第七章 鈴茂林での戦い

第二十三話 毛野を見つける手がかり

「そのお方は、右の耳たぶに黒子を持ち…容姿が、伏姫ふせひめ様に似ておりました」

「伏に……だと?まさか、そのような事が…!?」

「“先の世から来た”と申されていたので、拙者の思い違いだと思いますが…。次にお会いした際、いろいろと確かめてみようと考えておりまする」

私はある晩、以前にも見た丶大法師ちゅだいほうし里見義実さとみよしざねが安房国・富山で語る夢を見る。

以前と違うのは、今のような台詞を聞きとれた事である。

 なぜ、この夢を再び…?

夢の中の私は、ふとそんな事を考えていた。しかし、夢から覚めた後…どういうわけか、この夢の内容を忘れてしまう狭子であった――――――――


「荘助…小文吾…!」

あれから、武蔵国にある穂北に到達した私・信乃・大角・現八の4人。

そこで私達は、石浜城から逃れてきた小文吾や荘助との再会を果たす。彼らがここに来るまでどこにいたのかを知っている私は、無事だったことに大喜びであった。

「狭殿も、ご無事で何より…!」

「おお!!何だか、以前より女子っぽくなったような気がするしな!!」

「えっ…?」

無邪気な笑顔でそう口にする小文吾に対し、頬を赤らめる狭子。

 小文吾の場合、悪気は全くなしだから…何だか、複雑…

実直ではあるが、素直すぎる小文吾に、私は内心でため息をつきたい気分であった。

「全く…。相変わらず、お主らは賑やかじゃのぉ…」

「道節…!」

そうブツクサ呟きながら、奥の襖から道節が現れる。

「さて…これにて、方々集まったようだな…!」

私や犬士達を見渡しながら、信乃が元気な声でそう言い放つ。

かくして、八犬士中、6人がこの場に集結したのであった―――――――


 その後、円陣の形で座り込む私と犬士達。ここで彼らは、この穂北にたどり着くまでに起こった出来事を話す――――いわば、状況報告をし始める。化け猫退治を経て、大角が仲間になった事や、九尾の神狐・政木狐まさききつねに出会った事。そして、道節が集めてきた情報や、石浜城での一件。これに関しては、私も緊張しながら話を聞いていた。

蟇田素藤ひきたもとふじ…。狭を狙い、妙椿みょうちんという妖しき尼僧と手を組む鬼…か。奴とはいずれまた、刀を交える日が来るやもしれん」

そう真剣な表情で口にしていたのは、他ならぬ信乃であった。

 私が「千里眼の能力で荘助らの戦いを透視ていたと言わないで」って頼めたのは良かったけど…。なんだか、視線が痛い…

私は現八が自分に向ける視線が痛くてたまらなかった。それもそのはず―――――夢の中で素藤に会っていた事は、信乃・現八・大角の3人には明かしていなかったからである。

私の表情を見て何かを察した大角は、別の話題を出そうと口を開く。

「今後についてですが…。安房国へ向かう前にはまず、そのはぐれたという犬坂殿を探さなくては…」

「…そうですね。ただ、籠山逸東太こみやまいっとうたを敵として探しているという事以外、犬坂殿の手がかりは見つからないのですよね…」

大角と荘助は、腕を組みながらそう口にしていた。

その後、その場にいる全員が考え事を始めてしまったため、少しの間だけ沈黙が続く。

 あと私が知っている八犬伝に纏わる話は…犬江親兵衛いぬえしんべえに纏わる話と、“関東大戦”だけだしなぁ…

歴史が好きとはいえ、八犬伝の全エピソードを丸暗記しているわけではない狭子。

しかし、いくら考えても毛野の行方に纏わる事が思い出せなかった。

「…もしかしたら…なのだが…」

この長い沈黙を最初にやぶったのは、あまりに意外な人物であった。

「道節…?」

口を開いた道節に、私や犬士達の視線が集中する。

すると、少し自信がないような口調で彼は話し始める。

「ここへ来る道中…わしは、湯島天神にて社参に訪れていた憎き扇谷定正の正室・蟹目前かなめのまえを偶然見かけたのじゃ」

蟹目前かなめのまえ…」

これまで、八犬伝に出てくる登場人物のおおよそは知っていたが、この人物の名前は流石に知らず、私にとって初めて聞く名前であった。

「その正室とやらが、何か…?」

不思議そうな表情をしながら、信乃は首を傾げる。

「うむ。その時…どうやら、その女子が飼っておる猿が木に登って降りられなくなった。家臣共々、困り果てていた中…一人の若武者が現れた。そして、そやつが持つ身軽な技にて、降りられなくなった猿は助けられたようだな」

