第19話:聖女様の風呂が見たい
「うぇるかーむ、とぅー、あんだーぐらーうんど」
途中逃げ出したこともあり、そのまま牢屋に叩き込まれた。 夜遅くに叩き込まれたこともあり、相部屋の老人は寝ていたようだが、鬱陶しそうに起き上がりながら言った。
「あっ、ご丁寧にどうもッス。 俺はレイヴッス」
「うぃ、わしはこの部屋の主。 木こりのきーちゃんじゃ」
「きーちゃん」
「うぃ」
ファンキーなじいちゃんである。 どことなく似た匂いを感じてしまうのが辛い。
「ところで何スけど……。 ここってどうしたらいいんスか?」
「どうしたらいいも何も、まず、寝るじゃろ?」
「まあ夜ッスしね」
「お肌の天敵じゃからな」
「しっわしわッスけどね」
「起きるじゃろ?」
「まぁ、寝たらだいたいは起きるッスね」
「ご飯食べるじゃろ?」
「楽しみッスね。 朝食はガッツリ派ッス」
「寝るじゃろ?」
「二度寝ッスか」
「ご飯食べるじゃろ?」
「昼食はガッツリ派ッスよ」
「女子牢の方に進入するじゃろ?」
「まぁ、そりゃそうッスね」
「触るじゃろ?」
「まぁそうなるッスよね」
「しばかれるじゃろ?」
「本望ッスね」
「ご飯食べるじゃろ?」
「夕飯はガッツリ派ッスね」
「寝て終わりじゃ」
「なるほど」
随分と優雅な生活が俺を待ち受けているらしい。 一人なら、聖女様にお礼を言うという目的を果たしたのでゆっくりと過ごせたのだが……おそらく丁重に扱われているとはいえ、リロとケミルを放っておくわけにはいかない。
「どうしたんじゃ若人」
「きーちゃん、俺は無実の罪なんだが、出れると思うッスか?」
「……無理じゃと思うのお。 どんな罪を被せられたんじゃ?」
「お姫様暗殺未遂と聖女様暗殺未遂ッスね」
「風呂でも覗いたのかの?」
「だったら満足なんスけどね」
お姫様は置いとくとして、聖女様の入浴姿が見れるなら大満足だ。 それこそ死んでもいい。
現実は、まぁ守れたからそれでも満足だけれど、結局狙われていることには変わらないし、リロとケミルも守らないとダメだ。
なんとしてでもここから出る必要がある。 そう決めて周りを見渡す。
怪しげな紋様の書かれている鉄格子に、石に似ているがとは違う材質の床と壁。 天井も若干発光しているが、同質、あるいは同系統のものに見える。
「……魔術紋に迷宮出土物ッスか。 金かかってるッスね」
「そりゃそうじゃろう。 王族の暗殺未遂など、その場で死刑にならなかったのがおかしいぐらいじゃ。 生きているだけで御の字と思った方がいい」
「そうッスか」
牢屋の材質はそれであり、ベッドは二つ、トイレ……と呼べるのかも分からないけどやばそうな壺、窓はなく、おそらく地下であることを考えたら、出入り口になりそうなのは食べ物を入れるためであろう小さな穴か、俺が入ってきた扉ぐらいか。
「……魔術なんて大昔の技術をよく採用してるッスね。 神の力の方がよほど手取り早いッスよ」
「魔術は異能よりも応用が効く上に、複数人での使用が可能じゃからな。 個としては時代遅れでも、集団としては今見直しているんじゃよ」
よく知っている爺さんである。 まぁ、出力不足ではあっても、迷宮出土物と組み合わせて複数人で使えば安定した力が発揮出来る……と爺さんは言うが、まぁそんなの大量の人員がいてこそである。
「それにしても、よく知っておったの。 今時、教えられる人も本もないじゃろ」
「ほとんど知らないッスよ。 神は魔術を使えないッスしね」
存在こそ知っていても、内容は知らない技術だ。 それこそ歴史の授業で以前こんな技術があったという程度で、何がどうなっているのか理解できない。
「勤勉じゃのお、じゃあ儂は寝るからの」
「……灯って消えないんスか?」
「消えぬよ。 見張りのためにな。 それじゃおやすみ」
「ああ、まぁしばらくしたら俺も寝るッスよ」
寝息を立て始めた爺さんを見てから、鉄格子を見る。
まず、怪しげな呪いではなく、複数人での使用が可能ということは個人の不思議力ではなく、誰もが持っているものを扱って起こしているらしい。
