第三十四話 真意がわからない出来事

山林の中を、2頭の馬が駆け抜ける。政木大全まさきだいぜんという人物から父・義実よしざねの訃報を聞いた私は、彼と共に急ぎ滝田城へ向かっていた。

 現代で言えば、東京湾近辺から千葉県の最南端までの移動…くらいの距離よね。電車のない現代において、馬以外で早く到達する術はない…。でも…

馬を走らせながら、私は何か違和感を覚えていた。

「…浜路姫様は、馬に乗るのに慣れていらっしゃるようですね」

「え…?」

馬を走らせていると、大全が私に声をかけてくる。

「女子の場合、なかなか馬に乗る機会はございませんからね。由緒ある家の姫君となれば、尚更…」

「ううーん…。私はたまたま、乗る機会があったから…という事かな?」

「…左様でございますか…」

まだ出会ったばかりの彼に対し、私はお茶を濁すような口調で答える。

 何も知らない大全かれに、“未来で乗馬をした事がある”なんて言っても、信じてもらえないだろうしね…

私は、彼が八犬伝の登場人物である事を先ほど思い出したが、事情を知らない彼に詳細を話すのはよくないと考え、適当にごまかしたのである。しかし、曖昧な答えをした私に、大全は少しだけ疑惑のを向けていた。

その後、二人は少しの間だけ黙ったまま走り続ける。馬は、風を切るように走る。この日は快晴だったため、雲一つなかった。そのため、陽の光が木々から零れ落ちてきている。

「ヒヒィィィン!!!」

「!!!」

馬が大きな鳴き声を上げた途端、大全と私の表情が曇る。

そして、2頭の馬はその場に立ち止まる。立ち止まった馬の脚元には、なぎ倒された木々があった。しかもそれは1本ではなく何十本もあったため、軽い障害物並みに進路を塞いでいたのである。

「これは…!!?」

「嵐にやられてこのようになった…というわけでもなさそうですね…」

私と大全は、まじまじと倒れた木々を見下ろす。

ここ数日の天候は晴れや曇りだったため、これだけの木々が倒れてしまうはずもない。

「…山火事や台風が起きたからでもないだろうし…何故だろう?」

「とりあえず、足場を探せば何とか踏み越えられるでしょう。…安全のため、馬を引きながらここを超えるのが最善かと」

「そう…ですね。この道を通り抜けないと城までたどり着けないし…。気を付けて行った方が良いですね!」

大全の意見に同意した私は馬から降りて、手綱を引き始める。

そして、彼が先行し、私は後をついていくようにこの倒れた木々の山に足を踏み入れていく。

 何だろう…。この不自然に倒れた木々といい、義実公の訃報の曖昧さといい…。何か嫌な予感がする…

私は、転ばないよう足元に気を配りながら、そんな事を考えていた。今回の一件は、一応犬士達にも伝わっている。ただし、彼らは戦の最前線にいるため、すぐには持ち場を離れられない。そのため、唯一動きまわる事が可能でかつ義実公の身内である私が、滝田城へ急ぐ事になったのである。いろんな考え事をしながら、私と大全はこの倒れた木々の山を越え終わる。

