第十二話チャンプの父親

「剣術大会ねえ」


 チャンプはがりがりと頭をかいた。たぶんどうでもいいのだ。彼は剣になど興味はなさそうだった。


 夏用の炉で炭をつかい、とうもろこしのスープをこしらえていた女将がどなる。


「チャンプ、おまえが出るなんてとんでもないよっ!」


 うんざりした顔でチャンプが怒鳴り返す。


「わーかってるって。親父なら理解してくれると思うよ。そのへんは。俺にはちまたで喧嘩するのが関の山――」


 リオンは初めてチャンプの父親のことをきいたと思った。驚いたことにリオンはこう聞いた。


「チャンプ、親父さんはなにをしてるんだ」


 自分が尋ねられたらもっとも困る質問だった。なぜかチャンプには後ろめたさも、気がねもなく問うことができる。


「ん? ああ、警備隊長さ。夜間勤務だから、めったに帰ってこないけどよ」


「じゃあ、騎士なのか」


 難しそうな顔をして、チャンプは説明した。


「ん? や、ちょっと違うな。てぇか、警備団と騎士様とは別なのさ。べつに警備隊は称号もらって勤めてるわけじゃねえしな」


 言うと、彼はしみじみと、組んだ腕の上にため息を落す。


「あの親父様が警備隊長になったら、俺は楽ができると思っていたんだがなあ」


 ぎょっとしてリオンはきいた。


「楽でないのか、暮らし向きは」


 髪をかきむしってチャンプは笑った。


「ちっともだ。親父様は頑固者で、ゆうずうなんてこれっぽっちもきかないんだから……」


『救いたい人がいるらしい』と深いまなざしをした。


 スープをナベからおろしていた女将が、慌てた。


「よけいなことをしゃべるんじゃないよ、チャンプ」


 ますます景気よく笑って、チャンプは揺り椅子にかけてあったピンクのエプロンを頭からひっかぶった。


「よその女に貢いでるんじゃないといいなあ? おふくろ」


 いかにも子供じみておどけた。


 ついに女将が怒りだす。


「ばか、ふざけたこと言うんじゃないよ」


 それきり女将は何も言わないので、リオンは戸惑った。


 仕種でチャンプに問うと、彼は片手をふる。


「何やかや言っても、信じてるんだ。俺も、おふくろも」


 チャンプはエプロンを床に放った。


 すがすがしい笑みだった。一片の曇りすら見えない。


 うらやましい、とリオンは思った。


 愛しているとも言わないくせに、信じているなんて。どんな言い方にせよ、純粋に感じないではいられない――先の自分に自己嫌悪。


「おまえもわかんだろ、なあ?」


 チャンプは受け皿にスープを注ぎ始める。


 リオンはずっと黙っていた。なにを言うべきか、わからなかった。

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