ソード/バレット・ウルブズ

中邑わくぞ

少女と狼たち

無法の街に風が吹く

 銃声バン

 脳天を撃ち抜かれた蜥蜴族リザーディは重量を感じさせる音を立てながら倒れた。

 「もうやめとけよ。俺に関わってもロクなことにならねえのは分かっただろ?」

 今し方、蜥蜴族の脳天を撃ち抜いた賞金稼ぎ、スカハリー・ポールモート。通称スカリーはそう言った。

 しかし、周りを囲んでいる者達は仲間を殺されたことに激高していた。

 蜥蜴族が三人、人間が一人、そして、犬頭族コボルドが一人。

 ギラギラと怒りに燃える瞳は、スカリーを八つ裂きにでもしなければ収まらないと主張していた。

 何かを喚き散らしながら人間と犬頭族が拳銃を取り出し、発砲する。

 すでに横っ飛びに回避していたスカリーの隣を銃弾がかすめる。

 銃声。銃声。

 転がりながらスカリーが撃った二発の弾丸が人間の脳天と、犬頭族の胸に命中する。

 人間は即死、犬頭族は血の泡を吹きながら倒れた。

 「やめとけって。死体漁りどもに身ぐるみ剥がされて、鍋で煮られたくはねえだろ」

 泥を払いつつ立ち上がって、残った蜥蜴族達にスカリーは最後の忠告をする。

 ついでに拳銃もホルスターに戻す。

 蜥蜴族達は動かない。

 スカリーには感情が読めない無機質な視線を向けているだけだった。

 数秒、静寂があった。

 「……我々は兄弟だ。兄弟を殺した者を生かしておくわけにはいかない。この命に代えても殺す」

 シュルシュルと蜥蜴族特有の息が漏れる発音で、一番後ろの蜥蜴族が言った。

 それを合図にして、前にいた二人の蜥蜴族が大剣を振り上げて突撃してくる。

 「ったく、生き急ぐね」

 素早くホルスターから拳銃を抜くと、スカリーは向かってくる蜥蜴族に発砲する。

 銃声。銃声。

 四四口径の弾丸は鎧のような鱗を物ともせずに貫き、二人の生物を二つの死体に変えた。

 最後の蜥蜴族はスカリーに指を向ける。

 『我が敵を焼き滅ぼせ』

 精霊に命令し、炎の玉が現れる。

 炎の尾をきながら、スカリーに向かって炎玉は突進する。

 迎え撃つスカリーは左腰の長剣を逆手で抜きながら炎玉を切る。

 何かにぶつかれば爆発するはずの炎玉はあっけなく消滅した。

 予想外の事態に、魔法を使った蜥蜴族は動揺する。

 長剣を持ったまま、スカリーは無造作に歩み寄る。

 「悪いな。魔法は対策済みなんだよ」

 銃口を向ける。

 「じゃあな。次の獲物はちゃんと選べよ」

 銃声。



 スカリーは小さな教会の前に来ていた。

 躊躇ちゅうちょせずに扉を開け、中に入る。

 祭壇と、長椅子と椅子がいくつか。

 他には何もない。

 「お~いマイディ。居るんだろ? 良い酒が手に入ったんだ。呑まねえか?」

 先刻、六人ほど殺してきたとは思えない、極めて気の抜けた調子のスカリーの声が教会内に響く。

 「ここは一応教会ですので、あまりお酒の話はしないでください、スカリー」

 凜とした声が上から降ってきた。

 帽子が落ちないように押さえながらスカリーは上を見る。

 梁の上に尼僧服姿の女性がいた。

 褐色の肌に、緋色の瞳。そして、その髪は炎のような赤毛だった。

 「んだよマイディ。そんなとこにいたのかよ。悪魔祓い用の蜘蛛の巣でも探してんのか?」

 「違います。教会は清潔であるに越したことはないので、梁の掃除をしていたのです」

 マイディと呼ばれた女性は不服そうに言いながらひらりと梁から飛び降りる。

 なんの危なげもなく、スカリーの前に着地する。

 「おいおい、シスターがそんなことしていいのかよ? 迷える子羊が真似して怪我したらどうすんだ」

 「この教会には信徒がいないので問題ありません」

 尼僧服姿の女性の名前はマイデッセ・アフレリレンといった。この教会の唯一のシスターである。

 また、度々訪れるスカリーと酒をみ交わす仲でもある。

 「ドンキーのヤツは……いねえか。また井戸掘りにでも行ってるのか?」

 「司祭様は最近このあたりに出没する盗賊やら魔獣をシバきに……コホン、神の崇高なる教えと、博愛の精神を説きに行かれています」

 「薬屋と葬式屋が儲かりそうだ」

肩をすくめてからスカリーは勝手に祭壇の近くにある椅子に座る。

 マイディも手近な椅子を持って、スカリーの対面に移動する。

 いつの間にかその手には二つのコップがあった。

 あくまで静かに、マイディはコップを置く。

 それに対して、スカリーは背負っていた布袋から取りだした蒸留酒をぞんざいにいでいく。

 なみなみと注がれた酒に二人が口をつけようとしたときに、教会の扉が荒々しく開けられた。

 開けたのは年の頃十三、四ほどの少女だった。

 上品な身なりをしてはいるものの、その服は薄汚れている。

 ショートカットにした金髪も、紫色の瞳も、疲労がにじみ出ていた。

 少女はスカリーとマイディを見つけると、光に吸い寄せられる虫のようにふらふらと歩み寄る。

 尼僧服になにかしら安心感を抱いたのか、マイディの前に息も絶え絶えといった様子で立つ。

 「た、助けてください、シスター! 追われているんです!」

 かすれた声でマイディにすがりつくように膝を折る。

 その胸元には教会の信徒であることを示す天秤てんびんの紋章が入ったバッジがあった。

めざとくそれを見つけたマイディは立ち上がり、少女に手を差し伸べる。

 「追われているのですね。なぜですか?」

 呑みたいのを我慢しつつマイディは尋ねる。

 「わ、わたしが逃げ出したから……わたし、誘拐されたんです!」

 わずかばかり、マイディの顔が曇る。

 ここ、バスコルディアは特別自治区ということになっている。

 これは中央政府が定める法の加護が届かないということでもある。

 住民による自治。それがバスコルディアの掟である。

 力なき者は蹂躙される。

 それでも、ほかの場所にはない自由がバスコルディアをこの上なく魅力的な場所にしていた。

 そんな場所では、当然のように誘拐される方が悪い、という考え方が浸透しんとうしている。

 もちろん、教会は神の前での平等をうたっているので表立っては賛成していないが、マイディの考えとしては、『誘拐されるようなやつはバスコルディアに来る方が悪い』というものである。

「う~ん。わたくしも助けて差し上げたいのですが、ここでは他人の商売を邪魔してはいけないというのは基本法則です。これに反してはこのバスコルディア教会自体が危うくなってしまいます」

 眉根を寄せて、マイディはスカリーのほうを見る。

「どうしたらいいと思います? スカリー」

「どうもこうもねえだろ。とっととその嬢ちゃんを追っている連中に引き渡すのが一番だ。『他人の邪魔をする奴は、憎まれても文句を言わない』、それがここの掟だろ? 無駄に恨みを買うこたぁねえ」

