第8話 異世界人の仕様について。

「はっ、ふんっ!」

 掴んでこようとした手を弾き、たたらを踏んだむさ苦しい男のみぞおちに、下からえぐり込むように掌を突き上げた。

「ぐえっ」

 素早く離脱。

 飛び散る吐瀉物を華麗にかわし、横に回り込んで高く足を振り上げ、体を折る男の後頭部に手加減しつつ踵落としをキメる。

「うっし!」

 白目でぶっ倒れている大男の前で、一仕事終えた私は、拳を握りしめて気合いを入れ、後ろを振り向いた。

 私の視線に気づいた試験官が、腕を組んだまま渋い顔で頷いた。

「合格」

「あざーす!」

 礼をしてから、スキップでヒトセさんの前まで戻った。

 大の男を伸しておいてあれだが、これは私が強いのではなく、”彼等”が弱いだけだ。この世界のモノは、私とヒトセさんにとっては総じて、もろい。

 だから、こっちに着てきた服はいいのだが、こちらの世界の衣類は気を遣わないとイヤァ~ンなことになってしまう。


 ヒトセさんは私の前にこの冒険者ギルドの登録試験を受けて合格している。

 私も冒険者になる! と宣言したら、思いっきり渋っていた彼だが、すこしは見直してくれただろうか?

「やりました!」

 褒めてくれるだろうか、と彼を見上げれば。苦り切った顔で、頷かれた。

 思ったような反応じゃなく、胸がズキンと痛む。

 やっぱり……総合格闘技マニアの女子は男子にどん引きされるのか。

 わかっていたことだけど、ちょっとかなしい。

 でもね、でも、決めたんだ。できるだけ、自分の身は自分で守ろうって。ヒトセさんの手を煩わせないようにしようって。

 そう思いつつも視線が彼の逞しい胸元までさがってしまう。

「――強いな」

 ぽつりとこぼされた声に視線をあげれば、ヒトセさんの大きな掌が迫っていて、慌てて目を閉じた私の頭がおずおずと撫でられた。

「本当なら、俺が守ってやるって、かっこいいこと言いたかったんだが。正直言って、なにがあるかわからないから。テンが強くて、ホッとしてる」

 他の誰にも聞こえない音量で囁かれた言葉に、閉じていた目を開ければ。苦り切ったと思っていた顔が、すこし、悔しそうに見えた。


 さて、私達がこうして就活しているのにはわけがある。

 異世界時間で一日が日本時間の二分だったという超現実の前に、生活費の工面を余儀なくされたのだ。

 半日が十二時間=七二〇分÷二=三六〇日

 ほぼ一年、こっちの世界に残留確定。

 無いわ、それは無いわ! ひどい、ひどすぎる。

 うちひしがれる私を、同じようにショックを受けているはずのヒトセさんが慰めてくれた。

 曰く、どうしようもないから取りあえず一年頑張ろう、と。

 そうだね、どうしようもない、ね。

 二人で溜め息をついたのが三日前。

 それから現地の状況をリサーチして今後の進路を話し合った結果、就職先に選んだのが冒険者というなんでも屋的な職業だった。

 安くはない登録料を支払って冒険者登録さえしてしまえば、ギルドが身元を保証してくれる。

 簡単な仕事を地道にこなし、信頼と実績を上げれば、割のいい仕事を受けることができるようになる。

 危険な仕事をするのが冒険者というわけじゃないけれど、それでも、登録するためには腕っ節を審査される。

 ダメ元で受けてみます! と殊勝な台詞をヒトセさんに残したが、彼に背を向けて対戦相手を目にした瞬間に、思わず右側の口の端があがってしまった。

 こっちを舐めてる大男ほど、チョロい獲物はない。

 フルコンタクト系のガチなジムに通っていた私は、人を殴るのに躊躇いはない。

 むしろ剣とか使えって言われてたら終わってたかも。慣れない武器ほど危険なものはないから。

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