第9話:王女様と企み

 よく考えたらクラウ以外の兄弟が揃っている。 王族三人とか高貴さが半端ない空間である。 めっちゃ高貴。

 現在のこの部屋の内約は王子×3、神×2である。 すごい。


「……アークナインテイル様のところ……となると、クラウお兄様も……出て来られるのですか?」

「まぁ、流石のアイツも出てくるだろうな。 無視するというわけににもいかないだろう」


 出てくる? 引きこもっているのだろうか。


「……直接的に聞くが、お前は王になりたいと思っているか?」

「いえ……女王は珍しいですし、私自身も向いているとは到底思えません。 ……それに、私はあまり争うようなことは出来ないので、とても王には……」

「そうか。 ……俺としてはクラウにしてもらいたい。 あいつが一番賢いからな」

「……いいのですか?」

「ああ、荒事になら自信はあるが、王に必要な資質ではないからな」


 荒事が得意な王子ってなんだよ。 ……俺もだ。

 とりあえず、兄弟同士で揉めたりしなさそうで少し安心だ。 ……他の人間に無理矢理祭り上げられるということも考えられるが、全員後ろ盾もほとんどないような状況だからそう苛烈なものにはならないだろう。


 今から取り入ろうとしても、先に王が決まることになる。


「あっ」

「どうかしましたか? レイヴ様」

「い、いや、何でもないッス」


 これ、子供のうちに無理矢理にでも王にすることで、王を巡る争いが苛烈化しないようにしてあるんだ。


 当然のことながら王になったあとも暗殺やらはあるが……全員が乗り気ではないなら、王が決まった後には起こりにくい。

 暗殺してから祭り上げて取り入るのよりかは、直接取り入った方が手っ取り早く確実でリスクも少ないからだ。

 もちろん王位継承権があるものが暗殺を企めば話は別だが……現状ではそれが起こらないと思える。


 後ろ盾がなく、取り入っているものが少ない現状では、争いを最小限に抑えることが出来る。 ……だから病気と嘘を吐いたのか。

 そのせいでティルが死にかけたので、親父の顔を一発はぶん殴りたいが。


 ……いや、邪神は教会関係っぽいから、また別の問題かもしれないか。

 あるいは、クラウかグレイが王になると得をする教会か……。 契約はしていなくとも、どの神と契約を結ぶかは幼いときから決めているものだ。


 二人が信仰している教会、となると……聖女様が狙われたというのも納得出来る。

 どこかに人が集まれば、人が離れる教会も生まれるのだから……過激なやつからすれば、他の神の声を聞く聖人は消えてくれた方がいい。


 邪神を利用している教会がいくつもあるとは思えないし、多分、同一犯だろう。


 ……これ、絶対にアークナインテイルのところに行ったときか、その前にめっちゃくちゃに仕掛けてくるだろ。

 ……その間は聖女様の方には多分行かないだろうけど……流石にきつそうである。


「……護衛の、どうかしたのか?」

「んー、神狐様のところにいく日程を公表するのは、ギリギリにした方がいいかもッスね。 知ってるか知らないか分からないッスけど、ティル殿下、暗殺されそうになってるッスから。 変に間を持たせたらやばいかもッス」

「ああ、だから今日来た」

「……えっ」

「お前に言われずとも、俺の配下がそれを想定していたからな。 明日には向かう予定だ。 大勢で向かえば不審に思われるかもしれないから、護衛は二人までとさせてもらう」


 俺の弟が脳筋な件について。 ……いや、まぁ俺も似たような考え方をしていたので、とやかくは言えないが……。


「あー、ティル殿下。 二人までなら、一人はシャルだと思うッスけど、俺も連れて行ってもらえないッスか?」

「えっと、他の方に相談しなくては……」

「明日行くなら相談する時間ないッスよ。 誰を連れて行くかはほとんどティル殿下の一存になるかと。 まぁ、無理にとは言わないッス……。 いや、やっぱり心配だから無理にでもお願いしたいッスね」


 グレイは訝しげに俺を見る。 疑っているのだろうか。

 弟は軽くティルに目を向けたあと、口出しすることなく立ち上がった。


「……あまり長居して話が漏れるのも恐ろしいな。 まぁ、そこの護衛が言うことも間違っていない。 相談するというのは、情報を漏らすということだからな。 多くの人と相談するほどに……だ。 まぁ、そこの男を使えとは言わないが」

