第5話:カラスと魔術
男の名前はアルトリア。 何でもきーちゃんの孫らしい。
モテないフレンズだと思っていたきーちゃんに子孫がいるとか非常にガッカリである。 ハゲればいいのに。
「アルさん、とりあえず飯いいッスか? 腹ペコなんスよ」
「……そうだな。 教えたいことと実験したいことをまとめておくから、適当にそこらで食ってこい」
「了解っす……」
「……かあ、行く前に着替える場所、ないかな?」
そういえば、リロは現状一枚のワンピースしか作れないのでスカートの下はパンツすら履いていない。
一応、服は普段から持ち歩いているが、そこらで着るわけにもいかない。
見回してもそのような場所はないし、飲食店に入るなら人型にならなければならないので、着替える必要はあるか。
なんとかスカートの下に倒れ込むフリをしたいが、おそらくリロが人化を解くスピードの方が早いだろう。
「あー、なんか人のいない部屋とかないッス? リロを着替えさせたいんスけど」
「ああ、そっちの部屋を使えばいいよ」
「かあ、ありがとう」
「ありがとうって言ってるッス」
ぺこりと頭を下げたリロと二人でその部屋に向かい、人がいないことを確認してから部屋の外で待つ。
見れないのは残念だけれど、衣擦れの音を聞いて妄想を膨らませるのも、楽しいものである。 げへへ。
出てきたリロと手を繋いで飲食店に行き、好きなものを食べてから研究所に戻る。
紙に大量の研究内容を書き連ねているアルを見て若干ビビりながら、最悪周りの人に頼んだらなんとかなると思って声をかけて椅子に座った。
「えーっと、大丈夫ッス?」
「ああ、今、ライト様と契約していた時の魔力量と、契約していない時の魔力量を測ったところです」
「……えっ、もう契約打ち切ったんスか!?」
「ああ、では早速、始めていいですか?」
アルは座っているリロの元に跪いて、俺に目を向ける。 有名な神ではないから、なんと口上を述べればいいのか分からないのだろう。
仕方なく、俺が代わりに考えることにする。
「……神よ、弱さを知り、地に伏せ、尚も抗う気高き神よ。
その魂に見惚れる、このレイヴ=アーテルに宣誓の機会を与え給え」
リロはコクリと頷く。
「……俺は貴女の、欠けた片翼となる」
思えば、このような形式ばった宣誓をしたのは初めてだ。 リロとは成り行きで、契約を結んだからだ。
リロに手渡された聖餐……というか、飴を口に含んで、再びの契約が成される。
「……まあ、こんなところだろう」
「かあ……嬉しいけど、こんなプロポーズみたいな祝詞、色んな人に聞かされるの?」
「いや、宣誓内容は別っすから」
頷いたリロを横目にアルが口上を読み上げる。
「神よ、弱さを知り、地に伏せ、尚も抗う気高き神よ。
その魂に見惚れる、このアルトリア=マギクツカイに宣誓の機会を与え給え。 …….この研究を成功させる」
半端な宣誓の言葉……というか、非常に弱い宣誓内容だ。
何かの器具で色々と測ってから紙に書き込んだあと、すぐに契約を破棄して、また別の契約をしてと繰り返していく。
ひたすら続いていた謎の実験だが、リロのお菓子で腹がいっぱいになったのか、アルが「うっぷ」と気持ちの悪そうな声をだして中断することとなった。
「……まだ細部は詰められていないけれど、実験は仮説通りだった。 神と契約を結ぶと、魔力の最大量が低下する」
「何度も繰り返してたけど大丈夫ッス?」
「ああ、契約を破棄すると低下が元に戻った。 契約時の宣誓によって、低下量に差が生まれていたな。 『毎日早寝早起きする』だと一割で【カラ水】の能力でコップ一杯の水を生み出せた、『一日一回は瞬きする』だとほとんど低下なし能力は使用不可、『一日一度善行を成す』だと三割低下でコップ3杯ほどの水が作り出せた。 『世界を救う』や『身長3メートルになる』といった荒唐無稽なものだとほとんど低下なしで能力の使用も出来ない程度」
アルの言葉に頷いて少し考える。
「つまり、宣誓内容がキツイ方が最大魔力を持っていかれて、能力も強くなる。 宣誓内容が実現不可能な場合は反対に魔力も能力も全然ってことッスね」
「これがリロイア様の特性なのか、神として普遍のものなのかは分からないけどね。 ちなみに以前ライト様に誓っていた『この世の謎に光を当てる』だとライト様は4割、リロイア様は1割の魔力を持っていったね」