次に「出る方法」がある。 爺さんが痴呆になっているだけかもしれないけれど、抜け出して女子のところに行っているということだ。 信じるのならば方法はあるということになる。
初めて見た魔術紋。俺のベッドを鉄格子の前に運んでから、その上に乗って上から順に魔術紋を観察していく。
うん。 意味不明な形の羅列である。 まぁ、手がかりとしては、鉄としては異常な「強度」と当然ながらあるであろう「異能封じ」とかの魔術を発動させるためのものであることか。
どの格子も同じ紋様が書いてあるわけではなく、上部は同様だが、半ばから下は交互に別の紋様となっている。
上部にあるのはおそらく鉄格子自体を守るための「硬化」のような魔術で、下部が異能封じとか、そんな感じのものなのだろう。
しばらく観察を続けて似たような紋様を探したりするがその紋様の意味自体が分からない。
作りとしては言語のようなものなのは理解出来るが……それが分かったところでどうしろと。 そもそも魔術ってなんだよ。 マジで実在してたのかよ。
……というか、そもそもどっから力を持ってきてるんだ? 書くだけで発動するなら、それこそ廃れるはずもないから何かしらのエネルギーを使っているのは間違いない。 鉄格子を見れば、当然上と下は天井と床に生えるようになっていてそれ以上見ることは出来ない。 天井の上で怪しい呪い師が何かしているのか?
効果を発揮している以上、エネルギーの流れる道があるはずだ。 だとすれば床に繋がっている下部か、天井の一部を壊せば強度が落ちる……それが出来たら普通に壊して出るよな。
何かしらないかと思って見回すが、部屋には何もない。 爺さんが鍵を持っているのかもと思って見てみるが、収納出来そうな服ではない。
「……怪我?」
爺さんの指先が黒ずんでいて血が固まっているらしい。 必死に出ようとした跡かと思ったが、どうやらそうではないのか、右手の人差し指だけだ。 慣れた様子を思えば、しばらくは牢屋にいるはずなので外で出来た傷ではないだろうし。
……薄眼を凝らして床を見ると、血の粉のようなものが染み付いているのが分かる。それを探して床を全て見ていけば、どうやら格子の下にのみあるようだ。 天井や壁には確認出来ない。
状況を見れば爺さんが何かしていたと思うのが自然だが、血を使ってしていたことか。
魔術紋の書き足しだろうか。 爺さんは詳しそうだったしそうなのだろう。
うーん。 おそらく書き足すことで何かしらの変容を起こしたのだろうがそれが分からない。
壊れた様子がないし、物理的な錠もあるのでどういう仕掛けかが分からない。 爺さんがどう開けたか……を踏襲する必要はないか。
一通り見てから、ベッドの下に潜り込み、指先を齧る。
◇◆◇◆◇◆◇
「んー、おはよう若いの。 昨日は色々とやっておったが、 諦めたのかの?」
「おー、きーちゃんおはようッスよ」
欠伸をしながらベッドから起きて、きーちゃんの顔を見てから溜息を吐き出す。
扉の近くに置かれている朝食をふたりで並んで食べる。
「まずあれッスけど、結局、見張り的なのは来なかったッスね。 これを運んでくれた人はいたッスけど。 その看守……というか
「ずっと起きておったのか?」
「寝てても、人が近くにいたら起きれるッス。 知ってると思うッスけど、俺は割と強い剣士なんで」
ぴくりときーちゃんの頰が動き、見定めるような目を俺に向けた。
「ここにある素材は迷宮出土物の天井、床、壁、普通のベッドにトイレがわりの壺。 それに魔術紋が施されている鉄の格子とそれに付いている扉。 床には消した跡のある血痕……、 きーちゃんの指には消す前のそれを施したであろう跡。
つまり、きーちゃんは魔術紋を鉄格子から床に書き足すことで扉を開けて脱出したってことッスね」
「ほー、そこまでは分かっておったか」
「それで、俺も踏襲したら出来るワケっすけど、この格子に掛けられていた魔術は「格子の硬化」「異能の無効化」それによく分からないやつッスね。 当然、魔術を知らないから、同じ方法で開けるのは無理ッスね」
