決着! 爆裂オレンジ祭り!

 スカリーがえると同時に先行してドンキーに接近する。 

 妙だな、とドンキーは考えた。

 スカリーとマイディで比較するのならば、前衛は接近戦に強いマイディにするのが普通である。しかし、そのマイディはスカリーを追うようにして接近してきていた。

 (コンビネーション? どんなものか期待するとしようか)

 ドンキーは体勢を崩さない。

 銃声バン銃声銃声。

 走りながらの発砲だったが、スカリーの放った弾丸は全て命中した。

 しかし、カン、という甲高い音と共にドンキーの肉体は弾丸を弾いた。

 「くそ! マイディ行くぞ!」

 四四口径は効果が無いと察知したスカリーは即座に発砲を止めて後ろのマイディに呼びかける。すでにドンキーまでの距離は四メートルほどだった。

 かくり、とスカリーの頭の位置が下がった。

 一瞬転んだようにも見えたが、その実、次の行動のために腰を落としただけだった。

 体勢が低くなったスカリーの背にマイディが乗る。

 「ぅぉぉぉぉおおおおらぁ!」

 スカリーが立ち上がる勢いプラス、マイディの跳躍力によって、黒の尼僧服が高々と上がる。

 思わず、ドンキーは顔を上げてマイディを追った。

 銃声、ガキィン。

 上がった顎に銃弾がたたき込まれるが、弾く。

 (どこもかしこも鋼鉄みてえに硬えな!)

