真夜中のラジオ 6

輝がやらなければならない実験とは、ただ、真夜中のラジオを聴く、それだけだった。しかし、条件がいくつかあった。毎日必ず違うチャンネルを聞くこと、気分が高ぶってきたらその番組を聞くのをやめて、すぐにそのチャンネルをメモすること。そして、何か途中で分かったことがあったら、必ず報告をすること。それだけだった。

 輝は、それを快諾した。

 やることがそんなに難しくない上に、ちゃんと輝のことも考えてくれていたからだ。その晩はフォーラが輝を家まで車で送ってくれた。その車中でこんなことを言われた。

「輝君、町子ちゃんをお願いね。この子、素直じゃないところがあって、私たち夫婦もちょっと苦労しているのよね」

 フォーラは、苦笑いをして森高を見た。すると彼女は顔を赤らめて反論した。

「そんなんじゃないよ! 私は私で自分に正直だもん! 変なこと言わないでよ!」

 そう言った森高町子は顔を赤らめてふくれていた。輝はそれを見て少し安心した。どうしてかはわからない。先程からだが、彼女は少しずつ輝に対して人間的な感情を見せてきているような気がしたからだ。

 そんな話をしているうちに、フォーラの車は輝の住む家に着いた。明かりがついている。母はまだ起きているのだろう。外に出てフォーラと森高に挨拶をすると、輝はすぐに家に向かった。いい香りがする。夕飯を作っているか、食べているか、そんなところだろう。久しぶりに母と二人で起きていられるこの時間が恋しくて、輝は急いで家に入った。

 ただいま、そう言って家の戸を開けると、母が出迎えてくれた。輝が以前見た時より少し痩せているだろうか。もともと太っているほうではないが、今日はずいぶんと痩せて見えた。そんな母は、輝が早く帰ると知って、手の込んだハンバーグを作っておいてくれた。久しぶりに食べる温かいご飯も、冷めていないおかずも、母と会話をしながら食べると格別だった。今日は深夜のラジオがかかる前まで、いや、母が寝る前までしばらくここにいて、母と話していよう。輝はそう思った。

 最近のサッカー部の様子やアルバイト先での経験談など、母は輝にいろいろなことを聞いてきた。そういえば母も輝と同じで、ラジオやテレビの影響を受けていない。狂暴になっているわけでもなければ疑心暗鬼になっているわけでもない。なぜだろう。母がテレビをあまり見ないで新聞で情報を得ているのと関係あるのだろうか。

 そんなことを疑問に思いながら、母と話していると、母が寝る時間が来てしまった。少し寂しそうに、母は寝室に入っていった。それを見送っていると、輝は、寂しくなって、すぐに二階にある自分の部屋に上っていった。

 寂しい。

 いつも、忙しくしている時はこんなことを感じないのに、いざ家族の温かさに触れると、寂しさに身震いまでしてしまう。そこに住んでいる弱い自分に触れた輝は、そんな弱い自分を今はどうにかしたくて、ラジオを付けた。

 明日の分の授業の予習と、今日やった授業の復習をしなければならない。輝は、自分でも、自分のことをずいぶんな頑張り屋だと思っていた。いや、頑張り屋とは少し違う。

 臆病なのだ。

 勉強しなくてもある程度はどうにかなる、そういう考えもなかったし、むしろ、ちゃんとやっておかないで留年でもしたらどうする? そちらのほうが怖かった。テストで赤点さえとらなければ怖くはない。ちゃんと授業に出席して単位を取得して、そのうち自分の得意分野を見つけて就職するなり進学するなり、進路を決める。そんな、無難な道を選んでいくことで安心しているだけだ。

 無難な人生なのだから、おそらく輝は無難で平凡な人間で終わるのだろう。それならそれでよかった。危ない橋を渡ってギャンブルのような職業について、日々金欠に怯えながら生きるよりずっとましだ。そう考えていた。アルバイトをやっているのは、就職に有利だからというのもあった。もちろん、輝の持っている携帯電話の料金は自分のバイト代から払っている。そうやって徐々に独立していこうという考えは、輝自身でも、石橋を叩いて渡るようなものだと感じていた。とにかく怖い。人生で失敗を犯すのが怖かったのだ。

