるという。なので、空気中の水分が少ない乾燥した場所では使えないとのこと。

 召喚術も得意としてる人なら、水精を呼び出すことで乾燥した場所でも水を呼び出したり、そこから氷魔法へ転用することもできるらしいけど、世界が閉ざされてるために召喚術そのものが高度な技術となっている。さらに、乾燥している場所では水精自体が召喚されることを嫌がる為に、難易度は格段に跳ね上がる。

 因みにスープを作るときに使用した水は、トールが昨晩の買い物で購入した飲料用の一部であり、お水そのものは販売されている。

 また、有料ながらシャワー施設もあるらしいけど、端っことはいえ砂漠地帯での水は貴重な為にシャワー施設はかなり高額であり、こちらも常に仕事があるわけでもないので、お金を簡単に使うことが出来ない。

「大きな商隊の護衛ならシャワー用の水も運んだりする場合もあるんだけどね。そういう依頼ってなかなかな無くてね。みんなには苦労かけちゃってごめんね」

「大丈夫だよ! 旅ってそういうものだって言うのは分かってるし」

 とは言うものの、理解しているというのと、実体験中というのは差があるわけで、内心はここまで水浴びなどが出来ないのは想像していなかった。

 全員が同じ状態であっても、やはりダインとトールは異性であって、こんな姿はあまり見せたくない。

「さて、気を取り直して、含めて朝ごはんしながらミーティングしようか」

 トールがそういうと、私たちは焚き火の周りに集合した。ダインも天幕の脇から出てくると、脱いだロングコートを小脇に抱えて、トールの横に腰掛けた。

「次のお仕事はちょっとした噂の検証でね」

 ダインの着席を確認すると、トールは順番に見てねと概要書をダインに渡した。

 彼は黙って概要書に目を通していると、ほんの少しだけ眉間にしわがよったように見えた。

 それ以降はすばやく読み終えたようで、すぐに左隣にいた私に手渡してきた。



  << 依 頼 書 >>


【依頼主】サイペリア国公安局


【趣 旨】アンデッド徘徊原因の調査及び排除


【概 要】

 東部の広域において、深夜に多くのアンデッドモンスターの徘徊が目撃されている。

実被害報告が極めて少ないが、首都及び周辺地域の住民から不安の声が高まっており、現在、当アンデッドモンスター対策として各街の防衛強化中。

 当任務を外部へ依頼することにした。発生源と思われる場所の特定は完了している。

 現地に赴き、原因の調査と排除を要請する。


【場 所】東部南方 キスカの森


 <補足事項>

  該当の森の中にオーレル子爵所有していた別荘あり。

現在は放棄され、廃墟化していると思われる。


【報 酬】100,000ベリオン ※受け取りは全支部から可能


【備 考】1.何らかの物的証拠を見つること。証拠に関しては現場判断。

 2.原因排除の目安は排除申告日より3日間以上の目撃証言がないこと。


「ごめん……アンデッドモンスターって何?」

 概要書を左隣にいるルカに見せて、その文字を指差した。

 ルカはきょとんとした眼差しでこちらを見ると、少し困ったような表情をしながら説明をしてくれた。

「アンデッドはゾンビ……動く死体とか動く白骨体とか、死んだのに動いて襲ってくるモンスターのことなのです」

「ああ! 不死者のことか! ありがとうー! まだ、こっちの呼び方でいくつか知らないのあるのよね」

 その言葉にルカは納得がいったようで、ホッとした表情をしていた。

 大きな括りであるモンスターなどかなり頻繁に使う言葉は自然と他国から入ってきたりするが、それでも今回のようにちょっとした単語がまだ分からないものは多くある。

(こうやって話す上での言語はおおよそあってるのにな……なんでなんだろ?)

