解答編 浪穂の発表・重楠の発表

 重楠は、問題編を読み終わると、原稿を机の上に置いた。他の二人は、すでに読み終わっているようだった。

「シンキングタイムは、どれくらいにするんだ?」

「そうね」衣瑠は壁の時計を見た。「三十分でどうかしら」

「三十分ですね」浪穂は頷いた。「わかりました」


「もう、三十分経ったわよ」衣瑠が言う。「みんな、推理はできたかしら? 私はできたけれど」

「俺はできたぞ」

「私は駄目でした」浪穂は溜め息を吐いた。「でも、途中までは推理できましたよ。それでよければ、発表してもいいでしょうか?」

 どうぞ、と衣瑠は言った。


   浪穂の発表


「犯人は、一郎、二郎、穹平の中にいます。なぜなら、元昭が玄関で犯人と会った時、『他の幹部二人と、飲み会だったんじゃ』と言っています。幹部は、元昭以外は、一郎、二郎、穹平の三人のみです」

「それは俺も同意見だな。それで?」

「いや、ですから、ここまでですよ」浪穂は重楠の顔を見た。「私が推理できたのは、ここまでです」

「そうか。じゃあ次は、俺が発表させてもらおう」


   重楠の発表


「犯人は、二つの要件を満たす必要がある。一つ目、十八歳以上であること。二つ目、堅化魔法を使えること」

「どうして、その二つを満たしていないと駄目なんですか?」

「一つ目に関しては、簡単だ。犯人は、財布の中に普通自動車運転免許証を持っている。取得できるのは、十八歳以上の人物だけだ。

 二つ目に関しては、犯人の行ったアリバイ工作を、成し遂げる方法に関係がある」

「そう、それ。それを訊きたかったんですよ」浪穂は身を乗り出した。「犯人は、風呂に入ると見せかけて、露天風呂から『Ωの道』に下り、遠藤の家に行ったんでしょう?

 でも、『Ωの道』は車で片道三十分。浴場から飲み会の部屋まで、片道五分。遠藤の家に入ってから出るまで、十分。全部合わせて、一時間十五分はかかります。一番風呂に時間がかかったのは一郎と穹平ですけど、それでも一時間五分、十分は足りません。

 いったいどうやって、犯人は屋敷と遠藤家を往復したんですか?」

 簡単だよ、と重楠は答えた。「車だよ。犯人は、車を使ったんだ。テレポート系の魔法は、三人とも使えねえ、って描写されていたからな。あとは、速く移動できるものとなれば、これはもう、車しかねえ」

 何言っているんですか、と浪穂は言った。「車じゃなくて、バイクとかかもしれないじゃないですか。それに、仮に車だとしても、一時間十五分かかるのは変わらりません」

「それが、変わるんだな。一時間十五分もかかるのは、『Ωの道』を真面目に辿ったら、の話だ。もし、『Ω』の、右下から出発した後、左下から伸びる道と急接近している箇所で、ショートカットしたとしたらどうだ? 二十分もかかる回り道をせずに済む」

「ですから、それが無理だって言っています。書いてあるじゃありませんか、『勾配五十度ほどのごつごつした崖になっている』って」

 重楠は、にやり、と笑った。「転がり落ちたとしたらどうだ?」

「──なんですって?」

「だから、崖をそのまま、車で転がり落ちたとしたらどうだ? 事前に、堅化魔法をかけておけば、車が壊れる心配もねえ。ちょっとした、絶叫マシンみたいなもんだ。バイクじゃなくて車と断定したのは、この方法でショートカットをするためだ」

「……たしかにそれなら、時間短縮できるかもしれませんが……そうだ、転がり落ちた後に、車がひっくり返ってしまったら、どうするんですか?」

「そうなった時のために、崖下にもう一台、車かバイクを用意していたのかもしれねえな。それで露天風呂の真下まで行って、浴場に向かった。この方法なら、二十分まるまる短縮はできねえとしても、十五分くらいは縮められるだろう」

 浪穂は、腕を組んだ。なるほどです、と呟く。

「じゃあ犯人は、一郎と穹平のどっちかってことですか……しかし、どっちが十八歳以上かなんて、わかるんですか?」

 ああ、と言って、重楠は頷いた。「わかるとも」

「どうしてです?」

「人名用漢字だよ。具体的には、『穹平』の『穹』という漢字だ。この字が人名用漢字に追加されたのは、二〇〇九年の四月三十日なんだ。作中の舞台は、二〇二六年。たとえ、二〇〇九年の四月三十日に穹平が産まれたとしても、最高で十七歳にしかならねえ。

 つまり犯人は、近江一郎だ」

 さすがですね、と浪穂は言った。「一分の隙もない推理じゃありませんか」

「ありがとよ」

 いいえ、と衣瑠が言った。「あるわよ、隙」

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