「……急な話で……少し、混乱しています」

「まぁ、ちょっと森に行くだけだ。 身内での争いにはならないはずだから、気楽に考えていていい」


 グレイはクッキーを齧りながら立ち上がる。

 緊張した様子のティルの頭を撫でて、少し微笑む。


「今夜が一番危険だろう。 よろしく頼む」

「うぃっす、殿下もお気をつけて」

「……色々と軽いな、お前」


 扉から出て行く後ろ姿を見て、寂しさを感じる。

 俺がいれば近くで支えられていたのに……などと思ったが、過ぎたことは仕方ない。


「……私達は、全員向いていません」

「王にってことッスか?」


 ポツリと溢したティルに尋ねると、彼女は悲しそうにコクリと頷いた。


「私は気が弱いです。 グレイお兄様は奔放な人で、クラウお兄様は賢いですが気難しい人です。……とても、お父様のようには……」

「んー、問題ないんじゃないッスか? 気が弱ければ決断してくれる人を近くにおけばいいッスし、奔放なら生真面目な人、気難しいなら信頼出来る人が近くにいりゃどうとでもなるッスよ。 人間なんて一人だったらどうしようもないもんッスから、ダメでも誰かに頼ればいいんスよ」


 ティルは目をパチリパチリと瞬きして、ほんの少し微笑む。


「……お兄様達が王になったとき、レイヴ様は支えてくださいますか?」

「……そうッスね」


 答えられない。 俺がここにいることは、それだけでリスクのあることだ。

 妹であるティルを守るために仕方なくのことであり……本来なら今すぐにでも彼女から離れるべきだ。


「……んー、リロのこともあるッスから、ずっとってわけにはいかないッス。 申し訳ないッス」

「……すみません。 聖人の方がお忙しいとは、分かっているのに」

「いや……王女様は悪くないッスよ。 ……本当なら、一緒にいたいんスけどね」


 俺の言葉に、ティルはキョトンとした表情を浮かべ、指先をもじもじと動かす。


「……えっと、わ、私と……ですか? その」

「そっすよ?」


 今まで静かに撫でられていたリロがティルの膝から離れて、俺の元に来たと思ったら、嘴で何度も手を突つく。 痛い。


「うわき、ダメ」

「いや、違うッスよ」

「……口説いてた。 こんな小さい子を」

「いや、リロと変わらないッスよ。 ……あー、あとで説明するッスから」

「……説明?」


 出来れば隠しておきたかったことだけど、俺の神なわけだし変に隠す方が厄介なことになるだろう。

 ……信じてもらえるかはまた別の問題として。


「リロちゃんと何の話をしているんですか?」

「クッキーの食べ過ぎで怒られてただけッス。 俺が辞めるとき……めちゃくちゃ信頼出来るやつがいるッスから、紹介するッスよ」


 ヨクとの約束も、親父に話を通せば問題ないだろう。 ヨクが信頼出来るというのも事実ではある。 弱いけど。

 緊張したティルを前でおどけて安心させようとするが、どうにもそれが功を成すことはなく、どこか上の空といった様子のティルは困ったように俺を見ていた。


 就寝時間に近づいたころ、休みだったはずのシャルがやってきたので、寝るときに男がいるわけにはいかないので席を外す。


「レイヴ、ティルヴィング様の様子がおかしいが……妙なことはしてないよな?」

「俺を何だと思ってるんスか」

「軟派男」

「そんなことないッスけど、何でみんな勘違いするんスか。 ……俺から言う事でもないッスから、本人から聞いてッス」

「……? 分かった」

「今日は扉の外で寝ずの番をするッスけど、シャルも部屋の中で護衛頼むッス。 正直来てくれて助かったッスよ」

「……ああ」


 扉の前に、リロを頭に乗せて、ケミルを鞄の上に置いて妙な人が来ないかを待つ。 侍女が来るたびに少し警戒するが、何事もなく就寝時間になった。


「かあ、レイヴくん。 説明って?」

「あー、大したことないことなんだけど、いや、大したことあるッスね。 絶対に人に言っちゃダメなことなんスけど……」

『なんだ。 勿体ぶって、柄にもない』

「いや、本当に機密事項なんスよ」

『レイヴに機密事項なとあるはずないだろ』