 それだけコウエンの文化体系が他国と大きく違い、且つ鎖国を繰り返す閉鎖的だから入ってくる言葉が少なく、世界の標準とは違う状態になってるのではないかと思った。

 何事も勉強。そう心に決めて、改めて概要書に目を通した。

「ねぇ、昨日の夜も含めて不死者系のモンスターと全く遭遇してないよね?」

「昨日までいたのが大陸の西部、つまり西側だね。東部はオルティア山脈から東側の地域全部を指すんだ。あとは概要書の通り、アンデッドは東部にしか現れていないということ」

 東部にはサイペリア国の首都サイペリス、娯楽都市ルノア、旧国境関所など重要拠点があるグランドリス大陸の中心地域とのこと。地理的にも中心地になるらしい。

 また、このカラサスの街は山脈の南側にあるため、あの赤い壁の向こうとあわせて南部と呼ぶとのこと。

「じゃぁ、ここまではまだ来ていないってことなのね」

 そう納得すると、持っていた概要書を改めてルカに渡した。

 ルカは先ほど見せたタイミングで大まかなに掴んだらしく、割と早くに一番最後のネフェさんへ概要書を回した。

「あの、トールさん……アンデッドということは浄化や破邪が必要ですか?」

 トールへ質問したルカの声音がいつも以上に震えている。

「ま、まぁ……実際の状況を確認してみないとわからないから、悪いけどそのつもりでいて」

「に、苦手ですが、がんばってみます」

 ルカのようにフェオネシア教の信徒は主に「神への祈り」「信託の授受」「傷ついた人への癒し」「物の穢れを祓う浄化」「邪悪なる物を退ける破邪」を行う慈善を目的とした宗教団体である。

 大半の信徒たちは「祈り」を捧げることが主な活動であるが、中には人々を助けて回るなど慈善事業に深く係ったり、時には過酷な修行をして聖なる力を高めるなど、

ルカもそういった修練を積み、その修練の一つとして巡礼の旅があるのだという。

 ルカに関してはこの中でも「癒し」を得意としている。

 「癒し」は主に相手の中に自らの魔力を注ぎこみ、その魔力で相手の自己治癒能力を一気に上昇させる魔法の一種である。注ぎ込む以外にも、元々生物の中にある魔力の流れを操作することで解毒などを行ったり、遠くに離れた相手や複数人数にも自己治癒力を上昇させたりすることができるらしい。

 代わりに今回ルカが担当する可能性のある「浄化」と「破邪」は癒しと全く異なった性質の行為である。

 「浄化」は生物以外の物が受けた呪いや汚染など穢れ全般を取り除く魔法行為である。対象が魔力の循環がほとんど存在しない無機物や、逆に生物とは全く異なった魔力の流れを持つ自然物などが対象であるため、魔力を作用させるにしても大きな抵抗が生まれたり、効果そのものを作用させる手順が大きく違う。

 また「破邪」は自らの中にある聖なる力や聖を中心とした様々な精霊に協力で、魔に属する者を排除し、魔に侵された者を本来の正常なる姿形へと戻す魔法行為である。

 魔とはすなわち生物の負の側面や感情を糧とし、世界を邪な空気で満たしてしまおうと目論む悪しき存在たちや、自然の摂理から逸脱しすぎた者たちをさす。

 いわば自然と生物側の聖なる正義をもって、悪しき者を討ち滅ぼすとのこと。

 「浄化」と「破邪」は比較的に行動的な行為と思われ、大人しい感じのルカには確かに似合いそうにない分類である。現にルカは「癒し」のみに特化したシスターであり、このあたりの得手不得手はいかにもルカらしいなと思ってしまった。

 というわけで、何とかかんばって見ると言ったはいいものの、やはり苦手意識が強いのかルカは下を向きながら、何か呪文の手順のような言葉をブツブツとつぶやいている。

 今度は概要書が渡ったネフェさんに視線を移してみると、こちらもなにやら眉をひそめている様子だった。

「なんでしょう……場所の特定は完了しているのに、最後の詰めを他人に任せるのって。怠慢……とはちょっと違うかもしれませんが、煮え切らないんです」

 言われてみれば、公安局ということは警察組織なわけだから、それなりに戦闘できたりする人たちが多い部署ではないだろうか?

 そんな人たちが、どうして見知らぬ他人に自分たちの仕事を渡してしまうのだろうか?

