第二十一話 対牛桜の仇討
石浜城内にある、対牛桜―――――――そこは、現代や江戸時代でいう歌舞伎や能を鑑賞する舞台みたいな桜閣である。一番奥の中央に、千葉家重臣・
籠山が“女田楽”って口にしていたけど…。もしかして、これから見られるのかなぁ…?
私はというと、女田楽が始まるのと、この場所に訪れるであろう荘助や小文吾の姿を探していた。
「…何を気にしておる」
「えっ!!?」
斜め前にいる素藤が横目で私を見た時、身体を震わせる。
…おそらく、この
蟇田素藤の近くに座っていた私は、周囲にいる馬加の家臣達を見ながら、そんな事を考えていた。
「見ろよ、あの男…。この世の者とは思えない白髪だな」
「あれが、噂の祈祷師・
「今宵は籠山殿と共に参っているが…人の子か?」
「…薄気味悪い笑みを浮かべてやがる。…もののけの類かもな…」
彼より下座に座っている馬加の家臣達が、口ぐちに素藤の陰口をたたいていた。
本当の事とはいえ…どこの時代でも、「出る杭は打たれる」って事か…
私は、そんな彼らの陰口を聞いてため息をつく。しかし、素藤の顔を見てみると…彼はそんな陰口など、全く気にしていない状態で酒を口にしていた。
「…あ…!」
あれから何分か経過し、気が付くとこの対牛桜に荘助と小文吾の姿を見かける。
「おお…森山のご兄弟!こちらへ参られよ…!」
入口に現れた彼らに、馬加が手を振りながら声をかける。
森山…?
私は、首を傾げながらその様子を見つめる。しかし、小文吾を目にした事のある素藤は何も気にしていない様子であった。
「はじめまして。森山荘野助と申します!こちらが、兄の文野助…」
馬加は逸東太に荘助達を紹介し、荘助は少し畏まった態度で偽名を名乗っていた。
「そういえば、あの背の低い男…。庚申塚で処刑されるはずの男ではなかったのか?」
「!?なぜ、それを…!!?」
横目で私を見つめながらボソッと口にした素藤に、私は驚く。
それもそのはず――――インターネットや電話の存在しないこの時代。遠く離れているはずの出来事など、普通ならすぐには把握できないからである。私のように、千里眼のような特殊能力でも持っていない限り…
「…我々、鬼の情報網を侮らぬ事だ。我らが人の世を把握するのは、たやすい事…」
素藤の呟きは、さらに続く。
そうか…。刑場破りでお尋ね者になったから、2人は今偽名を名乗っているのね…
私は素藤の呟きを黙って聞きながら、そんな事を考えていた。
そうして、荘助や小文吾が座った後、女田楽の一座が対牛桜の中央に現れる。橙色の綺麗な装束を身にまとう彼女達は、尺八などの音色に合わせて動き始める。すると、彼女達の中から一人の女性が、馬加の近くへ来て口を開く。
「…今宵、ご覧に興じまするのは…一座の花形・
「
その名を聞いた途端、私は声を張り上げてしまう。
これをほとんどの人には聞こえなくても、少しばかりか恥ずかしく縮こまってしまいそうであった。
「ちょ…!何、笑っているのよ!!?」
ただし、唯一私の声が聞こえていた素藤は、クスッと笑っていたのである。
それにしても…
普段の状態に戻し、改めて
細くて小顔だし、スタイル抜群…。なのに、これが男だなんてひどすぎる…
この
…小文吾も気の毒に…
私は、
もしかして、牡丹の痣を探しているのかな…?
