ep.51 ファイナルアンサー?
退院する日には、母が迎えに来てくれた。基本的には人使いの荒い人だけれど、本当に困ったときには助けてくれる。その辺やっぱり、実家暮らしはありがたい。
社会人になってお金が貯まったら、実家を出るつもりでいる。窮屈な暮らしに不満がないわけじゃないし、いつまでも実家の世話になるのは悪いからね。でも、母はきっと寂しがるんだろうなと思う。寂しがって、たぶん、あたしに辛く当たる。想像がつく。
まあ、そんなことになるのならもう少し家にいたって良いのかな。出ていけと言われたら出ていこう。子離れができない親たちなので、そんな日が来るかどうか知らんけど。
『無事退院しました。いろいろと心配おかけしました』
春樹くんに、LI○Eを送った。今日、彼には病院に来ないように言ってある。母が来ることが分かっていたからね。
『退院おめでとうございます! 落ち着いたら、また連絡ください。いつでも会いに行きますから』
いつも思うんだけど、これ本当に春樹くんなのか? って。いや、別にアカウントの乗っ取りを心配しているわけではないんだけれども、会ったばかりの頃と比べるとあまりに別人すぎて、拍子抜けするっていうか。人喰い狼が、柴犬の赤ちゃんに成長しました、みたいな感じ。イヌ科だからセーフってもんでもないぞ。
退院したその日のうちに、春樹くんは我が家に遊びに来た。親もビックリ、しかし彼はやたらと堂々としていた。
「桜庭さんの大学の後輩の、崎田と申します」
いや、実家暮らしの女の家によく乗り込んでくる気になったよね。彼の度胸は、半端ない。
最初に軽く挨拶をした後は、ずっとあたしの部屋にいた。おかしな感じ。なんで、春樹くんがあたしの部屋にいるんだろう。
「優里乃さん、退院おめでとうございます。もう、二度と入院しないで……」
よほど怖かったのかな。手術翌日に現れたときも、会う直前まで泣いてたみたいだし。
「すまんな」
「……ほんとに、気を付けてくださいね」
拗ねたように口を尖らせる。子どもみたいな表情に驚いた。シャープで大人びた顔立ちにミスマッチで、謎の安心感を覚える。
「あ、そうだ! 優里乃さん。退院したついでに、付き合ってください」
「うわ、それ思い出したか」
めちゃくちゃフランクに言うてくるやん。
「だって、『付き合うとしても、退院後』っていったのは優里乃さんじゃないですか」
「……本気なの?」
「もちろん。……恥ずかしくて、ちょっとふざけちゃいましたけど、絶対に、真剣にお付き合いしたいと思っているんですけど」
真剣か遊びかを問うてるわけではない。
「あたしの右手は、もしかすると元に戻らないかもしれない」
「ん? でも、リハビリを頑張れば、ある程度は――」
「世の中にはね、いっぱい他の女の子が居るのよ。選択肢が多い中、わざわざあたしを選びますか? って話」
「んん? なんか、あまり話が繋がっていない気がする」
「えっと、つまり、わざわざ不自由な部分のあるあたしと付き合う必要なくない? ってこと、これで分かる?」
「んー」
春樹くんは腕を組んで目を閉じる。
「いや、まあ、優里乃さんが言わんとしていることくらい、分かりますよ。でも、それはそれ、これはこれって感じがするんですよね」
春樹くんが、再び目を開いた。切れ長の、力のある目付き。
「優里乃さんとの思い出だとか、見た目の可愛らしさとか、尊敬すべきところとか、いろんな好きなところがあるんですよ。もちろん、ちょっと苦手なところもあります。人の言葉をネガティブにとらえるのは、できればほどほどにしてほしいと思ったり。でも、これだけいっぱい、好きなところがある中で、多少もめることが有ったって、多少右手が不自由になってしまったって、そんなことで好きな気持ちを抑えることってできますかね」
改めて言われると恥ずかしいな?
「『好き』と『付き合う』って、別じゃん。もしかしたら、春樹くんは時としてあたしの右手の代わりをするはめになるかも」
「それでもOKってくらいには、大好きです」
あまりに爽やかな笑顔で言われたから、悲しくなった。悲しい? ――いや、「申し訳ない」が正しいな。
「じゃあ……本当にあたしでいいの」
「ファイナルアンサーでよろしくお願いします」
春樹くんは、笑顔だった。
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