古都にて求めるのは

 「あら、中々風格を感じさせる造りですね。中も古いんですか?」

 「ああ、そうだ。元々長命なエルフとドワーフが中心になって建設した都市だからな。エルフに至っては未だに建設当時のことを知ってる奴が生きてるぐらいで、増改築には色々と面倒くさい手続きが要るんだとよ」

 魔法都市ミルトラの出入り口前でマイディとスカリーはそんな会話をしていた。

 ちなみに、ミルトラは元々城塞じょうさい都市であったために、外縁部は壁に覆われているので中をうかがううことはできない。

 それでも、幾度も補修を繰り返したであろう石の壁は、積み重ねた年月を語っているかのようだった。

 出入り口には守衛が立っていたのだが、特に止められるということもなく三人はミルトラに入ることができた。

 「ほほう、中々に歴史のおもむきを感じさせますね。古くさいのは否めませんが」

 「マイディはこういう街は初めてなの?」

 御者台に座り、風景に感心しているマイディにハンリが不思議そうに尋ねる。

「ええ。わたくし南部の出身ですし、そもそも知っている『街』というのはバスコルディアぐらいですから」

 「南部にも大きな街ってあったと思うけど?」

 「わたくしは貧乏な一族だったので、そんな都会に出かける機会など無かったのです。よよよ……」

 袖で涙を拭うような仕草をするマイディだったが、これは嘘である。

 単にマイディの住んでいた村が山奥にあって、街に行けなかっただけである。

 「ご、ごめんねマイディ。変なこと聞いちゃって」

 「いいのですよ、ハンリちゃん。過去にとらわれないのがわたくしのいいところです」

 百パーセント真実ではないが、百パーセント嘘でもない。そういう微妙なところを責めるぐらいの知恵がマイディにもあった。

 大人の汚い知恵とも言う。

 「てめえらなあ……ハンリはともかく、マイディはもっと警戒してろよ。一応は護衛だろうが。少なくともミルトラを出るまでは、な」

 「あら、わたくし殺気には敏感なのです。例え物陰にひそんでいても分かるぐらいに」

 「んなこたあ分かってるよ。気構えの問題だ」

 「わたくしは常在戦場。殺すときも愛するときも同じぐらいに静かな心なのです」

 「キレてる時は?」

 「別口です」

 「へいへい……と、着いたな」

 馬車を停めて、スカリーは御者台から降りる。

 「どうしたのですか? スカリー。金貨でも落ちてましたか?」

 「んな怪しいもんを拾うかよ。俺の補給だ。あー……そうだな。二人とも一緒に来てくれ」

 スカリーにしては珍しい発言に、マイディとハンリが不思議に思ってスカリーの方を見ると、そこは店の前だった。

 〈ドウゼムゴルド銃砲店〉

 「また銃ですか? ずいぶんと好きなんですね、スカリー。でも、なぜわたくし達まで?」

 「ちょいと、な」

 スカリーは言葉を濁すが、マイディとハンリは素直に従う。

 馬車から降りた三人はやけに重厚な扉を開き、中に入る。

 トモミスの店とは違った威圧感があった。

 銃器が並んでいるのは一緒だったが、全てが整然と並び、ほこり一つもなかった。

 並べ方にもこだわっているのか、それぞれの銃器ごとに分類され、詳細な性能が記された紙も貼ってあった。

 「博物館みたい……」

 思わずハンリは呟きを漏らす。

 「間違っちゃいねえな。ドワーフはとにかく職人気質だからな。整理整頓できねえうちは一人前扱いにならねえ。商売してるならなおさらだ」

 「ドワーフ?」

 「ああ。おーい、バーゼム。いるんだろ? 俺だ、スカリーだ」

 ハンリの問いかけのような確認のような一言に返事をしつつ、スカリーは呼びかける。

 「なんじゃい。珍しく来たかと思えば騒々しい」

 のそり、と店の奥から一人のドワーフが現れた。

 身長はそれほどでもないが、厚みのある肉体と立派なひげを蓄えた、典型的なドワーフだった。

 バーゼムと呼ばれたドワーフは三人を見ると片方の眉を上げる。