「あー、宣誓内容が同じでも神によって色々違う可能性もあるんスね」
「そこで聞きたいんだけど、リロイア様はわざと契約に差をつけましたか?」
リロを見ると、彼女は小さく首を横に振った。
「ううん。 ……でも、その『たくさん魔力を吸った』やつは、頑張ってねって、思った」
「……わざとではないけど、内心応援はしていたそうッス」
アルは頷いて、ゆっくりと礼を言う。
「ありがとうございます。 ……最後にひとつ……申し訳ないのですが、これだけやっていたら中々神との契約が難しくなってしまいそうなので、引き取っていただけませんか?」
「……いいけど」
リロは不満げに飴を一つ渡す。 彼はそれを飲み込むと、元々考えていたかのように宣誓する。
「人の叡智をひたすらに積み重ねましょう。 貴女様の翼の元に」
「……頑張ってね」
困ったように微笑んだリロを見て、ため息をつく。 アルはそんなに強い宣誓をしても良かったのだろうか。
魔術師としては、神との契約など世間体以上の意味を持たないだろう。 特にリロのような弱小な神は大した能力を与えられないのだから、魔力が減ると分かっているのに、強い言葉で宣誓すべきではなかったはずだ。
「レイヴくん。 私の言葉を伝えて……」
首を傾げながら、リロの口が動いたのを見て急いで声を出す。
「「私は、弱い神。 祈りに応える力はなく、願いを聞く度量はない。
私は、欠翼の神。 羽ばたく翼はなく、見上げた空に飛ぶ力はない。
私は、祈る神。 リロイア=レーヴェン。 人を頼りにする愚かな神。 ……どんな力を、私に求める?」って」
「……どういう意味ですか?」
「神として与える能力を作るってことッスね。 ……リロはめちゃくちゃ優しい神なので、話を聞いてくれるんスよ」
「……狐の勲章を授与されることよりも、よほど光栄なことですね」
狐の勲章とは、王家のシンボルである神狐を取り入れた勲章であり……この国最高の名誉とされ、国を救う英雄に与えられるものだ。
「……きつね?」
「この国で最高の名誉よりも名誉なことだと」
「かあ……困る」
アルは少し迷ったように瞬きをして、決意を固めたように口にする。
「では、知識を蓄えられるような、能力を」
「……わかった。 力は増えてるし……
「ああ、当たり前ッス」
二人目の信徒を得て、俺が宣誓をした。 そのことが原因かまでは分からないが、リロの力は増したらしい。
「……図書館。 信徒が見れる、架空の本」
リロは、アルの祈りから能力を生み出す。
「……鴉立図書館。 ……からいぶりー」
「……だ、ダサいッス」
リロの作った能力は、アルの願いそのままのものだった。
第一に、能力を発動して信徒にのみ見える紙とペンが発生する。
次に信徒がそれに文字や絵を書き込む。 書き終えると紙は消えて保存される。
信徒はその紙を好きな時に見ることが出来る。
「……これで、大丈夫?」
「んー、すごく便利ッスけど、大量の情報があると困るッスね。 ごちゃごちゃになってて整理出来ないッスから。 あと、後から書き直すのとかもいるッスね」
「んぅ……難しい。 紙に名前付けれるようにする。 これ以上は神の力が足りないかも」
「あー、信徒増やさないとそうなるッスよね。 ……これ、手紙がわりに使えるッスね」
適当に「よろしく」と紙に書いて保存すると、意図に気付いたらしいアルが見て、同じように「よろしくお願いします」と書いて保存したのを見る。
「そうですね。 ……時間もかからないですし、非常に便利かもしれません。 現状は私とレイヴさんしかやりとり出来ませんが……。 今からは魔術を教えますが、また来ていただけませんか? 何人か能力を使わずに持て余している人がいるので、誘ってみようかと」
「かあ……別にいいけど、強引には、だめ」
「無理強いとかはだめッスよ?」
「ああ、分かっています。 では魔術について教えますね」
二人でアルに頭を下げる。
「よろしくッス」
「……よろしくっす」
「じゃあ、まず基礎から教えていくね」
リロが文字を読めないことが原因で苦戦しながらだが、魔術の基礎を教わり……神であるはずのリロも人間と同じように魔術を扱えることが分かった。