 ラジオからはいつもの軽快な音楽と、音楽をリクエストしたリスナーの手紙が読み上げられていた。パーソナリティーの男性が淡々と語りを始めると、ゲストの女性がずいぶんと高いテンションでこう言った。

「リスナーのみんな、聞いているかなー? 明日だよ、ついに明日、その日が来るよ!」

 訳の分からないセリフだった。

 その日、とはいったい何なのだろう。

 しかもそれが明日来るという。

 輝は、ハッと思い起こし、今のおかしな状況をノートに書いた。明日、その日が来る。ラジオのゲストの女性がそう言っていた。ただそれだけのことだが、輝の違和感はそれを危険なことだと感じていた。

 明日、何かが起きるのではないだろうか。ならば、明日になってからでは遅い。いま、森高は起きているだろうか。帰りに聞いた彼女の携帯番号を確認する。寝ていたとしても、これはきっと起こして聞かなければならないことなのだろうから。

 輝は、震える手で森高町子の携帯に電話をかけた。

 すると、すぐに彼女は出た。眠そうな声ではなかった。輝が、先程のことを告げると、森高は少し考えて、こう返してきた。

「それは確かに気になるな。伯母さんにも一応報告しておくけど、私たちも明日、みんなの動きに注意したほうがいいかもしれないね。高橋君、明日もバイトと部活、休めるかな」

「部活はどうにでもなるけど、バイトはな。二日も休むと、さすがに給料に響くよ」

 そっか、と、電話口で残念そうな声が聞こえた。

 輝は、心が痛んだが、こればかりは仕方がない。これ以上シフトを開けると店長にもいい顔をされなくなるだろう。それも怖かった。

 つくづく自分は臆病者だな。そう思った。もしかして自分の周りの人間がおかしくなって、何か事件でも起こすかもしれないのに、こんなことを心配しているなんて。

 森高は、その後、輝に、今回は報告してくれてありがとう、そう言って通話を切った。失望しているかもしれない。そんな彼女の顔が目に浮かんだ。

 輝は、このままで本当に良かったのだろうか、そう思いながら早めにベッドについた。自分の保身のために、臆病なために、彼女に迷惑をかけるかもしれない。そう思ったら、バイトを休んでもいいような気がした。だが、いざ携帯に手をかけるとそれができない。

 自分でも、どうしたらいいのか分からなかった。

 そうやって迷っていると、そのまま輝はベッドの中で寝てしまっていた。バイトはシフト制で、週三日は休みをもらっている。それでも疲れは出る。部活もバイトもない日など、テストの日くらいなものだ。輝は夢の中で、店長やバイト先の先輩の冷たい視線を受ける夢を見た。その中には、森高町子もいた。

 次の朝、輝はなんだかスッキリしない気分で起きた。支度をして朝食を食べる。いつものように忙しい朝ごはんにほとんど会話はなく、いつものように時間は過ぎていった。

 学校にいくと、部活の朝練は休みになっていた。部員のうち数人が部室でタバコを吸っていたため、一か月の活動停止になってしまっていたのだ。輝は、きのう部活を休んでいたためそんなことは知らなかった。部室に行ったらそんな張り紙があって、教室に行ってもそんな話でもちきりだった。最近そう言ったことで部活が活動できなくなることが多い。これも、例のラジオの影響なのだろうか。

 そうこうしているうちに担任の教師が来てホームルームが始まった。みんなが席につき、先生が日直と掃除当番の確認をする。

 その時だった。

 先生が、おかしなことを言いだしたのだ。

「分かっているとは思うが、みんな、今日がその日だ。忘れるなよ。誰か一人でも忘れ物はするな。それぞれに与えられたものを必ず持って、あの家へ行き。必ず家主を殺すんだ」

 家主を殺す?