「気持ち悪いと思います?」

 数日前の尻尾をブンブン振り回していたダラしないトールとはまた違い、一言で言えば今のトールは紳士であった。とにかくやさしく低姿勢で丁寧な喋りだけど、なんというか答えを持っている年上の人が年下のヒトを相手にしているようにも見える。

「それは……やはりそう思います。自分たちで最後までやり遂げるのが責任というものじゃないでしょうか? 特に公安局ですので、市民の安全を第一に優先するべきかと……」

「正論ですねぇ。でも、大事な部下や戦力を分けのわからない事案に突っ込ませて、何らかの被害を出すよりは、お金を渡せば何でもやってくれる人にしてもらったほうが何かと都合がよくありませんか? こと、ハンター側は自己責任の下、自分たちの力量と判断を測りにかけて、依頼を受けるかどうか選び取れます。

 それに公安局が出るということは街の防衛人数を割いて出向かせるわけですから、自分たちの本来の仕事を優先して、他の専門家に頼むのも正しいと思いませんか?」

「それは、そうですね……」

「結局、ヒトは様々な場面で持ちつ持たれつですし、需要と供給なんですよ。俺たちだってこうやって旅人の生活ができるのも、この恩恵でもあります」

「なるほど、そういうことでしたら納得ですね。世間はまだまだ広いですね」

「なーに、普通は意識しなくてもいい所であって、身近になったからこそ見えてくるものも沢山あるだけです」

 確かに、普通に生活していれば意識しない。

 街という安全な空間の中でその安全性が守られれば、どんな方法で守っているのかは気にすることなく普通の生活が送れる。

 トールとネフェさんの話を聞きながら、コウエンでの生活を思い出してしまった。

 確かに気にしてなかったし、気にする余裕もない生活だった。

 居場所がなかった私には剣術の稽古に打ち込む以外何もなく、父もまた女の子らしいことをしている暇があったら稽古という感じだった。

 心も身体も休まるのは、学校にいるときと寝るときだけ。

 ソレに比べたら、今は本当に自由しかない。

 何もかもが自由で、選び取るのも自由。行動するのも自由。

 思い出したときは胸の奥にずっしりとしたものを感じたけど、自由を再確認するとそんな重さは一気に吹き飛び、胸の奥は澄み渡った空のように気持ちよくなっていた。

「うー、よし!!」

 気持ちが晴れ晴れとしたせいか、なんとなく今日という日に対して気合が入った。

「何やらカキョウちゃんも気合が張ったみたいだね。ではお兄さんも気合を入れて発表しちゃいます」

 何やらニヤついた表情をしながらトールはその場に立ち上がると、左手を腰に当て、右手の指を三本立てて、何やら決めポーズをした。

「キスカの森には徒歩で3日要します。……が、途中に水場のある野営ポイントがありまーす!」

「「「おおお!」」」

 私、ルカ、ネフェさんが水場という言葉についつい叫んでしまった。

「しかも、この後出発すれば少し夜になるけど、今日中にはたどり着けます!

 さらに!! このルート利用する人はほとんどいないので、恐らく――か し き り」

 トールの口からは今まさに欲している魅力的な言葉の数々が飛び出している。

 思わず私はルカとネフェさんのほうを向くと、目をキラキラと輝かせた二人を見ながら小さくガッツポーズをしていた。

「か……貸切!」

「うふふ……今日の辛抱と考えれば、問題はありませんね」

「なるべく急ぎ足、ですね。が、がんばります……!」

 大人しそうな二人ですら、何か背景に炎が描かれるような気合に満ち満ちた表情になっている。

「よし! さっさと食べちゃおう! 善は急げってね!」

「おいおい、慌てると喉詰まらせちゃうよ」

 トールの忠告はごもっともで、食べかけのパンを急いで食べきろうとコンソメスープとあわせて流し込んでいたら、お約束どおり喉につまらせた。ぐるじい。

「慌てすぎだ」

 ダインは溜息交じりながらも背中を叩いてくれたのだが、どういうわけか加減がおかしかった。どうも、力強いというか、背中を通して全身にズン!っと大きな衝撃が走った。

「ふんぎゅ」

 衝撃であっさりつまりが解消できたが、どこから出てきたのか分からないような奇声を発してしまった。

「す、すまん! 加減を誤った……」

 彼の一撃は、もはや加減というには違うような気がしたが、彼の入った箱はティタニスで乗ってきたものだったから、察するにずっとタイタニアの人と交流してきたのだろうか? それなら確かにタイタニアと私じゃ力加減も変わってくるなと思った。

「大丈夫大丈夫! さって、張り切っていきまっしょい!」

 こんな些細なことは気にしないでおこうと、気を取り直して荷物をまとめ始めた。

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