強さの温度 18

 メリッサは、自分の力を最大限発揮できる状況を作るために、町子に部屋を借りてそこに籠った。これで熱が下がるかどうかはわからない。しかし、少しだけ皆に心の余裕ができてきたのは確かだった。

「シリウス」

 アースの部屋に入ってきたのは、ネイスだった。彼女は両手にバケツを持ち、そこにたくさんの氷が入った水を持っていた。

「これを使って。私も手伝うわ」

 ネイスの言葉に、シリウスは、ありがたい、と一言言って、その水と、ベッドの横にあった洗面器の水を替えた。

「今は、どうなの?」

 ネイスが問うと、シリウスは先ほどより落ち着いた口調で、こう返してきた。

「熱が下がらないのには変わりがない。だけど、俺たちに余裕ができた分、少しでもやれることをやってあげられるようにはなったな。とりあえず、点滴も注射も効かないから、口から色々入れてやってる。栄養のある水とかな」

 そう言って、シリウスはアースの手を取って、優しく額を撫でた。

「聞こえているか? 今、メリッサが薬を作っているんだ。俺は効くと思う。だから、飲めるな?」

 シリウスがそう言うと、アースは少し安心したように肩の力を抜いた。彼は、自分の状況を分かっているのだろう。そして、メリッサの薬がどういうものなのかも。

「これは、もしかして」

 その様子を見ていた輝が、シリウスと目を見合わせた。ネイスがそばから離れると、アースの手をずっと握り続けている町子の肩を、輝が叩いた。

 その時だった。

 誰かが、ドアを三回、ノックしたので、輝が出た。そこにはメリッサが、薬の入った器らしきものをもって立っていた。

「あの、作ってみました。よかったらこれ」

 そう言って、精いっぱいの勇気を振り絞って器を差し出すメリッサの肩を、輝が抱いた。

「メリッサ、君がやるんだ。どうか、飲ませてあげてほしい」

「でも、私、そこまではできないわ。やったことがないもの」

 メリッサがためらっていると、輝は彼女の背を押して部屋の中に引き入れた。部屋の中の人間の目がメリッサを見る。すると彼女は、器を持っている手を震わせた。

「無理です。私がそんな大それたこと」

 それでも震えるメリッサの体をアースのもとへ近づけていく輝の手を、皆が後押しした。すると、目の前に現れた光景を見て、メリッサは息をのんだ。

 アースは、ひどく衰弱していた。なのに、必死に生きようと頑張っていた。苦しい息をしながらも高熱と戦っている。その姿に、メリッサは涙を流した。

「やらせてください」

 小さい声でそう言うと、メリッサは涙を拭いて、そこにいたみんなを見た。

 すると、町子がメリッサを皆の中心にいざない、シリウスが向こう側に回りこんだ。

「メリッサ、これからシリウスが伯父さんを起こすから。タイミングを見て私も手伝う。お願いね」

 町子の説明に、メリッサは力強く頷いた。初めてのことなのに、怖くない。

 シリウスが、アースを起こして抱きかかえた。アースはシリウスのほうに寄り掛かったまま、動かない。ただ苦しそうに息をしているだけだ。それを、輝がさらに起こして、シリウスが抱きかかえたまま輝が支えるという形になった。その恰好のまま、メリッサの手を取って、町子が器をアースの口元に近づけていく。近づけば近づくほど震えるメリッサの手を、町子はしっかり握ってくれた。

 怖くない。

 そう思えた時、メリッサの手の震えは止まった。

 器のふちを口に押し当てると、少しずつ、メリッサの薬をアースは飲んでくれた。本当に少しずつだが、確実に減っていく。少しつらそうになってきたので、少し休んでまた同じことを繰り返す。そして、三度目になると、アースは少し声を出した。瞼もぴくりと動いたので、ここで目を覚ますのではないかと誰もが期待した。しかし、この段階で目を覚ますことはなかった。

 薬を飲ませ終えると、皆はホッとして、しばらくしたらアースをベッドにそっと寝かせた。あとは熱が下がるのを待つだけだ。

 ホッとしたら、おなかが空いてきた。皆は空腹を思い出して、マルコの作ったパンを思い浮かべた。すると、シリウスが少し笑って、こう言ってくれた。

「今はまだ高熱が残っているし、すぐに結果が出るわけじゃない。一時間後にまた熱を測るから、その時また呼ぶよ。お疲れ様。皆は少し休んでくれ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る