 酒を口に運びつつ、スカリーは答える。

 「そうですよねえ。お嬢さん、やはり逃げるなら自分自身の力で逃げてください。わたくしたちは手助けできません」

 追っ手の方々を応援することもありませんが、とマイディは付け加える。

 そして、椅子に座り直すと、そのままコップの酒を一気にあおる。

 そんな様子を見て、少女はがっくりとうなだれる。

 「そんな……なんでわたし、バスコルディアなんかにいるの……こんなのってないよ……」

 ぴくり、とそのつぶやきにスカリーとマイディは反応する。

 「なあ、嬢ちゃん。アンタ、もしかしてここ以外で誘拐されたのか?」

 あくまで呑んでいる酒からは目を離さずにスカリーは尋ねる。

 少女は答えない。

 「……大事なコトなんだ。もし、嬢ちゃんがほかで誘拐されて、ここまで連れてこられてたっていうんなら、俺たちもちょっとばかりは助けてやらなくもない」

 スカリーの言葉に少女は顔を上げる。

 「もう一回訊くぜ。アンタどこでかどわかされたんだ?」

 「北の……ガシュ・イビセ……」

 力なく少女は答える。

 「……おいおい、飛竜ワイバーンでも三日はかかる。マイディ、こりゃ違反だぜ」

 「ですわね。まったく、ほかでの厄介ごとを持ち込まないで欲しいものです」

すっくとマイディは立ち上がり、床に座り込んでいた少女に手を差し伸べる。

 マイディの手に気づいた少女は怪訝けげんそうに顔を上げた。

 「さっきはごめんなさい。あなたがこの町で誘拐されたのではない以上、あなたを追ってくる人間はバスコルディアを隠れみのに利用しようとしたということです。それはこの街では許されません。だからわたくしたちが助けましょう」