 「珍しいな、お前さんが女連れとは。しかも片方はまだ子供じゃねえか」

 「訳アリなんだよ。それよりも水銀弾頭弾マーキュリーバレット、あるだろ?」

 スカリーの質問にバーゼムは腕を組んで、ふん、と鼻息を漏らす。

 「わしを誰だと思っとる。この店にそろっておらん弾薬はないわ」

 「そりゃよかった。三ダース頼む。弾薬はそれだけでいい」

 「おう、待っとれ」

 のそのそとバーゼムは再び店の奥に消える。

 「お知合いですか? スカリー」

 とりあえずは事の成り行きを見守っていたマイディがスカリーに尋ねる。

 「ああ。確実に水銀弾頭弾を売ってるのはバスコルディアかここぐらいだからな。重宝してるんだよ」

 「ふーん。お買い物はこれで終わりですか?」

 「いや、あと一つある。ハンリ、ちょっと来てくれ」

 「なに?」

 スカリーに呼ばれたハンリが行くと、そこは比較的小型の拳銃が並べられている一画だった。

 「持ってみろ」

 並べられている拳銃のうちの一丁をスカリーがハンリに渡す。

 少しの間ハンリは戸惑っていたが、スカリーにも何か考えがあるのだろうと思い、受け取る。

 初めて持った拳銃は、思っていたよりも軽かった。

 だが、それでも確実に、人を傷つけることのできる重みをハンリに伝えた。

 「す、スカリー、これをどうするの?」

 初めて持った銃に対して、少しばかりの恐怖感を覚えながらもハンリはスカリーに尋ねる。

 「使わねえとは思うが、お守りだ。持っとけ」

 ぞんざいに言い放ち、スカリーはそのままつかつかとカウンターの方に向かう。

 ハンリは渡された拳銃を持て余したまま、その場に立ち尽くしていた。

 やがて、奥に去っていったバーゼムが戻ってくる。

 「ほれスカリー、水銀弾頭弾。三ダースだから銀貨六十枚だな」

 水銀弾頭弾が収められた箱を置いて、バーゼムはぶっきらぼうにスカリーに告げる。

 「買うもんはこれだけか? いつもの四十四口径の弾薬は在庫がいくらでもあるぞ」

 「いや、いい。それよりも、いま、あの子が持ってる拳銃と、それに使える弾薬を頼む。一ダースで良い」

 びくり、とハンリが身を震わせる。

 「スカリー⁉」

 弾薬を買うということは、すなわち見せて脅かすのはでなく、相手を撃つことを前提にしているということである。

 ハンリにはそれが分かった。

両手で拳銃を抱えたままハンリはスカリーに駆け寄る。

 「わたし銃なんて撃てないよ! それに、人を傷つけるなんてことしたくない」

 必死になってハンリはうったえる。

 だがスカリーは平然としたまま顔を崩さない。

 「そのうちに必要になる時が来る。ハンリ、おめえはやりたいことがあるんだろうが。だったらそのために自分の手を汚す覚悟はしとけ」

 受け取りようによっては冷たいとも感じられる口調で、スカリーはハンリに返す。

 その数日、スカリーと過ごしてきたハンリにはそれが激励(げきれい)の言葉であることは分かった。

 だが、それでも、ハンリには拳銃を持つことに対しての抵抗感があった。

 「嬢ちゃんの持ってるヤツなら二二口径だから、弾薬は銅貨四枚だ。銃の方は銀貨六枚」

 あくまでスカリーとハンリのやりとりには興味が無いといった様子でバーゼムは会計を行おうとする。

 「いや、バーゼム。待ってくれ。一応は試射をしておきてえ。この子は初めて銃を持つしな」

 「フン、なら試射場を使え。銀貨一枚だから会計に追加しとくぞ」

 「ありがとよ。ハンリ、こっちだ」

 スタスタと迷いのない足取りで、スカリーはバーゼムが出入りしていたのとは違うドアを開けて中に入る。

 おっかなびっくりといった様子でハンリは後を追った。

 二人を見送ったバーゼムはなにやら不機嫌そうな様子でカウンターの椅子に座った。

 「もし。店主さん、わたくしこれが欲しいのですけど」

 そのまま新聞に目を落とそうとしていたバーゼムは、凜とした声に顔を上げさせられた。



