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 私が教室に入った時、何やら空気が変わったように思えたのは、気のせいではなかったのだ。今朝マクスウェルに引き摺られていったのを多くの人に見られた結果、事実に尾鰭が付いて噂になり更に背鰭が付いて人々の間を泳いでいってしまったらしい。

 思わずマクスウェルを見ると、射殺さんばかりの勢いで私を睨んでいた。マクスウェルの耳にも噂が入ったのだろうか、彼のプライドを傷付けたのだとしたら殺人鬼のような顔にも合点が行く。


「こ、告白されてないから!」


 思わず小声で噂を訂正した。私の鬼気迫る表情に三人とも驚いたようだったが、三人で顔を見合わせ、すぐに納得してくれたようだった。


「まーマクスウェルが告白するワケないか」

「アイツ他人ひとのこと好きにならなそーだもんな」

「言えてる。ゼッテー尽くさせるタイプ」

「マドンナから告られたのにソッコーでフッたらしーぜ」

「ケイトの猛アタックにも顔色一つ変えねーし、尋常じゃねーよな」


 私たちは揃ってマクスウェルを見る。彼の右腕にはケイトがじゃれついているが、当の本人は無表情のままだ。


「いいよなぁ……」

「あのおっぱい当てられてみてぇ……」

「おいっスチュワートさんの前で変なこと言うなよっ!」


 オルセンくんが焦って友達の口を塞いでいたが、残念ながら既に私は聞いてしまっている。お義理程度に、聞いていない振りだけはしておいた。

 そうこうしている内に、教室に先生がやってきた。来たる魔法理論の授業に備え、背筋を伸ばして席に座り直した。


 午前の授業を全て終え、昼食の時間になった。背伸びをして、凝り固まった背中から腕にかけての筋肉をほぐす。


「メシ行こうぜ~」

「今日のメニュー何だろーな?」

「スチュワートさん、俺等と昼……」


「おいブス」


 マクスウェルがたった一言そう発しただけで、他の何を差し置いても優先させなければならないと思わせるような重みを響かせた。私もオルセンくんも思わずマクスウェルに振り向く。


「昼食取ってこい」

「え」

「大盛り生姜焼き定食」

「え、え、」


 マクスウェルは生徒手帳を投げて寄越してきたため、私は手で取り零しながらも何とか両腕で抱き留めた。目を白黒させている私など何処吹く風、マクスウェルは親指をポケットに引っかけたまま教室を出て行ってしまった。


「え、生姜焼き定食?」

「あー、食堂のメニューのこと」

「スチュワートさんパシるとか、アイツもやるなー」

「俺等も行こうぜ。一緒に食っちまおう」

「賛成」

「あ、あたしたちも行くー」


 私を含めず、男の子三人女の子二人という大所帯で食堂へ向かうこととなった。私を除けば、彼も彼女も制服をお洒落に着崩し髪を綺麗にセットしており、場違いな雰囲気に萎縮してしまう。

 そのせいか、何かに躓いてしまって思わずオルセンくんの背中を押してしまった。彼は驚いて私を振り返ったが、大丈夫大丈夫、と笑って許してくれた。

 教室は一階にあるため、其処から歩いて程なくしたところに食堂があった。食堂は校舎とは廊下で繋がっているものの、建物としては独立しており円柱型になっている。円の中心に厨房があり、その周りを取り囲むように放射線状に長テーブルが置かれていた。昼時ということもありテーブルには多くの生徒が着いている。

 食堂の入り口から近いテーブルにマクスウェルは居た。十人がけのテーブルの真ん中で、踏ん反り返って浅く座っている。眉間には皺が寄り唇は突き出していて、目に入るもの全てを威嚇しているようだ。勿論そんなマクスウェルに近寄る生徒など居らず、混雑時だというのにマクスウェルの座っている席には誰も近寄ろうとしなかった。

 マクスウェルは私たちに気付くと、眼差しをより一層厳しくする。私はそれを、早く昼食を持ってこい、という意味だと解釈して、慌てて注文の列に並んだ。注文の順番が来ると、大盛り生姜焼き定食と日替わり定食を頼む。学内の購買による支払いは生徒手帳で行うため、生姜焼き定食の分はマクスウェルの生徒手帳で決済した。出来上がった定食を両手に受け取って、誤って引っくり返さないように注意しながら、マクスウェルの元へと運ぶ。


「おっせーぞ」

「ごめんごめん。はい、生徒手帳」


 私はマクスウェルの右隣に座り、ケイトは左隣に座った。ケイトの前にケイトの友達、その隣にオルセンくんたち三人が席に着く。


「おいマクスウェル、あんまスチュワートさんパシんなよ」

「あぁ?」

「まだ来たばっかなんだから食堂のことなんて分かんねーよ」

「だから馴染めるようにパシってやってんだろうが」


 マクスウェルの横暴な理論に思わず苦笑した。

 ケイトは手を叩いて笑っている。


「エイダンとスチュワートさんって仲良いよね~」

「え……、待ってケイト、仲良い……?」

「エイダン遠慮無いけど、元から知り合い?」


 ケイトの問いかけにマクスウェルは黙っていたため、私は幼稚舎が一緒だったと答えた。


「でも、仲良かった訳じゃないよ。よく喧嘩してた」

「へえー、スチュワートさん、イメージじゃないね」

「オレの人生であんなじゃじゃ馬、コイツくれぇだわ」

「マクスウェルがちょっかいかけてくるからでしょ」


 そう言うとマクスウェルは鼻で笑って、白米をかきこんだ。

 私はビーフシチューを食べながら、ふと幼稚舎時代を想起する。幼稚舎といえば、ヒースくんとよく一緒に遊んでいた。楽しかった思い出の殆んどは彼に関わるものであり、此処に戻って来たのも彼に因るところが大きい。

 目当てであったヒースくんは同じクラスではなかったため、転入してから二日しか経っていないが、未だ再会が叶っていない。私は彼が何処のクラスに居るか知りたくなり、その話題を取り上げた。


「ねえ、ヒースくんって知ってる?」

「あ?」


 ヒースくんの名前を口にした途端、マクスウェルが鬼のような形相をした。

 それに私は怯んだが、幼稚舎から同じ学校のマクスウェルなら知っている筈だと気付き、マクスウェルに問う。


「そうだ、マクスウェルなら知ってるよね。ヒースくん、何処のクラスか教えて欲しいの」

「んないけ好かねぇ奴のことなんざ知るかよ」


 マクスウェルは席を立って、食器類を返却しに行ってしまう。

 オルセンくんが代わって話題を継いでくれた。


「ヒースくんって?」

「同じ幼稚舎だったの。ヒース・イシャーウッドくん。誰か何処のクラスか知らないかなって」


 オルセンくんは口の中でヒースくんのフルネームを反芻し、首を捻る。彼の友達二人も似たような反応をしており、誰もヒースくんのことを知らないようだった。

 しかし打って変わって、ケイトの友達はその名前に身を乗り出す。


「あ、あーし知ってるよ。小学校の時、一緒のクラスだった。めっちゃイケメンで有名だったし」

「え~、そうだっけ?」

「ケイトはマクスウェル一筋だったから覚えてないよね~」


 その言葉にケイトは顔を真っ赤にしていたが、それよりもヒースくんのことが気になった私は、彼が何処のクラスに居るのかを問うた。

 すると彼女は、クラスっていうか、と前置きをして、髪の毛の先を弄りながらこう言った。


「イシャーウッドくん、今は違う学校に行ってんよ。何処だったかは忘れたけど、私立のいーとこ」


 私は思わずスプーンを落としてしまった。

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