ep.49 プレ花嫁だった

 最初の二日間は、怪我が相当痛んで動くのがしんどかったけれど、徐々に元気になり、共有スペースに移動する機会も増えてきた。


 正月までも挟む、十日間の入院生活は、決して孤独ではなかった。春樹くんはほぼ毎日、大学が終わると来てくれた。ひよりもちょくちょく姿を表したし、なんなら志歩も来た。その都度うるさくなるから、病室の外に出ることにしている。


「プレ花嫁、何やってんの。こんなところに来てる暇あるわけ?」

「別に。……あんたこそ、何やってんのよ? ホームから落ちるって、何? どうしたらそんなことになるわけ? 当然、自殺未遂じゃないんだろうから」

「バイト帰り、終電待ってたら、酔っぱらいに押されたらしい。これで死んでたら、ほんと、世話がないよね」


 志歩がため息をつく。


「……優里乃のことだから、どこかの女に恨みでもかったのかと思った」

「あたし、そんなに女ウケ悪いの?」

「まあね、いわゆるあざとい系の女だから。人の彼氏奪ったりしそうだし」

「それはあんたのことね」


 ほんと、どの口が言うか。新手の自虐ネタか?


「あとさ、私、プレ花嫁なんかじゃないから。彼氏からプロポーズされて、相手の親に挨拶に行ったんだよね。……結局さ、破談にしちゃった」

「ハダン」


 唐突な告白に、面食らう。


「相手方の家に挨拶に行ったんだけど。そしたらさ、院に行くなっていうから」


 志歩は、大学卒業後は大学院に残る予定だったはずだ。学生結婚でもするつもりだったのだろうか。


「私は、院に合格したことも話してたし、進学するつもりだってことは、ちゃんと理解してくれているものだって思ってた。その上で、プロポーズしてくれたんだって思ってたんだ。だけど、彼のお母さんに、結婚するんだったら、当然家庭に入るか、外で働くかするように言われてね。しかも彼、全然味方してくれなかったんだ」


 あとで、話が違うと彼氏に詰め寄ったらしい。


「そしたら彼、なんて言ったと思う?」

「『プロポーズを受けた時点で、当然、進学は諦めてくれているものだと思ってた』とか?」

「……それだったらまだマシだったかも。言葉でちゃんと確認しなかった私が悪いなって思えるから。彼ね、『何にも考えてなかった』って」


 何にも? そんなことって、ある?


「結婚するってさ、結局『家庭を作る』って事じゃん。家庭を作るって、大仕事だと思うんだよ。二人で協力して、いろんな問題に立ち向かっていかなきゃいけない。大きなところだと、金銭、家事、子ども。だから、院に行って、お金を使うだけ使って、家事をする時間は専業主婦のようにはとれなくて、子どもを育てることもない。そんな私と結婚するってのは、かなりイレギュラーな選択だってのは分かっているはずだと思ってたし、逆にそれだけの覚悟を決めてくれたんだって、舞い上がっていた」


 あたしが志歩の彼氏さんだったら、もちろん、言われなくても分かる。現実的というか、ほんの少しだけ姑息とも言うべきか、そういうことは、結構しっかりと考えられるタイプだから。もしかしたら、女性は一般にそうなのかもしれない。そうじゃないかもしれない、分からない。過度の一般化はよくない。


「彼は、なにも考えていなかった。結婚は、一生一緒にいることだって、それだけしか分かっていなかった。『ただ一緒にいたいからプロポーズしたんだ』って言ってた」

「え、何? 今までのって、高度なノロケだったりする? ずっと一緒に居たいと思ってもらえるのは良いことじゃない?」

「別れた彼とのことをノロケてどーすんのよ」


 あ、破談のみならず別れたのね。


「このまましばらく付き合っていると、他の人に目移りしたりすることもあるんだろうなって思ったんだって。だけど、そこで浮気して、別れて、別の人と付き合って、を繰り返していくうちに、どんどんグレードが下がるかもって考えたら、そろそろ落ち着こうかなって。ちなみに私は、五人目のカノジョ」

「うわ」


 そんなことを平気で志歩に伝えてしまう男も男だが、なんというか、あり得る話だよなあ、と思ってしまう。もっと良い職場を見つけようと転職を繰り返すも、なぜかどんどん給料も下がって、ブラック企業に浸かっていく残念サラリーマンみたいな。


「そろそろ妥協したくて結婚を決意して、親に進学のことを突っ込まれた瞬間、『おお、そういえばそうだな、退学してくれ』はさすがにダメだなって。それで、振った」

「あまりにリアル」

「……どうして、私の味方って現れないのかな。ずっと味方でいてくれる人って、存在しないのかな」


 志歩が自嘲的にぼそっと呟いた言葉は、二年前に彼女を裏切ったあたしにもグサッと刺さるわけだけれども。ただ、あたし自身はあまりそういう考え方はしたことがなかったな、と感じた。


 自分の全面的な味方なんて、存在しないと思っている。――勘違いしないでほしいのは、これは厭世感でもなんでもないってこと。


 人の心は、移り変わる。だから、あるときに自分の味方だった人も、明日には敵になっているかもしれない。それはただ、ずっと我慢していただけかもしれないし、そのときの気まぐれかもしれない。バックグラウンド、その他の事情に問題があっただけかもしれない。


 春樹くんだって、そうだ。今はあたしのことが好きで、怪我をしたのが可哀想で、優しくしてくれている。だけど、これから先もずっとそうだとは限らない。もしこの先、大喧嘩したら? もし、偶然同じ授業を取った子で、すっごく可愛い子が居たとしたら? もし、……万が一、あたしの怪我の後遺症がひどかったら?


「例えば、その彼氏さんが結婚を思い立ったのが偶然にも二年後で、志歩は就職間際だったとしたら、どうだったんだろう」

「そうね、考えの浅はかなやつだって気づかないまま結婚してたかも。……そういう意味では、良かったかもね」


 気づかないなら、気づかないで幸せなんじゃないの? って思うのはあたしだけだろうか。そのまま結婚して、なんとなく幸せに暮らして、例えば数年後に何かしらの壁にぶち当たったとしても、その頃にはそいつも多少は成長しているかもしれない。


「ありがとう。なんか、人に話すとやっぱりすっきりするよね」


 まあ、志歩の気がすむのなら別にそれで良いわけだけれど。内心、結局人との関係ってタイミングが大事なんだよなあ、と思わずにはいられなかった。



※※※

作者のまんごーぷりんです、こんばんは!


私事ですが、エブリスタさんの方で、本作が「新作セレクション」に選ばれました!やったね!

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