「…道節殿。その若武者って、もしや…」

大角が何かを言いかけた時、道節は黙って頷いたのである。

「…これを見ていた家老の河鯉守如かわごいもりゆきは、その若武者を勇士と見込んで、管領家の奸臣・龍山縁連たつやまよりつらを斬ってくれと頼んだみたいだ。…狭が申しておった通り、その男は女子のように華奢な肉体と面をしておったので、可能性はあるかもしれぬ…」

「もしかしたら……本当にその人、毛野かもしれない…!」

道節の話を聞いた私は、ふとそんな気がしてきたため、思った事を口にする。

「…何か、所以でも…?」

「うん!!だって、その奸臣が龍山縁連たつやまよりつらという名前なんでしょう?…毛野の敵・籠山逸東太こみやまいっとうたの下の名前は、“縁連”。…これって、完全に偽名じゃない…?」

「!!!」

私の台詞を聞いた犬士達は、目を丸くして驚く。

そして、すぐに納得したような表情を見せたのである。

「でかしたぞ、狭!!!」

「あたた…。力、強いよ小文吾…」

私の解釈に感心した小文吾が、私の肩を強く叩く。

しかも、馬鹿力の彼が肩をたたくのだから、かなり痛かった。

「おし!!その縁連とやらの居場所を掴めれば、そこに毛野も現れるという事じゃな!!」

「…そのようですね。して、道節殿。そのご家老は、何処へ参ればその男を成敗できるかを、毛野殿に申していたりはしていましたか?」

「おお…。そういえば、少しだけ申しておったな…」

喜ぶ小文吾がいる中、冷静な大角はゆっくりとそれ以上の手がかりを聞き出そうと道節に尋ねる。

道節は、立ち聞きした内容を思い出そうと腕を組む。

「思い出した!!確か、鈴茂林すずのもりという林を通るとか申していたな…!」

「よし…!では、そこに先回りをして待っているとしよう…!」

道節が居場所を思い出し、信乃の一声で私達は移動を開始する事となる。



 その後、私達は穂北を出発して、道節が言っていた鈴茂林へと向かい始めた。

「先回りをするのは良いが…」

道中、歩きながら道節が口を開く。

「扇谷定正の家臣は、わしにとっても敵同然…。奴を見つけた暁には、わしは毛野とやらの助太刀を致すが…そなたたちは手を出すなよ」

「ああ…」

「…無論」

「承知しております」

道節が述べた提案に同意する犬士達。

 まだ、犬江親兵衛や犬坂毛野はいないけど…6人も犬士がいるのって、すごく圧巻だなぁ…

私は歩きながら、そんな事を考えていた。

狭子や犬士達がいた穂北から鈴茂林へは、下野国しもつけのくにからの南下と比べると、さほど遠い距離でもなかった。距離を数値化する事はできなくても、歩いていた時間から、私はそのように判断をしていた。


「あと、どれくらいで通るのかな…」

その後、鈴茂林に到達する私達。

木の陰や茂みの中から、人の通りそうな道の近くで待ち伏せをしていた。

「それにしても…こうやって隠れていると、何だか忍みたいだよね!」

縁連を待ち伏せする中、私がふとそんな事を口にする。

「確かに…。あまり心地よいものではないが…」

茂みの中でしゃがみこんでいる狭子と信乃。

私はあまり意識していなかったが、身体が密接している事に対し、彼は少し気にしていたのかもしれない。

「忍と言えば…。道節、そなたの乳母・音音おとねに仕えているあの双子達は今、どうしておるのだ?」

「…うむ。姉の曳手ひくては今、音音と共に安房国へ向かっておる。それと、妹の単節ひとよは、行徳におる小文吾の妹の所へと向こうておるはずじゃ」

「…成程」

私や信乃の斜め後ろにある木の陰で、現八や道節が話していた。

「しっ…。誰か来ます…!」

遠くから人の気配を感じたのか、大角が私達を黙らせる。

それから数分後―――――――馬に乗りながら林の中を歩く、一人の武将みたいな雰囲気の人間が歩いてくる。40~50歳くらいの中年男性は、狭子が夢の中で見た風貌とは多少異なっていたものの…石浜城で見た籠山逸東太縁連こみやまいっとうたよりつら本人の顔であった。

 毛野はどうやって、襲撃をかけるんだろう…。対牛桜の時みたいに、ワイヤーアクション並の軽業とかかな…?

私はここからどのようにして、毛野が逸東太と対峙するのかを考える。犬士達も私と同様、逸東太を静かに目で追いながら観察を続ける。

 あの男性ひと…?

籠山の一行を観察していると、下で手綱を引いている人物が私の視界に入ってくる。こげ茶色の髪に、全身が真っ黒な小袖。ガッチリとした体型のその男の正体――――それは、“蒼血鬼”・蟇田素藤ひきたもとふじと共にいた、牙静がぜいという鬼だった。

 …素藤が妙椿みょうちんと手を組んでいるから…かな?