「…どうやら、もう倒れた木々はないようですね。では、ここから再び馬に乗って滝田城を目指しましょう!」

「そうですね…」

私は、ため息をつきながら踏み越えた木々を見つめる。

「…では、姫。早速出立致しましょう!…お手を」

「あ、はい…!」

大全がすかさず私の引いていた馬の手綱を握り、手を差し出してくれる。

私は、それに応えるために乗ろうとしたその時だった。


「!!?」

背後から金属音のようなものが聴こえ、自分の肉体に何かが巻きついた感覚を覚える。

「きゃっ!!?」

すると、後ろから何かによる強い力で勢いよく引っ張られ、私は地面に転げてしまう。

「姫!!?」

私が何かに引っ張られたのに気が付いた大全が、刀の持ち手に手をかける。

「これは…っ!!?」

私は、自分に巻きついた物が鎖である事に気が付く。

しかし、その先を口走ろうとした瞬間、背後から突然、口を塞がれてしまう。

「何奴…っ!!?」

私の後ろに誰かいる事に気が付いた大全は刀を引き抜こうとしたが、彼の背後に現れた別の人物の一撃で、地面に倒れてしまう。

「んー!!んーー…っ…!!!」

私は、必死に彼の名前を呼ぼうとするが、口を塞がれているためにそれは不可能に近い。

一方、地面に倒れてしまった大全は、指ひとつ動かない。出血がないので気絶しただけであろうが、彼が目を覚ます気配は全くない。

気が付くと、私の口を塞いでいた手が離れ、猿ぐつわの代わりに布が巻かれていた。

 あの風貌と、この対応の速さは…忍?

身体は鎖鎌のような物で拘束されているため、身動きが取れない。そして、この身のこなしの速さを見ていると、彼らが忍である事は明白だった。

 でも、里見家の忍だったらこんな事をするはずないし…。敵の忍だとしても、一体どうして…!!?

拘束されているにも関わらず、私が意外と冷静に状況を把握しようとしていた。それは三度に渡って、人外の者に襲われた経験からかもしれない。忍の装束をまとった彼らは3人ほど存在し、一人が私の身体を縄で縛り始める。

「捕縛成功。…この男は如何いたす?」

「放っておけ。そやつは、この事態を報せる“証人”として生かしておけとの命だ」

「…御意」

気絶した大全の側でしゃがみこんでいた忍の一人が、彼から離れてこちらへ近づいてくる。

「では、移動するぞ」

「…待て。この娘、手向かいされては難儀だからな…」

「!!!」

頭上で何かを話していたかと思うと…私のうなじを背後から指で掴まれ、そこに力が入る。

それが関節技と気が付く間もなく、私の視界は闇に飲まれるのであった。



 見知らぬ忍に捕えられて気絶させられた私は、意識を失っている間に夢を見た。しかし、これまでのように自分の前世・琥狛にまつわる夢ではない。おそらく、つい今しがた起こった出来事の夢であろう。そして、石浜城で“対牛桜の仇討”を目の当たりにした時のように、自分がその場にいるような感覚のする夢だった。


「これで、我らの勝利する可能性が高い」

「まことに…。甕襲みかその玉が間に合い、誠に良かった…」

そんな会話をするのは、陣から戦局を見渡す毛野と丶大ちゅだい法師であった。

そう語る法師様の手の中には、何か宝玉のような物を入れた巾着がある。彼らがこの場にいるという事は、この場所は管領戦における第三の防衛地・洲崎だと思われる。原作の流れでいうと、この“洲崎の戦い”は“国府台の戦い”で“火猪の計”を実行に移す12月8日と同じ日に展開する戦。ここに向かったのは軍師を務める毛野や道節。そして、スパイとして乗り込んだ大角や法師様である。彼がこの場にいるという事は、風を起こす能力ちからがあるとされる宝玉・甕襲の玉を手に入れたのであろう。

「…しかし、ご出家。忍による報せだと、例の妙椿がその玉を持っていたはず…。如何にして、手に入れる事ができたのじゃ?」

「それなのですが…」

毛野の問いかけに、深刻そうな表情かおになる法師様。

どうやら、甕襲の玉とは、本来は妙椿が持っていたものらしい。ただし、彼女は私や犬士達みんなにとっての敵。確かに、本来ならば簡単に手に入らないはずである。少しの間だけ沈黙が続いた後、法師様は重たくなった口を開く。

「当家の忍から得た情報を元に、わたしは、玉が隠されているであろう場所に向かいました。すると、そこに妙椿はおらず…代わりに、妙な男が玉を持っておりました」

「…妙な男?」

「左様。その男は肌が黒く、白い髪と金色の瞳を持った…風変りな男でした」

「何!!?」

「えっ!!?」

法師様の台詞に対して、毛野とその会話を聞いていた私が目を丸くして驚く。

 …た、例え2人に見えなくても、声を張り上げるのは良くない…よね?

