まだ何の罪も犯していなかった頃の彼、あるいは彼女による独白

「う……っ……」


 バスルームでシャワーに打たれながら、私は手のひらを汚した自分の精液を見つめていた。

 血液でも汗でもない自分の体液の生温かさが、これほどまでに気持ち悪いものだとは。


 幼い頃から、私は自分を女だと思い込んで生きてきた。いや、自らにそう言い聞かせながら育ってきた。そしてそれはずっと上手くいっていた。彼女に出会うまでは――否、この乙軒島に来るまでは。

 この世に生を受けたとき私が男であったことを、乙軒島にいるメンバーは誰も知らない。おそらく疑われてすらいないだろう。女物の服を着て、身だしなみにも細心の注意を払っているし、何より、私の心は完全に女なのだ。自分でもそう信じていた。それなのに――。

 自分の中に突如として芽生え始めた男としての欲望に、私はとても困惑している。


 前兆が全くなかったとは言えない。彼女と知り合い、親交を深めていく中で、私は少しずつ彼女に惹かれていった。だが、それはあくまで親しい友人としてのものだった。

 彼女に対する憧れのような感情が微塵もなかったとは言い切れない。しかし、少なくとも彼女のことを性的な目で見たことは一度もなかったし、これからも有り得ないはずだった。


 だが、思えば、これほど長い時間彼女と一緒に過ごすのはこれが初めてだ。

 シャワーを浴びたばかりの彼女の艶やかな髪、鼻腔をくすぐる芳香、湯気を放たんばかりに熱を帯びた彼女の肌。彼女の身体から発せられるそれら全てのものが私の意識を惑わし、私の中に眠っていた男としての欲望を目覚めさせてしまったのだ。

 シャワールームで体を洗っている最中、ボディーソープの香りからさっきの彼女を連想した。それだけで私の下半身は醜い反応を示した。陰部を洗おうとして触れた途端、それまで経験したことのないような快感がこみ上げ、次の瞬間には、私の手はボディーソープともシャンプーとも違う粘り気のある白い液体で汚されていたのだ。


 ショックだった。

 どうしたらいいかわからなかった。

 今まで夢精すらしたことがないのに。


 彼女のことを性的に意識してしまった自分が恥ずかしかったし、手のひらに溜まった精液をどう処理したらいいかもわからなかった。とにかくこの気持ち悪い液体を早くどうにかしたくて、私は手のひらにシャワーをかけ、それを洗い流そうとした。

 だが、洗い流すどころか、状況はさらに悪化した。温水を浴びた精液は白く凝固し、さらに粘度を増して、私の手のひらにこびりついてしまったのである。


 洗い流すことを諦めた私は、ゴムのように固まった精液を手のひらから剥がし、排水口に投げ捨てた。そして、手のひらと、醜く隆起した自分の性器を、ボディーソープを大目につけて念入りに洗った。


 これは何かの間違い。

 私は女なのだ。

 こんな汚らわしい生き物ではない。


 精液の臭いをボディソープとシャンプーの香りで消し去り、私の心はようやく平静を取り戻した。いつも通りに体を洗い終えた私は、薄桃色の下着と部屋着を身に着けて、そそくさとバスルームを後にした。

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