第三話 注意書きを思い出せ

プロローグ

■   ストーリー


 主人公・エリックの親友が、淫魔により搾り殺されてしまう。

 親友の仇を討つべく、探偵に調査を依頼するエリック。その結果、近くの森の中にある館に住んでいる三人の女性は、実は淫魔で、その中に犯人がいる、ということがわかった。

 エリックは道に迷ったフリをして、館に客人として潜入する。さまざまな場面で淫魔に誘惑され、エッチしながら、手がかりを集めて行くエリック。はたして彼は、犯人を突き止めることができるのか……?


(DOJIN‐SHOP.com 「淫魔の館 ~搾精殺人事件~」作品説明より抜粋)


 すでに、フーダニット部の活動開始時刻である午後四時を、二分ほど過ぎてしまっていた。浦有重楠は、早足で、部室である多目的室Aに向かっていた。

 しょせんは仲のいい友人三人しかいない部活だ、多少遅れたところで、こっぴどく怒られるわけではない。しかし、迷惑をかけるのは事実である。そんなわけで、ゆっくり歩くわけでもなく、急いで走るわけでもなく、早足で向かっているのだ。

 遅れた原因は、図書室で推理小説を読んでいたためだった。フーダニット部の一員として、推理力を鍛える必要があるため、彼はしばしば、犯人当て小説に取り組んでいた。

 多目的室Aの入り口の前には、午後四時四分頃についた。重楠は扉に手をかけると、それを開いた。

 机には、すでに部長・部員全員がついていた。テーブルの、部長以外の各人の前と、空である北東の席の前には、閉じられたノートパソコンが置いてあった。そこは、重楠の定位置だった。

「遅いよ、重楠君。五分遅刻だ」机の真北の席に座る、連恵理がそう言った。

「悪かったよ。ちょっと、図書室で本を読んでいて……」重楠はそう言い訳しながら机の北東の席に座った。

「いや別に、いいんだけどね、五分くらい」

「そんなに厳しい部活でもないしね」そう言ったのは、机の北西の席に座る、家豆衣瑠だ。「これが朝のホームルームとかだったら、まずかったかもしれないけれど。そういや私、今朝、まさにそのホームルームに、遅刻しそうになったのよね。髪をセットするのに、時間かかっちゃって。ほら、私の黒髪、腰まで届くツインテールにしているから」

「ふうん。それは災難でしたね」机の南西の席に座る、明智浪穂がそう呟いた。「私も、頭のセットに苦労するから、その気持ちはわかりますよ。茶髪を、胸までの姫カットにしていますから」

「ボクはそんなに時間かからないけどねえ。短い金髪のツーサイドアップだけど、さっと纏めて、済ませているから。……さて、それじゃあ、フーダニット部の活動を開始しようか」恵理がそう言い、ぱん、と両手を叩いた。

 重楠は、しまった、と心の中で呟いた。今の雑談のうちに、「あのこと」を衣瑠に訊いておくべきだった。

「あのこと」とは、学食を奢る代わりに、やってくれるよう彼女に依頼した、数学の課題のことである。今日の午後六時までに、職員室の先生に提出しなければならない。

「今日、ボクが創ってきたのは、実は小説じゃないんだ。PCゲームなんだよ」

 まあ、衣瑠に訊くのは、問題編に取り組み終わってからでも遅くはないだろう。重楠はそう結論づけ、恵理の話を訊くのに集中することに決めた。

「ゲーム? ゲームって……あなた、そんなものまで作れたの?」

「兄さんが同人作家で、よくPCゲームを作っては、DOJIN‐SHOP.comというサイトで販売していたんだ。ボクは今回、シナリオ担当として、参加させてもらったんだよ」

「へえ……で、どんなゲームなんですか?」

「いわゆる、アドベンチャーゲームなんだけど……」恵理はしばらく、視線を宙に彷徨わせてから、「実は」と言った。「アダルトゲームなんだ」

 他の三人は、同時に目を見開いた。

「いや、誤解しないでくれ」恵理は両手を胸の前で振った。「シナリオ担当といっても、Hシーンまでは担当していない。それは兄さんに任せた。担当したのはあくまで、それ以外の部分だ。それに今日、皆にプレイしてもらうのも、Hシーンだけを削除した、全年齢版だよ」

 いや、別にお前が何を作ろうがお前の勝手だが。重楠は咳払いをしてからそう言った。「で、そのゲームが、今回の問題編ってわけか。だから、このノートパソコンがあったのか……これ、お前が持ってきたのか?」

「うん。父さんと、兄さんと、ボクのだよ。壊さないでね」

「壊さねえよ」

「じゃあ皆、さっそくだけど、ゲームをプレイしてみてくれ。デスクトップの中央に、『淫魔の館 ~搾精殺人事件~』というアイコンがあるから、それをクリックしたら、起動できるよ」

 重楠はノートパソコンを開いた。起動し、しばらくしてデスクトップが映し出される。彼女が言ったとおり、中央に、ぽつん、と、「淫魔の館 ~搾精殺人事件~」という、洋館の画像を用いたアイコンがあった。彼はそれをクリックした。

 ディスプレイが真っ暗になり、数秒後、恵理の兄が属しているのであろう、サークルのロゴが映し出された。エンターキーを連打し、その後も映し出されるいろいろな画面を、早送りする。タイトルには、すぐに辿りつけた。

 矢印キーでカーソルを動かし、「はじめから」を選択する。ゲームが、始まった。

 オープニングのテキストを読んでいく。主人公のエリック・グローヴは、親友のユリシーズ・ピットを、淫魔に搾精され、殺されてしまった。そして仇を討つべく、探偵に調査を依頼したところ、近くの森の館に、人間のフリをした淫魔が三人住んでいて、彼女らの中に一人、犯人がいるだろう、ということがわかった。エリックは犯人を突き止めるため、道に迷ったフリをして、館に一晩泊めてもらうことになる。仮にセックスし、搾精されても死なないよう、「耐淫の御守り」を持って。そういう内容だった。

 淫魔とは、次のような女性たちだった。妖艶な雰囲気を身に纏った、ジョーン・キャヴェンディッシュ。彼女の娘で、見た目も言動も小学生レベルに幼い、ウィルマ・キャヴェンディッシュ。二人にメイドとして仕える、アイリーン・マッカートニー。当然のことながら、皆、かなりの美女だった。

 やがて、背景画像とキャラクターの立ち絵を見ながら、テキストをひたすら送るパートが終わった。画面に、「□→□」という行が、縦に三列表示されている。左の列にある、三つの四角には、上から、ジョーン・ウィルマ・アイリーンの顔の画像が表示されていた。右の列の、三つの四角は、灰色になっていた。それらの右下には、「犯人を当てる」というボタンもあった。

 重楠はまず、左上の、ジョーンの画像をカーソルで選び、エンターキーを押した。

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