私は手で口を押えながら、そんな事を考えていた。しかし、私が驚くのもそのはず――――――そのような風貌をする人物は早々いない。今現在、毛野は自分と同じ事を考えているであろうと狭子は考えていた。

「…今にして思えば、その男…。信乃殿が申していた、“鬼”と名乗るものなのではと…」

「…ああ。わたしも一度しか顔を見たことないが…。おそらくそやつが、あの時に狭を連れ去った鬼の黒幕…」

この時、毛野の口から私の名前が出た時、少しだけドキッとした。

「…して、その男は何か申していたのか?」

「これといって、大したことは…。ただ、一目見るなり…というより、拙者の名と俗名を既に知っていたみたいでしたな」

「ご出家殿を…?その時、初めて相まみえたというのに…!?」

毛野は、またしても驚いた表情で言い放つ。

それに対し、法師様は返すべき言葉が見つからない。

 …おそらく、純一がまとめた“あの書物”を見たから、法師様が丶大法師で、かつては金碗大輔孝徳かなまりだいすけたかのりであった事を知っていたのだろうなぁ…

毛野と法師様が深刻な表情で考えている一方、その理由を理解していた私は内心でそんな事を思っていた。すると、法師様が何かを思い出したかのようにして顔をあげる。

「そうだ、その者はこうも申していました。“人の子の戦などには興味ない。俺が待ち焦がれる日のために、さっさと戦を終わらせるがよい”…と」

「“鬼”なのだから、戦を好む奴らかと思うたが…存外、違うのかもしれぬな。だが…」

「…はい。その者は確か、妙椿と共に管領殿と公方様の和睦の手助けをした男。…何が狙いなのやら…」

「…全く、一体何を考えているのやら…真意が掴めぬ」

そう話す毛野の声には、ため息が入り混じっていた。

それから再び、彼らの間に沈黙が続く。2人とも考え事をしていたようだが、その沈黙を最初に破ったのは毛野だった。

「…まぁ、この話はまた後ほど…。それより、ご出家。お疲れの所申し訳ないが、急ぎ滝田城へ向かってはくれぬか?」

「滝田城へ、拙者が…?」

思いがけない台詞に、法師様は瞳を数回瞬きする。

すると、毛野がバツの悪そうな表情で口を開く。

「その…忍の者を通じて報せがあったのじゃ。…義実公が床に臥したと」

「なんと!!?」

「しっ!!!声を荒げなさるな…!」

小声で話す毛野だったが、すぐ後ろにいた私にはいくらか聴こえていた。

「ご出家が到着する少し前、政木大全を国府台や行徳へ遣いとして向かわせた。…だが、わたしを含め、防衛使を務める八犬士われらがそう簡単に戦の場を抜け出せない。故に…」

「…承知。では、拙者がゆきましょう」

「…かたじけない。…だが、少し嫌な予感が」

「毛野殿…?」

義実公の訃報を聞いた法師様は、すぐさま戦場を出発しようと用意し始めようとしていたが、そんな彼を毛野が引き止める。

「…おそらく、今動けるのは、ご出家と国府台に向こうた狭…浜路姫のみ。そして、里見の忍も今、行徳・国府台・洲崎の防衛地を情報収集等で往復し、全て出払っておる…。よくはわからぬが…心して向かってもらいたい」

「…御意。拙者も、用心して向かいましょう」

法師様はそう述べた後、毛野に一礼をして、その場を去っていく。

「来ては駄目…!」

気が付くと、私は無意識の内に今の台詞を口にしていた。

なぜかはわからないが、現に同じような情報を得て動いた私は、誰かの罠にはまり捕えられてしまったからだ。

 一体、何がどうなっているの!!?

私は、馬に乗って陣を後にする法師様を見つめながら、訳がわからず頭を抱える。しかし、夢の終わりが近づいたらしく、私の視界はどんどん薄れていく。そして、真相がわからぬまま、私は目覚める事となるのであった――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る