第9話 嫌いな男の話2
結局、俺たちの数十分は完全に無駄となった。それどころか作業員である小人たちがダウンしたために、むしろマイナスとなった。
仲間たちの怒りを晴らすべく、小人たちが抗議の声を怜司に向かってあげている。いや、別に小人たちは死んだわけじゃなかったのだが。
「まったく。十兵衛も紅葉も加減ってものを知らないからなぁ」
「む、何ゆえ拙者まで」
呆れて溜息をつく怜司に十兵衛が心外だという声をあげる。
「おまえまで爆走するから被害が広がったんだろうが。二人ともちょっとは反省しろ」
腰に手をあてながら二人を叱る怜司だったが、十兵衛は紅葉のせいだと言わんばかりに彼女のほうを向いているし、紅葉は気に入らないのかそっぽを向いている。あまり効果はなさそうだ。
そのことに怜司も気がついたのか二度目の溜息。
「けどまぁ、手伝ってくれようとしたことは感謝するよ。ありがとな、十兵衛、紅葉」
そう言って怜司は二人の頭に手を乗せると、優しく撫ではじめた。
十兵衛は目元しか見えないせいでよく分からないが、満足げに見える。紅葉は少し顔を赤らめているような気がするが……。
──そう、俺はこいつの、こういうところも嫌いだった。年下の少女に対しては当然だろう、と思われるかもしれないが、しかしこういった部分からどうにもいけ好かない雰囲気が漂ってくる。
もちろん、これが主な理由ではない。もっと別の、決定的な要因があった。
「なんだか騒がしいけど、なにしてんの?」
騒ぎを聞きつけて今度は蒼麻がやってきた。
「お、いいところに来たな。掃除をしてたんだけど、人手が足りないんだ。おまえもやっていけ」
「えー、めんどくさーい」
そう言いながらも蒼麻は掃除道具を受け取るとせっせと動き始めた。紅葉と十兵衛もそれに倣って、今度は慎重に箒で掃き掃除を行う。
めんどくさがっていたわりには、蒼麻の手際は良い。風呂掃除が主な仕事だから、慣れているのだろう。紅葉と十兵衛も身体能力が高いおかげか、動きが良かった。
そうなってくると一番役立たないのは俺になるわけだが、まぁそれはいい。
手を止めて少し休んでいると、最後のひとりが現れた。桜だ。
「……通路掃除にしては、大所帯だな」
通路にいる五人を見るなり、彼女は静かな声で感想を述べた。驚いているようには見えなかったが、表に出にくいだけで、驚いているのかもしれない。
「この際だから桜さんもご一緒にどうっすかね? 多いほうが俺、楽なんで」
怜司が適当なことを抜かしながら箒を桜に差し出すと、彼女は少し悩むそぶりをしてから、それを受け取った。
「ん。たまには、いいだろう」
こうして掃除係が六人に膨れ上がった。
一〇分もすれば、十兵衛と紅葉によって帳消しになった分を取り戻すことができた。ただし当たり前だが、俺の体力は戻ってくれなかった。引きこもりに肉体労働は辛い。
少し集団から離れたところで休憩をとる。怜司が十兵衛に指示を出し、紅葉のやり方を褒めて、ちょっかいを出してくる蒼麻をいなし、桜に話しかけていた。
そう、あいつは人に囲まれていた。俺はそれが無性に気に入らなかった。あの男を見るたびに、やりきれない思いがして胸の奥がざわついた。
あいつが人に囲まれていることそのものは疑問に思わないし、俺がひとりだということにも不思議なところはない。どちらも当たり前の話だ。だから嫉妬しているわけではなかった。
だが異世界に偶然やってくるという同じ境遇にも関わらず、これといった困難もなく順応していつのまにか成功しているあいつを見ると、怒りに似た感情が沸き起こってきた。あいつはまるで、俺が今まで読んできた本に出てくる主人公そのものだった。あまりにも、運が良すぎる。
対して自分はどうか。以前とほとんど変わらない生活。問題はなにひとつとして解決しないままだ。
ああ、分かっているさ。それが自分のせいだっていうことは。自分がどれだけ無能で怠慢であるかはよく理解しているつもりだ。きっと見えないだけで怜司は怜司なりの苦労と努力があるのだろう。
それでも、ああやって似たような境遇の男が成功しているのを見ると、なによりも現実を突きつけられた気分になる。俺がどういう人間なのか、浮き彫りにされたような気分になる。
だから──俺は、怜司が嫌いだった。
「おい、どうした。疲れたか?」
じっとしたまま動かないでいた俺を不審に思ったのか、怜司が声をかけてきた。俺はすぐに、持っていた掃除道具を怜司に押し付けた。
「……ああ。悪いが、休ませてもらう」
俺は返事も聞かずに自室へと向かい、さっさと部屋の中に入った。
この世界も以前の世界も大差はない。ただ、現実が最悪の形になって目の前に現れただけだ。
深夜。今日の分の仕事はする気が起きなかったので、俺は早々に寝台の中に潜りこんだ。足腰が痛むし、相変わらず寝台は硬い。この中に入ると、異世界にいるのだということをはっきりと意識する。
昼間の仕事は散々だった。特に、最後の状況は精神的な辛さが大きかった。
俺が怜司を嫌っていることについて、怜司に非がないことは分かっている。客観的に見れば、積極的に俺に声をかけるあいつは、俺に気を使っているとさえ言えるのだろう。人が人を嫌いになるということは、こんな風に理屈に合わないことなのかもしれない。とはいえ、酷い反応だと自分でも思う。自己嫌悪というものが俺の中にはあった。
もしも俺がもう少しでもまともなのであれば、怜司との関係を良好にして友人というものに囲まれる可能性もあったのだろう。だが、今の俺はそれを望みさえもしていなかった。自分が友人に囲まれている状況どころか、友人がいるという状況を想像することさえ、違和感があった。それほどまでに、俺にとってはかけ離れたことなのだ。
俺が、俺であることをやめないかぎり、状況は好転しないだろう。そしてそんなことは不可能だった。一歩が、どうしても踏み出せない。
眠気を言い訳にして、俺はまた考えることをやめた。現実を直視することなど俺にはできなかった。
──このとき、俺がもっとこのことをよく考えていれば、本当に俺の人生は変わっていたのかもしれない。
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