犬士達が目を丸くして驚いている中で私だけが驚かず、むしろ彼が籠山逸東太と行動を共にしているのを、当然のように感じていた。しかし、同時に「自分達の存在が気付かれていないか」という不安にも駆られる。

 この前、私の前に現れた狩辞下りょうじげの事もあるし…。極力、彼らとは関わりたくないな…

私がそんな事を考えていると―――――――

「ヒヒィィーーーーーン!!!」

馬の激しい雄叫びが、林中に響く。

何が起きたのかと逸東太の方を見た途端、馬は倒れていた。その馬の脚には、何やら小柄のようなものが突き刺さっていた。

「あ…!」

思わず声を出してしまった狭子。

その視線の先には、落馬した逸東太を担いだ牙静の姿があった。

「…御怪我はございませんか?」

「おお…。助かったぞ、牙静よ…。しかし、何奴じゃ!?」

牙静から下してもらい、周囲を見渡す逸東太。

「くっ…!?」

その後、物凄い勢いでぶつかる刀の音が響く。

ただし、籠山も引けを取ってはいないようだった。彼が一振りすると、その現れた影のような物は数歩分下がる。

「あれが…!!?」

その姿を確認した現八の小声が聞こえてくる。

狭子や荘助・小文吾の3人が見たことのあるその姿は、髪を結い細身であり、本当に女性のような顔立ちをした若武者であった。

「貴様…もしや、あの時の!!?」

毛野の姿を確認した逸東太は、驚きながら言い放つ。

「…成程。この者が先日、貴殿を狙った若武者か…」

「左様…。まさか、斯様な場で再び相見えるとはな…」

鞘から刀を抜きだした逸東太は、刀身に毛野の姿を映し出す。

「ふ…。よもや、偶然の賜物とでも申したいのか?籠山殿…」

冷静に状況を判断する牙静。

一方、逸東太は刀を強く握りしめていた。

 …対牛桜で毛野の強さを目の当たりにしたわけだし、当然と言えば当然かもね…

私は、そんな事を内心思っていた。

しかし、そんな考え事をしていた私は、牙静が動き出したのに全く気が付いていなかった。


「…金剛寺で相見えて以来ですね、皆様」

「!!?」

後ろから物凄く低い声が聞こえ、私達は振り返る。

私達が潜んでいた場所は、毛野達の立っている場所から少し小高い丘の上のような場所である。そのため、多少は離れているはずなのに、いつの間に背後にいたという素早さに、私達は驚きを隠せなかった。

「まさか…我々がこの場にいたこと、既に察しておったのか…?」

「…左様。それに、貴方がたの中でも、特に気配を察知しやすい方がおりますからね」

深刻な表情で述べる現八に対し、静かな表情で答える牙静。

その視線は、私の方へ向いていた。

「…っ…!?」

この牙静という鬼のを見た途端、フラッシュバックのような形で私の千里眼が発動した。

そこに映し出されたのは、気絶している私とこの牙静という男。男は、倒れている私を抱き起こして小袖の袂をまくり、右腕に触れていた。そして、腕に口づけをしているのかと思いきや――――――傷からしたたり落ちる血を飲んでいるのがはっきりとわかる。

「貴方が、あの時の…!!?」

行徳へ行く途中で覚えのない怪我があったが、それがこの男の仕業だと気が付く狭子。

その様子を察した牙静は、考え事をしながら口を開く。

「記憶を消したので、覚えておらぬはずですが…まぁ、いいでしょう」

「どういう意味です!?」

そう言い放ちながら、刀を構える荘助。

籠山逸東太あのおとこはどうなっても良いのですが…わたしは、貴方がたの始末と、“先の世から来た娘”を捕える命を受けている身。…どうか、おとなしくその方を渡してもらえませんかね?」

「!!」

落ち着いた口調であるが、とても平和的な話ではない。

牙静の視線が私に向いた時、無表情のはずなのに、物凄く身体が震えた。

「そう言われて、簡単に仲間を差し出すかよっ…!!」

小文吾が、雄叫びのような声を張り上げる。

「あ…!」

気が付くと、少し離れた場所で、毛野と逸東太が一騎討ちを始めていた。

「道節…!貴方は、毛野をお願い…!!」

「…そうだな。では、参る!!」

私の声に反応してくれただけでなく、その場から離れて毛野の元へ向かおうとしてくれる道節。しかし―――――――

「わっ!!?」

その時、一瞬だけつむじ風のような物が吹く。

また、その時に何か鋭い物が私の腕を軽くかする。かすった箇所から血が出た時、敵がほんの一瞬だけ反応していた。

「こいつらは…!!?」

深刻な表情をしながら、それを見つめる大角。

しかし、それは彼だけでなく私や他の犬士達も同様であった。

毛野だけが敵と一騎討ちを繰り広げる中、私達の前に現れたのは…全身が黒ずくめで、一見すると忍のような風貌をした者達が5・6人程だ。しかし、それは人の形をしていても、異様な不気味さを出す者達なのであった――――――――――

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