 ケミルは俺を何だと思っているのか。

 周りに人がいないことを確かめてから、小声で息を潜めながら話す。


「……ティルヴィング、あの子……俺の妹なんスよ。 だから、口説いたりはないッス」

『……妹のように思っているということか? 女に節操のないお前が珍しいな』

「……かあ、びっくり」


 二人は同じように小声で話すが、二人とも他の人には声が聞こえないので声をひそめる必要はないだろう。


「……いや、そうじゃなくて。 実の妹。 血縁関係があるんスよ。 腹違いの妹で」

「……かあ?」

『……? いや、そんなはずはないだろう。 どこかそこらの娘ならまだしも、あの娘は……』

「……俺、王子なんスよ。 長男。 王位継承権第一位」

「……嘘はよくない」

『……大丈夫か? 何か悩みがあるなら相談に乗るぞ?』


 信じてくれない。 悲しい。

 俺たちは固い信頼の絆で結ばれていたのではないのか。


 壁に寄りかかって、頭の上にいるリロを撫でる。


「……普通に考えてほしいッス。 そこらの馬の骨が一回王女様守っただけで、護衛なんか任されると思うッス?」

『……それはそうだが、いやあまりにも……』

「……白馬に乗った王子感はあるッスよね」

「……かあ、それはあるけど」

『……いや、ないだろ』


 ケミルは何故俺にこんなに厳しいのだろうか。 ため息を吐き出しながら続ける。


「……隣国の一つの帝国の初代帝王が、全ての神の声を聞くことが出来る聖人だった、という伝説があって、こんな小国の王子が同じだったら警戒して戦争になるかもしれないッスから」

『……それで、隠れている、と』

「……そういうことッス。 マジッスからね? 七大神辺りはみんな知ってる話ッスから」

『……にわかには信じがたいな』

「……かあ」

「……というわけで、ティルに手を出したりはありえないッス。 ヒトタチに手を出すのよりありえないッス」


 何故かリロに頭を突つかれる。


「……まぁ、だから邪神のことが終わったら護衛はやめッスね。 妹が心配だから今は仕方ないッスけど」

『……いっそ、王子とバラして、前の街で魔物ごと矢を射ってきたやつらを処罰しないか?』

「しないッス。 そんな風に恨んでたら邪神化しやすくなるッスから、恨むのはほどほどにッスよ」

『……分かっている』


 全く、ケミルったら俺のことが大好きなんだから。 困った奴め。


「……というわけで、実はイケメン王子だったんスよ、 リロ、惚れてもいいんスよ?」

「……かあ、変わらない」

「……えー。 悲しいッス。 あっ、リロは寝てて大丈夫ッスよ。 明日も朝から行くッスか、今のうちはちゃんと寝た方がいいっす」


 鞄を開いて、布を適当に丸めた上にリロを置く。


「かあ、レイヴくんは?」

「……んー、まぁ……アークナインテイルのところにいくのには、結構な時間がかかるッスから寝る時間はあるはずッス。 その時は、見張りをお願いしたいッスから」

「……わかった。 ……無理は、しないでね」

「分かってるッス。 おやすみ、リロ」

「おやすみ……」


 リロが寝始めたのを見ながら、見張りを続ける。


「ケミル、酒場でおっさんが言ってたこと、覚えてるッスか?」

『酒の飲み方の話か?』

「いや、全員頑張るのと全員頑張らないので、結果は同じだから頑張らない方がいいって話ッス」

『ああ、それか。 間違ってはいないと思うが、……抜け駆けするやつが必ず出るのだから、仕方のないことだろう。 戦争しない方がみんな豊かになるから軍備を固めないとか、鍵を作る金属がもったいないから鍵を全員鍵を作らない。 みたいなことも同様だが、現実として侵略しようとする国家はあるし、盗みを働く者はいる。 理想は理想でしかない』

「まぁ、そうッスよね」

『……まぁ、あのような理想も嫌いではないがな』

「俺も割と好きな考えッスね」


 ダメそうなおっさんだったが、悪くない考えのように思えていた。

 まぁ、実際は大切な物を守るために鍛えて戦うしかないけれど。

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