 知ってはいたが、こうして相手にするとその厄介さがよく分かった。

 そして、この硬さはマイディも知っている。

 「お覚悟!」

 空中でマイディは山刀を突き立てるかのように構える。

 そのままドンキーに向かって落下してきていた。

 流石にドンキーもそのまま食らってはまずいと考えたのか、懐から何かを取り出した。

 それは、間違いなく爆裂オレンジだった。

 「シスター・マイデッセ。空中は選択ミスだったね」

 容赦なくその凶悪な威力を有している果物をマイディに投げつける。

 直線で落ちてくるしかないマイディは、そのまま爆裂オレンジを食らってしまう、はずだった。

 銃声ドバン破裂音ドッパァン

 マイディに接触する前のオレンジが爆発する。

 マイディが取り出した銃身切り詰め散弾銃によって、ドンキーが放ったオレンジは命中する前に爆散した。

 霧状になった果汁で視界が塞がる。

 「死ねぇ!」

 オレンジ色の霧を突破して、叫びながらマイディはドンキーの脳天に山刀を突き立て……られなかった。

 「驚いた。どこでそんな物を手に入れたんだい? バスコルディアの銃砲店は出入り禁止だっただろう?」

 涼しい顔でドンキーは山刀をつまむようにして止めていた。

 女性としてはマイディは背が高い方である。よって、体重もそれなりにある。

 しかし、その何十キロにもなるマイディの体重が乗っているはずの山刀をつまんでいる指は微動だにしていなかった。

 「私じゃなかった通用したかもね。だが、やり直しだ」

 「スラッシュ!」

 マイディを放り投げながらドンキーは飛び退く。

 すでにスカリーが間合いを詰めて、腰の長剣で斬りかかってきていた。

 解放されたマイディは空中で回転しながら隣に着地する。

 「……流石は司祭様。全く衰えていませんね」

 「どころか、磨きがかかってるぜ。小器用になりやがって、くそ」

 長剣を構えたままでスカリーは毒づく。

 弾倉に残っている弾薬はあと二発。しかも、命中しても効果は無いに等しい。

 「マイディ、ドンキーのヤツでもこの剣なら斬れる。どうにか足を止められねえか?」

 「手がないわけじゃありませんが、それなりに無茶ですよ?」

 「仕方ねえ。まだ向こうが余裕かましてるうちにケリつけねえと、核撃コアインパクトを使われ出したらたまらねえ」

 「もう、いつもこうですね。スカリーと組んでると」

 「ぶちぶち文句言ってる暇あったらアイツをぶっ飛ばすことを考えろ。そしたら今日の晩飯は向こうのおごりだ」

 「オレンジ抜きで」

 「だな」

 再びマイディが笑みを浮かべる。

 「ふむ、作戦会議はもういいかな?」

 ドンキーの問いかけに二人は答えない。どこから察知されてしまうのかが分からないからだった。

 カタパルトで射出される物体のようにマイディが駆け出す。その後からスカリーが続く形だった。

 迎え撃つドンキーは今度こそ構えを取る。

 とは言っても、その構えは異様だった。

 大きく右腕を後ろに引き、マイディのほうを見てすらいない。

 全力の一撃を放つ、それだけを目的にしたかのような構えだった。

 「核撃が来るぞ! ケツ振ってでも避けろ!」

 マイディの後ろからスカリーが警告する。

 聞いた瞬間、マイディは左手の山刀を投擲していた。

 「れぇい!」

 振りかぶられたドンキーの巨大な拳が振り下ろされる。

 その風圧だけでマイディが投げつけた山刀はあらぬ方向に飛んでいった。

 かまわずにマイディは駆ける。

 ドンキーの一撃によって舞い上がった土埃に紛れるようにして。

 「ぬぅん!」

 唸りを上げる拳が横薙ぎに襲う。

 再び投擲されていたマイディの山刀が吹き飛ばされる。

 だが、土埃が吹き飛ばされた後に残っていたのはスカリーだけだった。

 銃声ドバン

 頭上から聞こえた散弾銃の音に、思わずドンキーは空を見上げた。

 抜けるような青空が広がっているだけで、そこにマイディの姿はなかった。

 「捕まえました」

 声が聞こえた時にはドンキーの首にマイディの両腕が絡みついていた。

 土埃に紛れて飛び上がったマイディは空中で空に向かって発砲したのだった。

 その反動で軌道を変えてドンキーの背後を取ったマイディはそのまま絞め技に移行したわけである。

 ぎりぎりと全力で太い首を締め上げる。右腕を首に絡めて、左手で相手の頭を前に倒すようにする。いわゆる裸締めだった。

 肉体の硬度は人外のドンキーだったが、絞め技に対しては人類の範疇だった。

 酸素の供給を断たれてしまうと、意識を保つことは難しい。

 即座にロックされているマイディの腕を外そうとするが、容易にはいかなかった。

 決まってしまった絞めを解除するには相当の筋力差がなければならない。

 ドンキーにはそれがあったが、時間が足りなかった。

 すでにスカリーが長剣の間合いに入る直前だったのだ。

 「くたばりやがれ!」

 長剣がひらめく。

 首ではなく腹を切りつけるような一閃だったが、その刀身は空を切った。

 刃が切り裂く直前、ドンキーはマイディに絡みつかれたままでバク宙をするように飛んだのだった。

 当然、重りマイディがくっついているので普段とは勝手が違う。

 足から着地するのではなく、背中を強打するような格好になってしまった。

 しかしながら、一番の衝撃を食らったのはマイディだった。

 落下する百キロを越える巨体の衝撃をもろに食らってしまった。

 通常ならばどうにかなったのかもしれなかったが、生憎とドンキーの首を締め上げるのに両手を使ってしまっていたので受け身も取れなかった。

 「ぐぇ」

 かれた蛙のような声が上がると、絡んでいたマイディの両腕から力が抜ける。

 「危ない危ない。二人ともなかなかやるようになったじゃないか。私はうれしいよ」

 土を払いながらドンキーが起き上がる。

 マイディはしばらく使い物になりそうもなかった。

 スカリーの額を一筋の汗が流れる。

 二人でなんとか食いついてきたのだが、一人になってしまったら蹂躙じゅうりんされるだけだ。

 しかも有効打は残っていない。

 じり、と一歩スカリーが後退すると、その分ドンキーは前進する。

 (くそ、どうする? どうやってコイツのケツを蹴り上げる?)

