第24話

「それでいいのか?」


 俺の疑問に、葉子はゆっくりと首肯してみせた。

 葉子が提示した、結界解除の条件。それは、高橋辰夫理事長の真摯な学校運営と、大々的な謝罪だった。


 まず、『真摯な学校運営』とは、この堅山黎明高校の売り文句を実現することだ。地球環境保全に携わる、優秀な人材育成とその交流の推進。加えて、堅山黎明高校の存在を認めた上で、これ以上似たようなケース――大規模な自然開拓及び人工的な施設の建設――を繰り返さないこと。また、他の機関や財閥にも繰り返させないこと。

 そして『大々的な謝罪』とは、この山に残された霊たちに反省の意を示し、今までの戦闘でこの世に顕現できなくなった霊たちへ、鎮魂の祈りを捧げることだ。


 万が一、理事長の謝罪や鎮魂の事実が世間に流出した場合、財閥の力をもってしても、それを潰すことは困難だ。『自然環境を破壊しながらその保全を訴える』というジレンマに、理事長を始め幹部たちは世間の強いバッシングに遭うだろう。

 半殺しもいいところだ。だが、そのお陰で、他の財閥も似たようなことがしづらくなる、という抑止効果も期待できる。


「で、問題は……」


 俺は学校の見取り図を開き、女子三名と共に覗き込んでいた。

 そう、問題は、理事長に二つの条件を飲ませなければならない、ということだ。 エリンによれば、理事長はこの結界の内側にいるらしい。できる限り生徒たちのそばにいることで、不安を軽減させるためだそうだ。

 しかし、同じ建物、すなわち校舎にいるわけではない。理事長の現在位置は、校舎裏側の第一体育館ということになっている。


「さっき目に入ったけど、体育館のガードは固いわよ。荒木くん、あなたが昇降口で二人の隊員を押し退けたのとはわけが違う」

「ふむ、エリンの言う通りだろうな」


 俺は顎に手を遣った。こちらの手勢といえば、確定メンバーはここにいる四人だけだ。あまりにも心細い。

 だが、特別な四人であることは事実だ。葉子は人間を化かすことができるし、美玲はお嬢様として護衛の連中に命令を下すことができる。エリンなら怪しまれずに部隊の動きや隊員の配置を詳細に調べられるだろうし、俺だって僅かなりとも戦える。まあ、相手の隙をつくくらいなら。


「しかしなあ……」


 俺はくしゃくしゃと頭を掻いた。どうあがいても、四人は四人。もっと手勢が欲しい。誰を、どのように味方につければいいのか。


 先ほど保健室に負傷した隊員が運ばれてきたことで分かったが、自然の動物たちも戦う覚悟であるようだ。であれば、今度は俺たち人間が立ち上がらなければ。

『打倒・高橋辰夫』を掲げて大演説を敢行するか? いや、それは無茶だ。教室にだって、隊員は配置されている。あっという間に捕らえられてしまうだろう。


 しかし、演説をするのが美玲だったら? 目立ちたがりのこいつのことだ、喜んでやってくれるだろう。高橋美玲の演説。それは、フォックスハンターの隊員にとっては鶴の一声だ。もし邪魔をされそうになったら、俺とエリンでどうにか隊員を止めるしかないが。


 それは困難なことかもしれない。だが、一つのクラス――一年B組、三十名――を味方につけることができれば、他教室の隊員が駆けつけてきてもどうにか抑えられるだろう。理事長、そしてフォックスハンターの隊員たちにとって、俺たちは生徒であると同時に顧客でもある。


 自分たちを顧客と思い込むなんて、傲慢な考えだと思う。だが、ビジネスマンとしての理事長の認識はそうである公算が高い。早い話、先ほどの俺のように大暴れしなければ、彼らは手出しするか否か、相当シビアな判断を迫られるわけだ。

