環 4
クチャナは、自分の手に握られている金細工を見た。目の前で眠っているワマンは助かるだろうか。アースは、彼が元の姿に戻ることを許すだろうか。
そしてまず、ワマンから時間渡航者としての能力を抜くということは、可能なのだろうか。
いま、アースは劉姉弟とともに、アニラの洗脳を解くので手一杯のはずだ。ワマンに構っている暇などないかもしれない。しかも、町子や内山牧師たちは、新しく来た客人に取られてしまっている。
そんなことを考えていると、ソファーの上にいた猫のうち、黒猫のほうがクチャナのほうに寄ってきた。
「どうした? 私は君たちとは関係がないはずだが」
少し優しい顔になっている。クチャナは猫が好きだった。触り心地が、リャマやアルパカに似ていたからだ。
猫は、何も答えずに、クチャナの膝の上で丸くなって眠り始めた。動くに動けない。そんな状況に陥ったクチャナは、軽くため息をついて、ワマンを見た。
その時、ドアがまた三回ノックされた。嫌な気配がしないので入るように言うと、そこには劉天佑がいた。彼はゆっくりと部屋の中に入ってきた。クチャナはその姿を見てびっくりした。昔の中国の、漢民族の貴族の格好をしていたからだ。
「天佑、アニラはもういいのか?」
天佑は腕組みをしていた。それを解いてから、ひとつ、大きく息を吐いた。
「アニラはどうにかなったよ。今度はその兄さんだな、クチャナさん」
クチャナは、頷いて、猫を膝に乗せた状態でワマンを見た。
「疲れていないか、天佑?」
天佑は、首を横に振った。
「俺たち兄弟は、能力を少し解放しただけだ。疲れているのはそれをコントロールしている旦那のほうだと思うぜ。あれは少し休んでもらったほうがいい」
「それはそうだ。私たちもだいぶワマンのことで頼ってしまった」
クチャナは、そう言うと猫を抱きしめて立ち上がり、猫をソファーに戻した。
「どこかへ行くんですか、クチャナさん」
クチャナは、天佑に少し寂し気な笑顔を向けた。手に持った金細工をぎゅっと握りしめて、ドアノブに手をかける。
「天佑、ここを少し頼む。私はナギの夫を呼びに行く。あれは深層意識まで到達した普通の人間の洗脳を解くのに長けている。精神科医を選んだ男だ。彼ならワマンの洗脳も解けるだろう」
クチャナがドアを開けると、天佑は少し笑って手をひらひらさせた。分かった、行ってきてくださいね。そう言っているようだった。
クチャナは、ワマンを天佑に任せて隣の屋敷に走った。
ケン・コバヤシ。
ナギの夫の精神科医は、そんな名前だったはずだ。
ケンを迎えに行くと、彼はすでにクチャナのもとに行く準備を整えていた。
「クチャナさんや町子さんが時間渡航者を連れて帰ってきたと聞いてね。これは私の出番かもしれないって思ったんですよ」
ケンはそう言って、部屋を出てドアに鍵をかけた。
「さあ、行きましょう。これ以上、先生に負担をかけるわけにはいきませんから」
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