~卒業試験~

「ほっしー! 早く! たぶん、もうみんな並んでるよ!」


「マジ? とばそうか。」


『強化術式!』


 2人がそう唱えると足元に術式が現れ一気に加速する。「兵師へいし」と呼ばれる人々は、自分が得意とする支配対象に対しての干渉と別に基本術式と呼ばれる2つの術式を使うことができる。


 その中の1つである強化術式を使って高速移動を可能としている。


 術式とは簡単に言えば支配力をより効率よく発揮できるための装置である。

 基本術式はその中でもかなり簡略化され、なおかつ、より汎用性が高いように設計してある。

 ピンク色を何度も塗り重ねたような鮮やかな桜並木を背に2人は学校へと急ぐ。


 2人が通う結界国立都志見兵科学校けっかいこくりつへいかがっこう、ここは結界の国の首都都志見つしみにあるその名の通り「兵師へいし」を育成するための機関である。


 兵師とは、国家を守る軍隊である。人々は、入隊することを誇りとしているが、かなりの支配力を持つエリートでなければ、兵科学校にすら入れない。


 桜が満開となった今日、一年に一度の卒業試験が実施される予定であり、卒業試験受験資格者が黒い群れをなしている。


「なんとか間に合ったね!」


 2人は集合時間ギリギリに会場に滑り込み、涼花すずかは息一つ乱さず、得意そうな顔をする。


「相変わらず速いな……」


 星雪ほしゆきは膝に手をつき息を切らしながら苦笑いする。その間に校長の永遠と思えるほどの長い話が終わり試験担当員の説明が始まる。


「諸君には、まずそれぞれの練兵場に移動し、そこで1つの巻物を奪い合ってもらう。チーム分けが済み次第、馬車に乗れ!」


 甲、乙、丙の3チームに15人ずつ別れ、1つの会場につき45人で試験を行う。


 この試験形式は何十年も前から行われており、結界帝国の全ての兵科学校で実施されている。


 しかし、多くの兵科学校ではこの試験は、通過儀礼の様相を呈しており、実際は在学中の成績で卒業の合否が決められる。


 だが、試験であまりにもふがいない行動をすれば、不合格どころか、兵師への道も閉ざされる。しかし、結果を出せば卒業後の進路が約束される。


 教官の指示によって、チームが分けられ、分けられた者から馬車に乗ってゆき、やがて出発する。


「ほっしー! 同じチームでよかったね!」

「まぁね。連携も取りやすいしね……」

「でも、やっぱり同じ試験内容だよね。面白みが無い〜」


 涼花は、馬車の壁に備え付けられた長椅子に手をつっかえ棒のように後ろにつけて退屈そうに座る。


「面白みか……毎年同じ内容だからこそ、より熾烈な競争になると思うよ。気を引き締めないと。それにただの森じゃないって聞いてる。」


 星雪が真剣な顔で答える。


「ほんと、ほっしーは心配性だね。でも大丈夫!もしもの時はうちが守るから安心して!」


 涼花がいたずらっぽく笑う。


「はいはい。よろしく」


 星雪が苦笑いしながら答える。


「こんな時も仲良しごっこか」


 馬車の後ろの方からイラだった男の声が響く。


「なになに? 羨ましいの?」


 涼花はその言葉に笑いを含ませる


「ふん、能天気な奴らだ。だか、俺がいればチームの勝利は間違いなしだ。無名の家のお前らは、ただ付いて来ればいい。運が良かったな、お前ら」


 その口調には、ありとあらゆる侮辱の感情が込められていた。


「さすが名家大神家の跡取りで今期首席の大神政次おおがみまさつぐさん。自信のほうも一流だね〜」


 涼花がおちょくった感じで言う


「お前、試験前に脱落したいか?」


 政次がものすごい剣幕で睨みつける。


「まあまあ、二人ともせっかく同じチームになったんだから力を合わせようや!それに今回試されているのは個々の力だけではないだろ?」


「わかっている。」


「うちは、このおぼっちゃまがふっかけてきただけで別に争うつもりないしー」


「なんだと、この能天気女! 死にたいのか?」


「まぁまぁ落ち着こうや。」


 この場を収めたのは中村義孝なかむらよしたか。屈強な体格をした彼は皆の精神的柱であり、クラス委員長のような存在だ。


「ふん。義孝に免じて今回は許してやろう」

「ほんと、何様のつもり?」

「大神様だか?」


 政次は当然と言いそうな顔で答える。


「へ?」

 その様子を見て涼花は、呆気にとられる。


「神谷。もうこれ以上は、無駄だよ。相手は天下の大神家だ」


 星雪は涼花をなだめる。


「そんなの関係ないよ。言いたいことを言わない。それでいいの?」

「それは……」

「うちは、やだよ。そんな窮屈な生活」

「そうだけど……神谷は自由すぎだよ」

「そうかな?」


 涼花は再び笑顔を取り戻し、星雪はホッと胸を撫で下ろす。そして「……チョロいな……」とボソッと呟く。


「何か言った?」


「な、なんでもないよ!」


 星雪はイタズラをみつけられた子供のように跳ね上がる。その背筋に冷たいものが走っていた。


 馬車は都志見つしみの木造とレンガづくりの建物の混在した、まさに和洋折衷を体現したような町並みを抜け、少しの時間の後、広大な敷地を誇る練兵場に到着する。


 馬車はその一角にある森へと更に向かう。馬車を降りた星雪たちの前に広がる森はあまりに深い緑をしており、まるで人工的に作られたかの様だ。


「ここが試験会場か……」


 星雪は緊張を隠せない声をする。


「緊張しないの! 逆にいい結果が出せなくなるよ! ほら、深呼吸しよう!」


 涼花は、森の水々しい空気を胸いっぱいに吸い込みゆっくりと吐き出す。


 この時、誰も知らなかった。いや、知るはずがなかった。これから起こる大事件のことを

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