 大人しく降参しても見逃してくれるような性格でない事は知っている。むしろ降参しても嬉々としていたぶってくるタイプだ。

 やらなければやられる。

 ぴくり、とマイディの指が動いたのをスカリーは見た。

 そして、一つの戦術を一瞬で組み上げる。

 ドンキーが無茶な起動をした際に落とした爆裂オレンジを拾い上げた。

 「なあドンキー。これから俺は最後の作戦に出る。これでどうにもならなかったら煮るなり焼くなり好きにしな」

 「ほほう、ならばバスコルディア教会式改心メニューを……」

 「マイディ! 足でもなんでもいい! 掴め!」

 スカリーの大声に、意識がはっきりしない状態でマイディは反応する。

 全力で、ドンキーの足首を掴んだ。

 みしり、と掴まれた足首の骨が軋むが、ドンキーはそのままマイディを蹴り飛ばすためにほんの少しだけ力をこめた。

 瞬間、スカリーは爆裂オレンジをドンキーの顔面に向かって投げつけていた。

 当然、その程度のものはドンキーも見切れる。

 接触さえしなければ爆裂オレンジはその凶悪な性質を発揮しない。

 そう考えて、紙一重で躱すつもりだった。

 「剣弾、スラッシュ!」

 スカリーの叫ぶ声に反応して、爆裂オレンジの中に埋め込まれていた水銀封入弾頭弾がその力を発揮する。

 発生した切断の力は小さな物だった。

 しかし、爆裂オレンジを両断してしまうには十分な力だった。

 目の前で爆裂オレンジが真っ二つになる。

 あとは、想像するまでもなかった。

 破裂音。

 はじけ飛んだ果汁が四方八方に飛び散る。

 飛んだ先にはドンキーの眼球も含まれていた。

 「……ぬわぁぁぁぁあっっっっ!」

 思わず両目を押さえてドンキーは体を折る。

 爆裂オレンジの特徴として、その果汁が異常にしみるというものがあった。

 目に入ると数時間はのたうちまわる羽目になる。

 流石のドンキーも刺激物に対する防御力までは常人とあまり変わらなかった。

 無理矢理目を開けようとしても、次々とあふれ出る涙がそれを許してくれない。

 鼻にも少量侵入したのか、鼻水まで噴き出す。

 視覚と嗅覚が断たれてしまったドンキーは、すでにスカリーがどこにいるのかもわからなくなってしまっていた。

 「くぁぁぁぁぁぁああああ……。く、スカリー、どこかね?」

 「ここだボケ」

 ごり、と固い感触がドンキーの額に突きつけられる。

 スカリーが普段から使用している拳銃だということぐらいは分かった。

 「装填してんのは剣弾だ。テメエの分厚い面の皮でも貫けるかも知れねえぜ」

 「……」

 「わたくしも忘れないでください、司祭様」

 今度は後頭部に固い感触の物体が押しつけられる。

 おそらくは、マイディが持っていた散弾銃だろうとドンキーは見当をつけた。

 剣弾と散弾。

 このサンドイッチならばドンキーにも致命傷を与えられる可能性があった。

 「……降参しよう」

 目の痛みが限界だった。ついでに鼻水も。

 「うっせえ」

 銃声バン銃声ドバン

 二発の衝撃をもろに受けて、バスコルディア教会司祭、ドロンキー・ガズミスは気絶した。



 

 「あー、くそ。どんだけ硬えんだよコイツは!」

 「なんというか、ここまでくるとそら恐ろしいものがありますよ、司祭様」

 剣弾も散弾も、結局ドンキーの皮膚を貫通することは出来ていなかった。単に衝撃で気絶しただけである。

 うつ伏せにのびてしまったドンキーは放置して、スカリーとマイディは長く長くため息を吐いた。

 一応背中合わせで周辺を確認すると、そのまま座り込む。

 「あー、ちくしょう。疲れた。もう俺は働かねえからな」

 「わたくしもです。まさかこんなことになってしまうだなんて。二度とゴメンですね」

 「……あるだろうけどな」

 「でしょうねぇ。この街ですし」

 心配して駆け寄ってきたハンリに手を振ることも出来ずに、しかしながら二人はニヤリと笑った。

 