私は荘助を見つめながら、そんな事を考える。犬士の証である牡丹の痣は、8人それぞれが違う場所に存在している。毛野の場合、右の肘から二の腕辺りの位置と云われているため、このような舞で腕を動かしていれば、着物の裾から見えるかもしれない。それを見越して、毛野を見つめているだろうと考える狭子。
そして、舞が後半に突入した頃、ついに事態は動く。
「きゃぁぁぁぁぁっ!!!!」
その光景を目の当たりにした女田楽の人たちは、悲鳴を上げて一目散に逃げていく。
舞を舞っていた際、飾り物のような刀を手にしていた
その際、彼は自分が犬坂毛野である事。そして、馬加らの策略によって死んだ父・
「
腰に下げていた刀を抜いた逸東太は、目を見開いて驚いていた。
「残念ながら…母が犬坂で密かに産み落とした子ゆえ、こうしてここに育っておる…」
相手を見下すような口調で言い放つ毛野。
しかし、そのひょうひょうとした態度とは裏腹に、瞳には憎悪が宿っていた。
「だが、
「なに…?」
口を動かしながら、刀を構える毛野。
2人の周囲に緊迫した空気が起きていた。
「それは、我が父を手にかけた張本人・籠山逸東太。…お前の首だ!!!」
毛野がそう言い放った直後、彼の刃が籠山の持つ刀とぶつかる音が響き渡る。
「あ…!」
気が付くと、馬加の家臣達が彼を取り囲んでいた。
一歩下がった毛野の表情には、少しばかりか焦りが感じられる。
「覚悟…!!」
そう叫んで立ち向かう彼の間に、一人の男が立ちふさがる。
「成程。馬加に近づくために、女子の格好をしていたようだな…」
「!!!」
逸東太に立ち向かおうとした毛野の前には、刀を抜いた素藤の姿があった。
剣道のように両手で構えている毛野の一撃に、片腕でしか握っていない刀で受け止める素藤。毛野が持つ剣の腕前は未知数だが、普通の人間なら片手では受け止められないはずである。
毛野の一撃を易々と受け止めた素藤は、まるであしらうかのように毛野の攻撃をはじいていく。その様子を、ただ黙って見ているしかできない私ははがゆくて仕方がなかった。
「ちょっと!!!何もしないんじゃなかったの!!?」
この場にいる人間に対して何もできない私は、彼らの少し後ろの方で素藤に向かって叫ぶ。
「くく…。何、犬士とやらのお手並みを拝見しているだけだ」
毛野と刀を交えているのに、相変わらず余裕の笑みを浮かべながら、白髪の鬼は私の叫びに答える。
「何を言って…!!?」
一方で、私の存在に気が付いていない毛野は、深刻な表情をしながら刀を振るう。
彼らの殺陣は、一見すると互角のように見えるが…どちらかと言うと、やはり毛野の方が押されていた。
「ぐあっ…!!」
「毛野!!!」
斬り合いが続くさ中、素藤の蹴りが毛野の腹部に直撃する。
女性のように華奢な彼の身体は、対牛桜の壁近くに蹴り飛ばされてしまう。
「ふん…。犬といっても、所詮は人の子。…この程度か」
「くっ…!!」
地面に手をついた毛野は、素藤の後ろで一目散に逃げる籠山逸東太を見て、顔をしかめる。
「人間共の茶番とはいえ…俺も、今は仕事中だからな。それに、“犬”の始末は…あの女を油断させる、良き材料となるであろう…」
「!!?」
素藤の
「あの女」って、もしや
私は毛野にとどめをさそうと近づく彼を見つめながら、彼が発した言葉の意味を考えていた。
「てめぇの思い通りにさせるかよ!!」
「ほう…」
そう言い放って、素藤の前に立ち塞がったのは――――――――刀を構えた小文吾と荘助であった。
「荘助…小文吾…!」
彼らの登場に、少しばかり安堵する狭子。
私がこの場にいるのは、あくまで千里眼の能力で見た夢。実体のない幽霊のような立場である私は、事の顛末を黙って見ているしかできないという何ともはがゆい状態であった。だからこそ、信頼できる仲間である彼らの登場に頼もしくも感じる狭子であった。
「何奴…!?」
床に座り込んだ毛野は、そんな彼らを疑惑の
「
小文吾は大きな声で名乗りを上げ、刀を振り回し始める。
「某は、
刀を構えた荘助は、横目で毛野の安否を確認してから、ジリジリと素藤の方へ迫る。
「貴方が、
そう言い放った荘助も、素藤に立ち向かっていく。
しかし、既に馬加の家臣や兵士に取り囲まれていた彼らは、簡単に素藤の元へたどり着けなくなっていた。
「くっ…!!」
目にも止まらぬ速さで刀を振るう荘助。
刀よりも、拳による力技で相手を倒す小文吾。しかし、敵の数は減ることなく…むしろ増えていくばかりであった。そんな彼らを確認した素藤は、対牛桜を去ろうと、犬士達に背を向ける。
「待て!!」
小文吾は、敵との攻防を繰り返しながら、去ろうとする白髪の鬼に声を荒げる。
「近い内に、また会おう。…琥狛」
私とすれ違った際、素藤はボソッと独り言を口にする。
この時、今と全く同じような光景が私の脳裏によみがえってくる。
過去にも、こんな事が…?
そう思いながら私が振り向くと――――――既に素藤の姿はなかった。
昼間の時と言い…このモヤモヤした気持ちになるのは、どうしてだろう…?
その場を去った白髪の鬼の方を見つめながら、狭子はため息をつく。
「…あれ!?」
再び振り返ると、今度は荘助と毛野の姿がない。
そして、ただ一人残っていた小文吾も、数人の兵士を馬鹿力で突き飛ばした後、一目散に逃げだしたのである。
そっか…。これだけ敵が多いのだもの、逃げるのが最良よね…
そんな事を考えていたのと同時に、「これで毛野も仲間になるであろう」と考える狭子。
その後、彼女の視界が少しずつ曲がっていく。夢の終わりと感じ取った狭子は、何をするまでもなく、進みゆく時に身を委ねる。
そうして、“対牛桜の仇討”を目の当たりにした狭子は、もう一つの夢を見てから目を覚ます事になるのであった―――――――――
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