 にっこりとマイディは微笑む。

 それは神職にふさわしい、見る者を安心させる微笑みだった。

 安心したのか、少女が涙を浮かべながらその手を取ったときだった。

 ドガン、とさっきの数倍の大きさの音を立てながら教会の入り口が開いた。

 いや、蹴り開けられた。

 「オイ! ここにガキが来なかったか? いるんならとっとと出しやがれ!」

 少し遅れて、だみ声が教会内部に響き渡る。

 入口には五人の男がいた。

 全員、かなり薄汚れた格好をしており、一目で裏街道の仕事に従事する人間であることがわかる。

 五人の中でも特に体格が良く、ぼうぼうにひげを生やした男が一歩、前に出る。

 「邪魔しねえなら何もしねえよ。ガキが来たんなら大人しく渡せ」

 男たちからは少女はマイディの体に隠されており、見えない。

しかしながら、男たちはなにかしら確信めいたものがあるようだった。

 目線をマイディとスカリーから外すことはない。

 男たちは全員武装しており、そのうちの二人は拳銃を吊るしていた。

 マイディは嘆息すると少女を隠すように身をかがめると、耳元でささやく。

 「これからあの方達にはお帰りいただきます。だから貴方はそこの祭壇の影に隠れていてください」

 こくりとうなずくと、少女は慌てて祭壇の影に隠れる。

 「……どうすんだよマイディ。帰れって言われて帰るタマじゃねえだろ、あれは」

 スカリーの言葉に、マイディは顎に手を当てて考える。

 「ではこうしましょう。わたくしとスカリーで賭けをして負けたほうがあの方達にお帰りいただくように説得する、というのは?」

 「なんで俺が巻き込まれてんだよ」

 「そうですね……賭けの内容は……あの五人が人間かどうか、でいかがですか?」

 「聞いちゃいねえ……まあいい。俺は全員が人間だと思う」

 「ではわたくしは、最低一人は人間以外がいる方で」

 「テメエら! 何をこそこそ話してやがる! 死にてえのか⁉」

 無視されていた男達の内の一人が怒声を上げる。

 しかし、まったく意に介していない様子でマイディはにっこりと笑いながら、男達に歩み寄る。

 「一つ質問なのですが、あなた方は全員人間ですか?」

 あまりにも唐突な質問に男達はポカンとする。

 だが、髭面の男は一歩早く立ち直るとマイディの質問に答える。

 「ああそうだ。だが、関係ないな。ここにガキが来ただろう? 金髪のガキだ。大人しく渡せ」

 「来てませんし、もし来ていたとしてもお断りします。ここを調査したければ自治協会の許可証でも持ってきてください」

 毅然きぜんとした様子でマイディは断る。

 「マイディ、そいつら全員人間なんだろ? だったらおめえがどうにかしろよな」

 「分かってますスカリー。わたくしの見事な説得を御覧に入れましょう」

 「豪腕の間違いだろ」

 一応はマイディと髭面の男のやりとりを聞いていたスカリーが、賭けに買ったことを確信して責任を押しつける。

 マイディは特に悔しがるということもなく、請け負った。

 話の途中で割り込まれた髭面の男のこめかみがひくひくと動く。

張り詰めた空気が髭面の男とマイディの間に満ちる。

 「テメエ! 兄貴が優しくしてりゃいい気になりやがって! とっととどきやがれ!」

 後ろにいた残りの四人の男の一人が怒気もあらわにマイディに食って掛かる。

 しかし、マイディは歯牙にもかけない。

 目の前のひげ面の男がこの四人を支配しているということを見抜いていた。

 ゆえに、後ろの取り巻きには全く関心がなかった。

 しかし、女に無視されるということは、ほかの四人にとっては耐えがたい屈辱であった。

 「お高く止まってんじゃんねえぞ! このアマ!」

 一人がつかみかからんとするものの、それにさえもマイディは動じない。

 それは男たちのプライドをひどく傷つけた。

 「なんとかいいやがれ! この『テリヤキ』がっ!」