「諦めたのか?」
「まさか。 この状況での用意された正解は、きーちゃんに魔術紋を教えてもらうか、あるいは魔術を解析して若干残された跡から見つけ出すか。 まぁ後者が基本ッスね」
飯を食べ終えたところで、ベッドの上に移動して胡座で爺さんを見る。
「んで、筋肉は多少はあるッスけど、木こりって感じじゃないッスよね。 それに手のひらにも特有のタコがないッス。
まぁ魔術のことをよく知ってるみたいないッスし、時々目を細めたりしているのは目が近いんスか、研究者か何かっぽいッスよね。 あんまり隠す気はなかったみたいだけど」
眉を顰めた爺さんに溜息を吐き出す。
「そもそも、出れるなら出れないようにするッスよね。 例えば看守を一人常駐させれば済むッスし。 まぁ、なんでそうしないかと言えば、そもそも牢屋じゃないからッスね。 牢屋っぽく振舞ってたら俺が好きに動けないからッスかね」
「……冷静に考えたら分かること、ではあるのじゃが、案外冷静にとは人はいかぬもの。第一の試練は突破じゃな」
爺さんは白い髭を撫でてから、どこからともなく長細い小型の箱を取り出す。
「……俺は、牢屋に入れられるんじゃないんスか?」
「このままいけば、間違いなくの」
「じゃあ、なんでこんな得体の知れないところに?」
「前例を作るわけにはいかぬ以上、許可なくティルヴィング様の祈りの最中に侵入したものを許すわけにはいかぬ。 理由があることも理解出来るが……脱走も含めれば尚のこと」
すべて知っているらしい。 口振りからすれば味方のように思えるが、どうにも胡散臭さが抜けていないし、俺のことを許されないと言っている。
長細い小型の箱を手渡されて、開けるように指示をされたのでそれを開けると……筆のようなものが入っていた。 華美ではないが装飾もあり、硬いのに軽い、その感触は持っただけで高級であることを示していた。
しかしこれで何をしろというのだろうか。
「弟子には筆を渡すことが習わしでな」
「弟子?」
「祈りの最中の神殿に侵入したことが罪ならば、侵入をしても良い立場ということにすれば良い。 つまるところ、新設される近衛魔術師であれば、問題ないわけじゃよ」
「それってーー」
つまり、ティルのところにいてもおかしくない職に
言ってしまえばありえないほどの横紙破り、後出しにも程がある無理矢理な言い訳。 特別待遇にもほどがあり、俺一人のために重要な地位をでっち上げる暴挙だ。
「そうじゃよ。 卑怯且つ無茶な後出しの贔屓でバレたら大勢の首が飛ぶ」
「なら、何故だ」
「ティルヴィング様が直々に生かすように仰られたからのう。 まぁ、尤もなところ……最低限魔術師と認められる腕がなければならぬがの」
「……魔術なんて齧ったこともないッスよ」
「なら死ぬだけじゃ。 この施設は魔術が使えなくては入ることも出ることも叶わぬから、出る時は近衛魔術師として出られる。
先の飯と筆は他の見習いと公平を期すために与えたが、本来は他人からの手助けはならん。 ……出れなければ、飢え死ぬが、晒し首よりはマシじゃろうて」
無茶苦茶だ。 それしか手がなかったと言えばそれまでだが、魔術など言葉しか知らない俺が飯も無しに突発しろと……? 出来るはずがない。
「諦めるなら諦めい。 儂は知らぬ。 生きたいのならば、この人口迷宮【試しの牢獄】を突破してみせい。 ではな、あでぃおす」
そう言ったかと思えば、爺さんがいたところに魔術紋が書かれている丸太が出現し、爺さんの姿が消える。
「……死ぬか、生きるかッスか。 むしろ、普通の牢屋の方が飯が食える分だけマシだったッスかね……これ」
まぁ、とりあえずはティルが俺に生きてほしいと思っていることも分かったし、リロやケミルのこともあるので足掻いて近衛魔術師になるしかないだろう。 どうせ、死んでも死ぬだけだ。 足掻くだけ足掻くしかないのだ。
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