 「おいドンキー。おめえのおごりだっていうのは分かってんだろうな? 負け犬はとっとと財布の中身を献上しな」

 「ああ、なんて美味びみなんでしょうか、司祭様に奢って頂くだなんて初めてです。他人のお金で食べる夕食は格別ですね」

 「あの……司祭様、ごちそうになります」

 夜。

 爆裂オレンジ祭りの熱も冷め始めたバスコルディアの一画。

 普段はスカリーもマイディも利用しないような高級レストラン。

 テーブルを囲んで、ドンキーを含めた四人は運ばれてくる料理を待っていた。

 「まあそうだね、こうやってスカリーもマイディもまだまだ成長の余地があることが分かったことだし、ここは私が年長者としての余裕を見せよう」

 鷹揚おうようにドンキーは頷くが、スカリーとマイディは半笑いだった。

 「おい、無様に地面にキスしてやがったヤツがかっこつけてるぜ。みっともねえったらありゃしねえな」

 「こういう時には潔く負けを認めるのが正しい行いだと神も言っておられるのですが、司祭様もまだまだということでしょうか?」

 抑えきれない笑いを漏らしながら、挑発的な態度を取る二人だった。

 一瞬だけドンキーの左眉が上がるが、すぐに元の位置に戻る。

 ハンリはさっきからヒヤヒヤしていた。

 もし、ドンキーがこの場で再び戦闘を開始してしまったら目も当てられないような惨状が繰り広げられてしまうことは予想できていた。

 にも関わらず、スカリーとマイディはしつこくしつこくドンキーをなぶるのだった。

 「おいおいマイディ、あの顔を見てみろよ。負け犬っていうのはああいう顔つきをしてるんだろうな。きっと題材を求めてる芸術家くずれに見せたら飛びつくぜ」

 「ぷ。たしかに」

 げらげらと下品な笑い声を上げながら、ばしばしとテーブルを叩くマイディに、完全に目を隠すように帽子を下ろすスカリーだった。

 あまりにも侮辱した態度に、ハンリは流石に止めようとするがドンキーは穏やかな笑顔を浮かべて制する。

 「シスター・ハンリッサ。心配することはない。愚か者には天罰が下るだろうからね」

 「天罰だってよ、マイディ! ぎゃははははは!」

 「おっかしいですねぇ! ぷははははは!」

 クスリでもキメたかのような様子の二人だった。

 やがて、料理が運ばれてくる。

 「爆裂オレンジの火山風煮込み。バスコルディアスペシャルです」

 優雅な動作でそう言いながら大皿に載った料理を置くと、ウェイターはそのまま静かに去っていった。

 四人の前には、山のように積み上げられた爆裂オレンジ。

 煮込んであるらしく、形が崩れかけてしまっており、より一層禍々しい様相になってしまっていた。

 その上に、火山に見立てているか、真っ赤なソースがこれでもかとかかっていた。

 「さあ、どうぞ。思う存分食べたまえ。遠慮することはないよ」

 異形の料理を前にしても、ドンキーは笑顔を崩さなかった。

 スカリーとハンリは大口を開けたままで固まってしまっていた。

 「い、いただきます」

 おどろおどろしい見た目に尻込みしつつも、ハンリは勇気を出して皿に取り、口に入れる。

 「……まて、ハンリ!」

 スカリーの制止も空しく、ハンリは無残な料理を咀嚼し、飲み下した。

 「あ、おいしい」

 意外すぎる感想に、スカリーとマイディは「本当か?」という顔になる。

 ハンリは次々に爆裂オレンジの煮込みを口に運ぶ。

 その様子を見ていたスカリーとマイディも恐る恐るという様子で味が想像もできない料理を一口なめるように味わった。

 「「~~~~~~~~~~!」」

 絶句する。

 火を噴くような辛さだった。

 舌先に火が付いたかのように熱くなり、体中の汗腺が開いてしまったように汗が噴き出してきた。

 「か、か……かれえぇぇえ!」

 「くぁ……こ、これは……がふ」

 マイディはテーブルに突っ伏し、スカリーは全力で水を飲み下した。

 「どうしたのかね? シスター・ハンリッサはこんなにもおいしそうに食べているというのに、きみ達はギブアップかね?」

 にやにやと、嫌らしい笑みを浮かべながら、ドンキーは息も絶え絶えになってしまっているスカリーを見る。

 「くそ……ドンキー、テメエッ!」

 にらみつけるスカリーだったが、ふとハンリが心配になった。

 ちらりと横目で見ると、ハンリはすでに取った分を平らげてしまって、次の分をむしゃむしゃと食べていた。

 「? なに、スカリー」

 平然としていた。

 (……マジかよ)

 それだけの感想を抱いて、スカリーも撃沈した。

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