 スカリーとハンリがくぐったドアの向こうは細長い部屋だった。

 分厚い壁が四方を囲み、奥には人間型の的が置かれていた。

 端から端まではおおよそ二十メートルといったところだ。

 「ハンリ、これから銃の撃ち方を教えてやる。だが、忘れるな。撃つのは、他のだれでもねえ、おめえ自身だ。つまりはおめえが撃ちたくねえなら撃たなくていいんだ」

 今までにハンリが見たことのない真剣な面持ちでスカリーは言った。

 その真剣さにされて、ハンリは黙ってうなずく。

 その後、銃の撃ち方だけをハンリはスカリーに教わる。

 本当にそれは『撃ち方』だった。

 照準の合わせ方、拳銃の抜き方、そして、排莢はいきょうの仕方、再装填の仕方。

 最も基本的な、銃を撃つ危険性については全く触れていなかった。

 ハンリは何発か撃ってみるが、どれも的に命中することはなかった。

 十メートルほどまで近づいてみても、結果はあまり変わらなかった。

 ハンリの撃った弾丸は、人型の的から全て外れた。

 「……ハンリ、おめえが人を撃ちたくないのは分かった。元々、俺もその辺は期待してねえ。だが、一応は覚えておけ。最後に自分を守れるのは自分だけだ」

 「……うん」

 暗澹あんたんとした気分で、ハンリはスカリーの後を追って試射場から出る。

 「二人とも早かったですね。わたくしもお買い物しましたし、今回は有意義な時間を過ごせました」

 やけにうれしそうな顔のマイディが待っていた。



 「会計頼む」

 「銀貨六六枚に銅貨四枚。そのお嬢ちゃんにまけて、銀貨六五枚でいいぞ」

 ごそごそとポーチを探り、スカリーは五枚の金貨をカウンターに置く。

 「おいスカリー。耳が悪くなったのか? 銀貨六五枚で良いって言ってんだよ。それとも計算の仕方を忘れたのか?」

 いぶかしげな目でバーゼムはスカリーを見る。

 「いや、修理代だ」

 「は? なにを――」

 訳の分からないことを言うスカリーに、バーゼムが意味を訊こうとした瞬間に『それ』は始まった。

 閉じられたドアの隙間から、黒い霧状のなにかが侵入してきたのだった。

 「ハンリ、なるべく奥の方に逃げてろ。あとマイディ、それには触るな。ほぼ確実に麻痺毒だ」

 「うえっ⁉ 早く言ってください」

 今にも霧の中を突っ切って、ドアを蹴破りそうになっていたマイディは慌てて飛び退く。

 じりじりと、黒い霧は窓からも侵入してくる。

 少しの隙間でもあれば、霧は侵入できるようだった。

 少しずつ、四人が動ける場所は限られてくる。

 「スカリー。もちろん、打開策はあるんですよね? でないと、わたくしがスカリーを放り投げて、外に脱出させてあげます」

 「……人間大砲は勘弁して欲しいぜ。もちろん、どうにかするさ」

 ハンリとバーゼムに後ろに下がるように手で示して、スカリーは左腰の長剣を抜く。

 すでに霧は店内に充満し、残りはスカリー達が待避しているカウンター周辺だけだった。

 「……スラッシュ」

 冷たい声と共に振るわれたスカリーの長剣が霧を払う。

 払われた霧はすぐに元に戻ろうとする。

 だが、戻ろうとした霧が動きを止める。

 まるで何かに動きを止められているように、じわじわと領土を広げてきた霧がピタリと静止する。

 「見事ですね、スカリー。そのうちにその剣の事は詳しく教えてくださいね」

 「男には秘密が必要なんだぜ」

 「女にも必要ですよ」

 「……かもな」

 動きは止まったものの、未だに霧は健在である。

 これを吹き飛ばすようなことはマイディにはできない。

 だが、マイディは微塵みじんあせっていなかった。

 なぜならば、スカリーは平然としているからだ。

 「で、スカリー。これからどうしますか? 周りは麻痺毒の霧。脱出するまでに触れてしまうのは確実ですよ。術者を叩くにしても、おめおめと逃げ出すにしても、霧をどうにかしないといけません」

