その晩のことである。


 リカオンの城主は夜這よばい癖があった。


 リオンの寝所は彼の寝間からは遠いのだが、そんな距離などものともせず、城主は廊下を渡った。


 リオンの新しい寝所は、月の明かりに照らされて静まり返っていた。


 城主が扉に手をかけたとき――そのときである。


 真上から暗い闇が覆いかぶさり、彼は暴れたのにも関わらず、強い力で押さえつけられてしまった。


 わけがわからないまま、彼は床に転がされた。





 夜中、リオンは妙なうめき声を聞いたと思った。


 ベッドの中でぼんやりしていると、するりと背後にだれかのもぐりこむ気配がある。


 寝所は広いので気にはならない――のだが、リオンは不可思議な夢をみるものだと考えた。


 その動きは自然だった。


 それは憶えのある呼吸。


 体温。


 肩幅。


 素肌と素肌のふれあう感触。


 ここちよい全てを思い出し、自分は守られているのだと感じた。


 今ここにいないはずの人を想う。


 あたたかくて、やさしくて、いつもリオンの傍らにあった匂い。


 いっそう安らかな寝息をたてて、リオンは眠っていた。


 すると、その気配は、まず少年の髪に触れてきた。


 指にからめて、もてあそぶようである。


 それがいたずらな感じなので、リオンは目を開ける。


 なぜか感覚が敏感になっていた。


 声一つたてなかったのにはわけがある。





 それはリオンの知るもののようだった。


 暗がりの中、一つだけ確かめた。


 やさしい強い手におぼえがある。


 なぞった頬や、額の輪郭にも。


 覆いかぶさってくるときの、その軽さにも。


 口づけを受けて、その深さにおののいた。


 ――まるでチャンプだ。


 全身に口づけを浴びて、これはなんのまやかしかと――リオンは思わなかった。


 チャンプが自分に逢いにきてくれたのだと思えたのだ。


 自然に体がひらいて、両腕がそれを抱いた。


 それは下方へとくだってリオン自身を口腔にとかすのだ。


 すがりつくと、吐息を下腹に感じた。


 まちがいない。


 チャンプだ。


 この抱き方は彼なのだ。


 手に触れる髪もやわらかく、しっとりと汗ばんで香草の匂いをさせている。


 ――ああ、きてくれたんだな。


 胸深くそれをかいで、リオンは幸福感に包まれた。


 朝までそうしていた気がする。


 目が醒めるまでそこにぬくもりを感じていた。


 けだるくなって身を返したら、隣りには空っぽの手ごたえ。


 ――夢だったのか。


 リオンは少なからず落胆を覚えて、朝の光を恨めしく思ったのだった。





 その日のうちに、城主が何者かに袋詰めにされて、そのまま廊下でうめいていたといううわさが流れた。


 もちろん、城内の警備はいっそう強化されたが、怪しいものは見つからなかった。

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