 そこに響くであろう、美玲の一声。これで手勢は三十名、いや、他クラスに波及する可能性も考慮すればもっと多い。


 俺は思ったことを、全て三人に話してみた。


「なるほど。とんだ職務放棄……いえ、裏切りってわけね」


 エリンはやれやれとため息をついた。


「でも、まさかフォックスハンターであるお前が反抗したら、間違いなく警備にあたっている隊員の意表を突くことは可能なんだ」

「その一瞬のために、私は裏切り者に身を落とすのね」

「まあそう悲観的な見方をしないでくれ。どうしても、お前の力が必要なんだ」

「だからさあ」


 エリンは呆れた様子で俺を見た。


「荒木くんの意見に賛成だから、こうして自分の身の上を嘆いてるのよ、私は。自分が可愛ければ、とっくに反対してるところよ」

「……すまない」


 エリンはツンと顔を逸らし、明後日の方に視線を遣ってしまった。


「あ、あたしは……」


 不安げな表情で俺を見上げてきたのは美玲だ。


「お前はいつも通りにやればいい。だって、結界を解くことと、そのためには親父さんの元へ押しかけなきゃならない、ってことには納得してるんだろ?」


 自分で肩を抱くようにして、俯く美玲。


「なら十分だ。繰り返すけど、いつも通りだぞ。何も考えなくていい」


 すると美玲は再び、しかし今度は怒気を孕んだ目で俺を睨んだ。


「なっ……。あたし、じゃなくて、わたくしがいっつも無鉄砲な発言ばかりしている、とでもおっしゃりたいんですの、荒木さん?」

「まあな」


 さらりと肯定して見せた俺に、美玲は頬を膨らませた。しかし、そこにいつもの態度のデカさが感じられた俺は、内心ほっとした。こうやって持ち上げてやれば、美玲のモチベーションも上がるだろう。


「私は理事長さんに、さっきの二つのお願いをすればいいのね」

「そうだ、葉子」


 俺は大きく頷き、じっと葉子の目を見返した。


「理事長との交渉中は、警備の連中が邪魔をしないように皆でお前を守る。だから心配せずに、じっくり理事長と話すんだ」


 ゆっくりと、しかし明確に頷いてみせた葉子。俺は美玲、エリンとも目を合わせ、『行くぞ』と一言告げた。


 廊下から教室を覗き込むと、案の定ざわついていた。生徒たちが夜になっても寮に帰されず、混乱しているらしい。

 寮も結界の内側にあるが、いつどこで野生動物が仕掛けてくるか分からない以上、建物間の移動は避けるべきだ。そのように隊員たちは判断したのだろう。もしかしたら、理事長の指示かもしれない。

 今回の件で生徒に死傷者が出たら、理事長の名声は地に落ちる。それを危惧してのことだとは、俺でも察しがつく。

 自分が何をやっているのか、分かっていないからこうなるんだ――。俺は理事長をそう叱責したくなったが、その権利があるのは葉子一人だけだろう。


 見たところ、教室内の警備を担当する隊員は二名。こいつらを俺たち四人で押さえつける。

 俺は準備ができたかどうか、エリンに目で問うた。パチリ、と大きく瞬きをするエリン。自動小銃を背負い込み、腰元のホルスターに手を回す。そしてザッと立ち上がり、思いっきり教室後ろのスライドドアを蹴り開けた。


「全員、動くな!!」


 教室内に響き渡る怒声。エリンの両腕がすっと持ち上げられ、そこに握られたものが不気味な光沢を放つ。

 素人の俺でも分かった。これは実銃だ。退魔用の自動小銃ではない。


「お、おい桐山、どうしたんだ!?」


 反射的な挙動だろう、二人の隊員が共に自動小銃をこちらに向ける。だが、自分たちに向けられているのが実銃だと知って硬直した。

 間を置かずに教室前方のドアが引き開けられ、美玲が飛び込む。


「皆、動かないで、わたくしの話をお聞きなさい! 警備の二人、銃を下げて!」

「み、美玲様!?」

「早く!!」


 美玲が檄を飛ばすのは珍しかったのだろう、隊員は慌てて自動小銃を背にかけ、直立不動の姿勢を取った。

 そんな彼らに目もくれず、美玲は教卓にバン! と両手をつく。俺と葉子はゆっくりと教室に入り、角に立った。


「あなたたちに、今の状況を洗いざらいお伝えするわ! よく聞いて! さあ、一之宮さん、こちらへ!」


 おっとりと、いや、堂々とした足取りで、美玲の横に立つ葉子。そんな彼女に頷いて見せてから、美玲は言葉を続けた。


「あなたたち、皆ここから出たいわよね? これ以上ビビっていたくはないわよね? だったらわたくし、高橋財閥とあなたたちの両方を知る者として、高橋美玲がお話しますわ。その方法を。アシスタントは一之宮さん。警備のお二人、申し訳ないけれど、今この場での戦闘行為は一切禁止します。よろしくて?」


 すると隊員二人は、ビシッと浅い角度でお辞儀をし、両手を背に回して『休め』の姿勢を取った。

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