 うれしそうにマイディはスカリーに尋ねる。

 口の端が、闘争の予感に歪む。

 「もちろん、術者を叩く。ま、霧が邪魔なのは否定しねえけどな。スラッシュ!」

 再び振るわれたスカリーの長剣が霧を斬る。

 今度は出入り口のドアまでの霧が払いのけられる。

 「俺はこっちで霧の足止めと突入してきた奴らの始末をつける。マイディ、おめえは外の連中を頼む。生かさなくてもいいぜ」

 「分かりました」

 短く応えると、弾丸のようにマイディは窓を突き破って外に出て行った。

 「ドア知らねえのかおめえは」

 そのつぶやきに、ハンリとバーゼムは同意したものの、声を上げることはなかった。



 派手に窓に跳び蹴りをかまして、マイディは外におどり出る。

 ガラス片が散るがそんなことは歯牙にもかけない。

 マイディの目が緋色の度合いを増す。

 今まで不可視だった魔力の流れがおぼろげに分かるようになる。

 ドウゼムゴルド銃砲店に伸びている魔力の線を発見する。

 見えたのは四本。

 凄絶な笑みを浮かべて、マイディは跳躍する。

 ドウゼムゴルド銃砲店は通りに面しているために、それなりに通行量はあった。

 その中の一人から魔力が流れ込んでいるのを発見したマイディは空中で山刀を引き抜く。

 店の壁を蹴って軌道を変えると、流れに立ち塞がるように着地する。

 「なッ⁉ キサマッ」

 「うるさい」

 容赦のない山刀の一撃で頭を割られ、何かを言いかけた人物は沈黙した。

 「ひとり」

 山刀を引き抜き、飛び散る肉片を避けながらマイディはにたりと笑って数える。

 ハンリが見たら卒倒しそうな表情だった。

 すぐさまマイディは魔力の線を探す。

 露天の一つから伸びているのを発見したマイディは通行人をすり抜けるようにして、接近する。

 露天商は顔色を変えて逃げだそうとするが、あっさりとマイディは追いつく。

 縦の一撃で肩から腰までを切断された蜥蜴族は痙攣けいれんしながら動かなくなる。

 「ふたり」

 死ぬのを確認する前に、マイディはすでに次の獲物に向かっていた。

 屋根から一本の魔力の線。

 人間離れした跳躍力を見せてマイディは壁を蹴り、屋根に登る。

 「こんにちは死ね」

 屋根に着地すると同時に、驚愕の表情を浮かべているエルフににっこりと微笑む。

 殴りつけるような一撃で頭を砕かれたエルフは、そのまま活動を停止した。

 「さんにん」

 最後の線はすでにかなりおぼろげになっていた。

 だが、マイディにはそれで十分だった。

 屋根の先端から跳ぶ。

 通りの向こうの店に。

 窓を蹴り破りながら、隣の店の店内に侵入する。

 裏口から逃げ出そうとする人間から魔力の線は伸びていた。

 すでにドアに手をかけており、いくらマイディでもこの距離をすぐに詰めることはできなかった。

 逃げだそうとしていた人間は、それを確信してほんの少しだけ、気が緩んだ。

 そして、ごう、という音を聞いた。

 怪訝けげんに思ったものの、逃げることが先決であると考え、ドアを開けようとして、できなかった。

 体が動かない。

 それに、なんだか、頭が、重い……。

 ずるり、と尾を引く音を立てて、人間は倒れた。

 すたすたと歩いてきたマイディが人間の頭に刺さっていた山刀を引き抜く。

 「よにん」

 華麗にターンを決めると、マイディは穏やかな微笑みを浮かべて店を後にした。

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