 恐ろしく物騒なことを言う。これはいくらなんでも教師の言うことではない。あまりにもおかしい。輝は周りのみんながざわめかずに頷いたり先生のほうをしっかり見ていたりするるのをみて、さらに恐ろしくなった。

 これは明らかに集団による殺人予告だ。

 輝は、青ざめた顔でホームルームを終えた。ここで自分一人が違うとバレてしまえば、例の殺人予告をされた家主の前に自分が始末されてしまう。それが怖かった。ホームルームを終え、最初の授業が始まるその前に、輝は隣のクラスの森高に会いに行った。すると、輝は森高に手を引っ張られ、そのまま廊下を走らされた。

「高橋君」

 走りながら、森高が舌打ちをする。彼女の足は速い。

「何人か追ってきてる。振り切るよ」

 そう言って、森高は廊下の窓を開け、そこのふちに手をかけた。そして、そこに飛び乗って輝の手を握ったまま、勢いよく飛び降りた。ここは建物の二階だ。そんなことをすれば普通ならば落下して、最悪は死んでしまう。だが、輝も森高も死ぬことはなかった。森高とともに飛び降りた輝は宙に浮き、ものすごいスピードで学校を離れ、空に向かった。勢いがついたまま宙を滑空し、森高と輝は、学校の裏手にある畑のあぜ道に降り立った。

「森高、これはいったい」

 言いかけて、言葉をのんだ。今、森高は自分を連れて恐ろしいスピードで空を翔けた。それも、輝の目から涙が出てきてしまうくらい速く。森高はどうしてこんなことができるのだろう。

「今はそんなことを言っている場合じゃない。高橋君、これもうヤバい。バイトがどうとか言っていられないんじゃないの? もしかしたら、すでにバイトの店長さんや仲間だってこうなっているかもしれないんだよ」

 森高の言うとおりだった。とりあえず今日のバイトは休もう。そう思って、輝は森高を見た。今のは確かにびっくりしたが、今は確かにそれに言及している場合ではない。

「分かった。先生は、どこかの家主をみんなで襲って殺すと言っていた。森高は、何か分かったか?」

 輝の言葉に、森高は頷いた。

「これは罰だ、そうも言っていた。それと、ターゲットだけど、内山牧師って名前が出ていたよ。たぶん、高橋君の言っていた家主って、その内山牧師さんって人なんじゃないかな」

「牧師さんか。じゃあ、教会の人だよな、キリスト教の」

 町子は、頷いて顎に手を当てた。何かを考えこんでいる。

「牧師と言ったら、プロテスタントだよね。それに加えて内山さんって人なら、心当たりがあるんだよ。その人が危ないとなったら、助けなきゃ」

「知り合いなのか?」

「知り合いってほどではないけど、知らないわけじゃないよ。内山牧師さんならクリスフォード博士の親友なんだから」

 クリスフォード博士。

 聞いたことはないが、森高の大事な人なのだろうか。森高の口からよくわからない人間の名前が次々と出てくる、彼女に対しての謎は深まるばかりだった。

「クリスフォード博士はいま、行方不明。それと何か関係があるのかな」

 森高はそうつぶやいた。そして、ふと輝を見た。

 そして、どう話をつないでいったらいいのかわかっていない輝を見て、赤面した。

「ご、ごめん高橋君。君には関係がなかったね。とりあえず、今日のバイトはキャンセルしてもらえるかな?」

 輝は頷いた。集団で誰かを襲う計画がされている以上、部活やバイトなんかをしているわけにはいかない。

「今回は仕方がない。とりあえず、みんなと同じようなことをするふりをして学校にいて、様子を見るしかないな」

 輝がそう言うと、今度は森高が、もじもじとしだした。どうしたのだろう、疑問に思った輝が何かを聞こうと口を開こうとすると、森高は恥ずかしそうにこう言った。

「教室には、戻れないんだ。すでに私、一戦やらかしちゃって。モロバレ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る