いや、むしろ人間よりよほど多くの魔力を持っていて、向いているということも判明した。 具体的な量は把握しきれないが、最低で俺やアルの一万倍はあるようだ。 弱くても神なのだろう。
けれど、アルの説では神=膨大な魔力の塊ということらしく、人間のように使っても回復することはなく、肉体やら精神やらを消費してしまうようなもの……かもしれないので可能な限り使うべきではないと釘を刺された。
使うとすれば、俺とアルから常時流れているであろう魔力分だけにしなければ、どうなるかは保証出来ないと言われた。
「……覚えたのに、使えない」
「残念ッスね。 まぁ魔術なんて使い道少ないッスから使う必要もないッスよ。 何かあったら俺がリロを守るッスしね」
「……えへへ」
チョロかわいい。
リロを見てメロメロになりながら帰路に着く。 かわいい。 とてもかわいい。 しばらく人化状態でいてくれないだろうかと思ったが、明日からはまた護衛しないとならないのでそうもいかないだろう。
……帰ったら早めに寝るか。 夢の中でクラヤと会話すると、身体は楽になっても不思議と頭は疲れたままになってしまう。
「あー、今日も疲れたッス……。 りろー、抱き枕になってーッス」
「……えっちなことするから、いや」
「絶対しないッスから。 ……実は、クラヤに夢の中でヒトタチと合わされることになって……」
カラスの姿になっていたリロがぴくりと動いて、人化して俺が寝転んでいたベッドの中に入ってくる。
「お、おう……。 まさか本当に来てくれるとは」
「……べつに」
少し不機嫌そうなリロは表情と声色に反して、ぺたりと小さな体を俺に寄せる。
女の子の良い匂いにクラクラとする。 布一枚にしか覆われていない美少女とひっつくのは嬉しいけど、嬉しすぎて頭が変になりそうだ。
「……うわき、だめだよ?」
「は、はいっ! ッス! いや、本当にリロの信徒は絶対やめないッスから。 そこは安心してほしいッス」
「……ほんと?」
「当たり前ッスよ! ……だから、こんな無理しなくてもいいッスよ? こんな風にしなくても、離れないッスから」
「……恥ずかしい、だけだから。 いやじゃない」
リロは俺に身を寄せて、両手を広げて抱きついて、片翼で俺を覆う。
羽毛の眠たくなる心地よさもあるけど、かわいい女の子とひっついて眠れるほど神経は図太くない。
剣で斬られるのは大丈夫だけど、女の子の柔らかさにら耐えられないのだ。
しばらくしてすーすーと寝息を立て始めたリロにドギマギしていると、急に異様な眠気が襲ってきて、眠いと認識出来るよりも前に意識が奪われた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「クラヤ……無理に眠らせるのはマジでやめるッスよ。 ベッドの上だったから良かったものの、歩いてるときなら最悪死ぬッス」
ゆっくりと目を開けながら言うが、クラヤからの返事がない。 目を開けても暗闇ではなく、石畳の闘技場のような場所だった。
「……クラヤ?」
もしかして、ただの明晰夢なのだろうか。 などと思っていると、自分の立っている方向とは逆の入場口から、かつかつと足音が聞こえてくる。
もしや、と、すぐに気がつく。
「場所だけ用意してぶん投げやがったッスね……」
クラヤあの野郎、とは言わないでおいた。 美女には文句が言えない。
頭を抱えながら、闘技場に脚を踏み入れた人物に目を向ける。
俺よりも小柄……いや、それどころか普通の女性の中でも小柄なぐらいの背丈と体格。
童女とまではいかないが、大人の女性とは到底思えない華奢な女が、鞘に入った片刃の刀を抱えるようにして持ってこちらに歩いてくる。
ぱつんと切り揃えられた前髪に、身体の線が見えないぶかぶかの東洋の着物、むっとした表情だが幼さの多く残る整ったかんばせ。
足元はこちらの方が動きやすいと、この国のブーツを履いている。
神像の姿とは大きく違う……本来の姿。
『……レイヴ』
見た目は美しい少女である彼女は不快そうに俺の名前を呼んだ。
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