第4話 王子様を望む理由

魔獣狩りも終えて、そして食事も終えて。

いつの間にか草原には夕日が差し込み、私が家に戻らなければならない時間が迫っていた。

この頃は何故か隣町に行かされることが多い。

だから前よりもフェリルと会う回数は増えているものの、それでも今日が終われば一週間程度は会えることはないだろう。

そしてそのことを知っている私は少しでもフェリルと触れ合える時間を惜しむようにそのふわふわの身体を膝の上に乗せて夕日で赤く染まる空を眺めていた。

家に戻ればまた1人の生活が戻ってくる。

そのことを考えてしまって、そのせいで私の胸に堪らない寂しさが宿る。

出来ればフェリルを家に連れて行きたいが、幻獣を連れて帰ることなど出来るはずもないのだ。


「クルル……」


そして知らず知らずのうちに無言になっていた私の心情を察したのか、フェリルはそう優しく鳴いて慰めるように私のお腹へと頭を擦りつけてくれた。


「あはは。くすぐったいよう!」


私はそう言ってフェリルを離そうとするが、何故かフェリルはさらに私のお腹へと頭を擦りつけてきて……


「クルル!」


そしてその上機嫌そうなフェリルの声に私はフェリルがいつの間にか私を慰めるためでなく、ただ楽しむ為にお腹に頭を擦り付けていることに気づく。


「……フェリル」


「クルッ!?」


私がかけた声に対するフェリルの反応、それこそが私のお腹にフェリルが夢中になっていたことを示していて、私は愕然とする。

確かにこの頃お腹周りが出てきた気もしていたけれども、それでもこうして現実を突きつけられると正直、辛いものがある。


「うぅ………」


「クルッ!?クルル……」


悲嘆に暮れはじめた私に、フェリルは自分の失態を悟り焦り始める。


「クルッ!」


「ぷっ!」


そして焦りすぎたせいで、私の膝の上から滑り落ちて転んでいた。

その姿はあまりにおかしくて、私は思わず吹き出してしまう。


「あははっ!」


「クル!クルル!」


すると流石に恥ずかしかったのか、フェリルは抗議するように私に羽をペシペシと叩きつけてくる。

だけど逆にそんなフェリルの反応まで面白くて、思わず私はさらに笑ってしまう。


「はぁ、ごめんね……」


「クル!クル!」


そして笑い終えた時には少し私は落ち着いていた。

今まで頭を支配していた憂鬱感は笑ったせいか吹き飛んでいて、妙に心は晴れやかだった。

ちょっと、笑っただけで直ぐに割り切れてしまう自分に、単純かもしれないと少し落ち込んだけども、それでも今までよりも私は落ち着いていた。


「本当、フェリルありがとうね」


「クル!」


そして私は感謝の気持ちを込めて、未だ不機嫌そうなフェリルを撫でる。

するとフェリルはそんなことでは許さない!そんな表情をしながら、尻尾を嬉しそうに揺らしていて、私はまた笑ってしまう。

本当に私にとってフェリルといる時間は凄く大切で楽しいものだった。

幾ら冗談で継母とエイシアが、自分のことを好きなのではないかなんて言えるようになってきても、それでも2人から自分が嫌われていることを私は知っている。

そして使用人の人達も、幾ら私によくしてくれたとしても決して友達にはなれない。

私と表立って仲良くしていれば、その場合継母達の目に止まって腹いせに首になる可能性があるのだから。

だから本当に私が友人と呼べるのはフェリルだけだった。


そして、その唯一の友人に一週間に一度程度の頻度でしか会えないということは私に想像以上のストレスとなっていた。


日々フェリルと会う日だけを楽しみに過ごし、だがその肝心の日は直ぐに過ぎ去ってしまう。


「………何か、ないのかな」


それは私にとって本当に辛いことで、だから私はぽつりとそう言葉を漏らしてしまう。

その言葉は酷く曖昧で抽象的な言葉だった。

その何かはこの日常が壊れることを望んでいるのか、それともフェリルがこの日常に取り込まれることを望んでいるのか、そのことさえ自分でもわからないそんな言葉。

思わず口に出てしまった程度のそんな中身なんてない、そんなもの。


「あっ、」


だが、その言葉を口にしだしたことで電撃のように私の頭にある記憶が蘇った。


ーーー 王子様がこの街に来るという、その記憶を。


「そうだ!王子様に気に入ってもらえれば!」


「クル?」


突然叫んだ私を訝しげに膝のフェリルが見上げてくる。


「クルルッ!?」


そして次の瞬間言葉の意味を悟ったのか、凄い反応を示して再度膝からフェリルが転がり落ちて行くが私はそのことにも気づくことはなかった。


「そうだよ!そうすればずっと……」


私の頭に王子様に気に入られ、そして雑用から解放されていつもフェリルと一緒にいられるというそんな夢のような想像が浮かぶ。

いや、それだけじゃない。

そこからさらに想像は広がっていく。


輝かしい宝石の埋め込まれた広場で踊る私と、そしてキラキラの王子様。

顔は思いつかなかったので、フェリルのを借りて鳥だが、笑う?たびにキラキラの何かが飛び散る。


「ふへへ……」


「クルッ!クルルッ!」


そしてそんな想像にだらしなく口元を緩める私に、何か抗議をするようにフェリルがバシバシと羽を叩きつけてくる。


「うーん……あれ?フェリルもしかしてもう歌が聞きたくなった?」


私は何故そんなにフェリルが興奮しているのか分からず、フェリルの身体を抱き抱えようとして……


「お前もか!」


「えっ!」


その時、そんな男性の声が私とフェリル以外誰もいないはずの草原に響いた……

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