ep.47 懐古していた

 24日が終わろうとしていた。


 特別に寒いクリスマスイブだった。


 あたしは深緑のAラインコートに身を包み、冷たい町を歩いていた。


 23時の寒空は、あまりに静かだった。――きっともう、世の中のカップルたちは、どちらかの家か、ラブなホテルに身を置いていることよ。


 思えば、大学生になってからのクリスマスイブは、本当にろくなもんじゃなかった。


 大学一年目のクリスマスイブは、まだ彼氏がいなかった。同じ学部のある女子と、「彼氏のいない者同士水入らず」で遊ぶ予定だったのに、当日ドタキャンされた。待ち合わせ場所についてから30分後に、男の子に誘われたから今日の予定はなしで、という電話がかかってきたときに、どうして怒れなかったのだろう。



 大学二年目は、彼氏の裕太が――あ、そうか。既に別れていた。だから、いつもどおり家で過ごしていた。うちはあまりそういうイベントごとを大事にする家庭ではなく、クリスマスも大したお祝いはしなかった記憶。その数ヵ月前までは、裕太とちょっといいレストランに行こうという計画を立てていただけに、虚しかった。予約をしたのも、キャンセルをしたのも、あたし。



 大学三年目。――なぜか、期末試験があった。ちなみに、めちゃくちゃ風邪を引いていて、38℃の熱を出しながら解いた試験の出来はイマイチだった。あのときの試験がもう少しだけできていたら、卒論を書いていなくても主席だっただろうか。


 そして、今年。バイトに明け暮れていた間は、なにも考えなくてよかった。だけど今、あたしはやっぱり、こんなにも虚しい。


 もしあのとき、春樹くんが病院の前まで来てくれたときに、彼を拒絶するような言葉を発していなかったとしたら。――まあ、恋仲だったかどうかは別として、こんな気持ちにはならなかっただろう。


 少なくとも彼は、十分すぎるくらい素直になってくれていた。――そんな彼が、あたしのせいでまた心を閉ざしてしまったらどうしよう。




 電車に乗り込もうとしても、ちょうどあたしの目の前で車両はいっぱいになる。本当についていない。仕方がないから、次の電車を待つ。――電車の運航間隔が狭いのが救いか。


 次に来るのが、最終列車。これを逃せば、帰れない。あたしはまあ、最前列に居るから大丈夫、乗れるはず。ホームが一層騒がしくなる。皆、次の電車を逃すまいと押し合いへし合いしている。たまに、どけどけ、と怒鳴り声を立てて歩く輩もいたりして、あんなやつ、毎日終電を逃す呪いにかかればいいのに、と思う。



「まもなく、電車が参ります。黄色い線の内側まで――」



 構内にアナウンスが鳴り響く。



 その瞬間、あたしは背中を押された。

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