 「……今、なんとおっしゃいましたか?」

 今まで無視を決め込んでいたマイディが、初めて髭面の男以外に反応する。

 少しうつむき加減になり、その表情はうかがえない。

 「あーん? 頭だけじゃなくて耳まで悪いのか? テ・リ・ヤ・キって言ったんだよ!」

 男の一人が更に声を張り上げる。



 男が発した罵声ばせいを聞いて、スカリーの顔が引きつる。

 スカリーは素早く椅子から降りて、なるべく身を低くする。

 「何をしてるんですか?」

 「死にたくなけりゃじっとしてな。あいつらドラゴンの尻尾踏みやがった」

 少女は怪訝そうな顔をする。



 一方、マイディはうつむいたまま、後ろの男たちのほうに近づいていた。

 「……あなた。わたくしのことを『テリヤキ』とおっしゃったのですね」

 静かに、しかしながら、確実に聞こえるようにマイディは尋ねる。

 うつむいているマイディを怯えていると解釈した男は気を大きくした。

 「そうだよ。てめえみたいなやつにはお似合いだろうがッ! とっととどけ!」

 男は右腕を振るって、マイディを弾き飛ばそうとした。

 ぐようにマイディに右腕を叩きつけた、はずだった。

 しかし、マイディは変わらずに立っている。

 その手にいつの間にか山刀マシェットを持って。

 肉厚のその刃からは真っ赤な血液が滴っていた。

 「……あ?」

 理解が追い付かずに、男は振るったはずの自分の右腕を見る。

 肘から先が無くなっていた。

 粘着質な水音を立てて、何かが落下する。

 それは人間の右腕だった。

 ちょうど肘から先だけのパーツが教会の床に落ちて、こぼれた血液が床を汚していた。

 一拍遅れて、切断部から血液が噴き出す。

 「あ? ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!」

 死への恐怖と理解不能の事態の混乱、そして右腕を切断されたという事実に対しての理不尽さが一気に押し寄せて男は叫び、そして気絶した。

 「アタイのことを『テリヤキ』って言った奴は……全員殺す」

マイディの口調が変化し、同時に、顔つきも獣のように獰猛なものになる。

 ずるり、とマイディは尼僧服の下に隠し持っていたもう一振りの山刀を取り出す。

 意識を保っている四人は事態が飲み込めていなかった。

 いや、髭面の男だけはマイディが一瞬のうちに山刀で、振るわれる右腕を切断した、ということを理解した。

 「コイツを殺せ!」

 髭面の男の叫びに残りの三人が我に返る。

 一人はナイフを、残りの二人は拳銃を構える。

「この……『テリヤキ』がぁッ!」 

叫びながら二人が発砲する。

だが、マイディは発砲する直前に跳んでいた。

山刀が振るわれ、一人の首が飛び、一人は脳天を割られていた。

着地と同時にマイディはナイフを構えている男に襲いかかる。

受け止めようとしたナイフをへし折りながら重量のある山刀は骨を砕き、臓器を引きちぎりながら、胴体を斜めにぶったぎる直前、やっと止まる。

血の糸を引きながら山刀を引き抜き、残った血液を一振りで乱暴に払うと、マイディは残った髭面の男を見る。

「なんだテメェ! なんなんだ⁉」

わずか数秒で、武装した四人を尼僧が殺した、という意味不明な事態に髭面の男は混乱の極地にあった。

楽な仕事のはずが、自分たちはどこで間違ってしまったのか。

そんな後悔にも似た感情が脳裏をよぎる。

だが、マイディはそんなことは知ったことかとばかりに無造作に髭面の男に歩み寄る。

「今ここで、このアホどもの死体をきっちり持って帰るっていうんなら、アタイも見逃してやる。掃除がめんどくせえからな。だが、向かってくるなら、きっちり殺す」

混乱している髭面の男の頭が更に混乱する。

だが、頭の中がひっくり返されるようになっているおかげで一つのコトを思い出していた。

