強さの温度 16
要塞の中は混乱していた。
赤い警告灯が点滅し、場内全てのライトが赤く点灯していた。サイレンが鳴り響いていて、やむことはなく、場内にいたすべての人間がどこかに出口がないか探りながら走り回っていた。
サンドラの弟であるイーゴルもその一人だった。
彼は、パニックを起こしていた。どこへ行っても迷路ばかりで訳が分からない。いつも決まった場所にしか行かないから、いざ別の場所に出るとたちどころに迷子になってしまう。
イーゴルは、確信した。姉の部屋に行けばきっと何かがある。この状態を止めることができる何かがある。そう思ったが、姉の部屋がどこにあるのかもわからない。
迷子になっているうちに、どこか一か所が爆発した音がして、イーゴルは足を取られた。要塞が傾くのが分かる。床が傾いていく。固定していないものはすべてイーゴルや周りの人間たちとともにズルズルと下のほうへと落ちてゆく。
「姉さん! 姉さんはどこなんだい! 僕はここにいるよ、助けてくれないか!」
イーゴルは、そう叫んだが誰にもその叫びは届かなかった。そして、二度目の爆発がイーゴルのいる区画を襲った。
外からそれをヘリコプターの窓越しに見ていたサンドラは、高笑いをした。
「あんな頭の悪い弟はもともといらなかった。私に意見してくる研究員も、もう要らない。私に必要なのは、研究データだけ」
すると、ヘリコプターに一緒に乗っていたラヴロフがおもむろに立ち上がって、こう言った。
「空中要塞の最期ですな」
「ええ。もうあれは捨てた。持っている価値もない」
すると、ラヴロフは少し声のトーンを落とした。着ている白衣のポケットに手を突っ込む。
「それは、私自身もですかな」
「そうね」
そう言って、サンドラは少し考えた。顎に手を当ててにやりと笑う。
「あなたの脳さえあれば、心も体も必要ないわね」
「そうですか」
ラヴロフは、そう言うと、白衣のポケットに突っ込んでいた手を出した。その手には、拳銃が握られていた。
「これはどういう冗談なの、ラヴロフ? そんなおもちゃを持ち出して」
「おもちゃかどうかは、あなたで試せばいい。あなたは今、私の体も心も不要だといった」
「確かに言ったわ。それがどうしたっていうの?」
全く動じないサンドラに、ラヴロフは負けなかった。彼は、持っている拳銃の安全装置を外し、トリガーに手をやった。
「残念です」
そう言って、ラヴロフはトリガーを引いた。
銃声が一発して、その弾丸はサンドラの頭を貫通した。サンドラの骸が、座っていた椅子からずり落ちる。
驚いている運転士と部下に、ラヴロフはその骸を海に捨てるよう命じた。そして、運転士に、極寒のロシアに向かうよう命じてから、こう言った。
「今から月の箱舟の主は私だ。本来のこのプロジェクトの完成を目指すべく、まずはロシアへ向かえ」
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