一年前から突然活動を聞かなくなってしまった凄腕の賞金稼ぎ。

褐色の肌と緋色の瞳に真っ赤な髪。

そして、二振りの山刀と、『テリヤキ』と言われるとキレるという特徴。

「あ……アンタもしかして『双山刀のマイディダブルマシェット・マイディ』?」

マイディの足が止まる。

猛獣のような形相がだんだんと穏やかなシスターのモノに変化していく。

「あら、ご存じでしたか。なら、お話は早いと思うのですが?」

にっこりと、山刀を持ったままでマイディは微笑む。

頬に付着した血液がなければ、それはきっと穏やかな気持ちを与えるものだっただろう。

「……は、はは。『双山刀のマイディ』か。いいじゃねえか。殺したら、俺の名も上がる!」

突如、髭面の男はマイディに殴りかかる。

マイディにとっては最後の悪あがきにしかならないような一撃を軽く躱した、つもりだった。

躱したはずの拳が肩に当たり、マイディは吹っ飛ばされる。

長椅子に衝突したものの、マイディはすぐに体勢を立て直す。

体勢を立て直したマイディが見たものは、人型の虎だった。

いや、人虎ワータイガーと呼ばれる種族である。

髭面の男の露出していた腕は毛に覆われ、更に顔は完全に虎に変化していた。

「殺してやる! 『双山刀のマイディ』!」

人虎は咆哮する。

しかし、マイディはなぜか背中を向けた。

「スカリー、賭けはわたくしの勝ちです。コイツが嘘ついたのだから今からスカリーが追い払ってください」

山刀で人虎を指しながらマイディはスカリーに呼びかける。

げんなりした顔をしながらスカリーは立ち上がる。

「ちっ。わーったよ。面倒くせえ」

マイディはすたすたと祭壇のほうに行くと、そのまま椅子に座ってしまう。

代わりにスカリーが拳銃を抜いて、人虎に向き合っていた。

呆気あっけにとられていた人虎はやっと思考が動き出す。

「ナメやがって……いいだろう。全員殺す!」

脚に力を込め、人虎が飛びかかろうとした瞬間だった。

銃声バン。銃声。

無造作にスカリーが放った弾丸が人虎の両膝を正確に撃ち抜いていた。

込めた力が行き場を失い、人虎は膝をつく。

分厚い筋肉と毛皮に守られていても、関節はそうはいかない。

破壊されれば、再生にも時間がかかる。

一切躊躇ためらわずに、スカリーは照準を人虎の頭に合わせる。

「ま、待ってくれ! 分かった! 俺が悪かった! この通りだ! 命だけは勘弁してくれ!」

膝をついたまま、人虎は土下座のような姿勢になる。

「そうかい。なら……くたばれ」

銃声。

後頭部から侵入した弾丸は、脳をぐちゃぐちゃにかき回した後に顎の部分から飛び出した。

痙攣けいれんする人虎の体が、スカリーに見えないように引き抜いていた小型拳銃を落とす。

「あんなもので不意打ちしようだなんてお粗末ですね」

「まったくだ。どっかの誰かさんの浅知恵でもまだマシだな」

「あらスカリー、自虐はいけませんよ?」

「……そうだな。しかし、どうすっかね、これ」

四方八方に飛び散った肉片や血液は小さな教会を地獄の様相に変えていた。

「掃除屋を呼びましょう。ついでに色々回収してくれますから。そういえば、さっきのお嬢さんはどうしました?」

「ああ、おめえがスプラッタ繰り広げてた時に気を失って眠り姫になっちまってるよ」

「まあ……血が苦手でしたのね」

「いきなり目の前でぽんぽん人がぶっ殺されたら大抵はああなるだろ。俺たちの基準で考えるなよ」

「もう。お話を聞かなければいけませんのに。起きていただきましょうか」

「やめとけ。もうすでにあのお嬢ちゃんの中じゃあ、おめえは化けもん扱いだろ。ビビって話にならねえよ」

「仕方ありません。起きるまで待ちましょうか」

「酒はまだ残ってるぜ。呑むか?」

「呑みます」

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