第八話宿屋の事情



 翌朝、ようやく目が醒めたときに、スープが運ばれてきた。


「ようく考えたんだ。飯も食わねえで働けねえよな。っつわけで飲め。そして食え」


 席を示して、チャンプは陽気な、しかし甘えを許さない口調で言った。


「どうせなら、昨日のうちに考えついてほしかった」


 リオンは渋い顔だ。なぜいきなり待遇がよくなったのかは知らない。


「まあ、昨日だって朝飯は食ったろ? いけねえ、それ以来か。また無理させちまったな」


 頭に手をやる青年は明らかに夕べとは違う。なにがあったのだろう?


 リオンは煮込みを食べている。あたたかさが胃の腑にしみた。なにより食べ物の味が、灰まみれでないのがうれしい。


「おおい、おふくろ。おかわり」


 扉の外から女将が怒鳴る。


「自分でおつぎ。こっちは支度で忙しい」


 木の椅子の脚一本を軸にして移動すると、彼は扉から差し出された鍋を受け取った。小さなナベごと手に持って、彼は慣れた動きで扉を蹴りしめる。


「おまえもよ、ちっとはやさしい顔をしたらどうなんだ。ぶすーっとしててよ。着替えもまだだったし。言ったろ、しわになるって」


 リオンは口元に笑みがわいてきた。彼は言ってやりたいことがあったのだ。大きく腹に息をためていった。


「今日は俺は男だからな」


 酸味のある顔を、チャンプはした。


「? あにいってんだ。おまえは元からだろ」


 リオンは、青年の口調とそっくりに言い放った。


「今日は女装はやらないっつってんだ」


 会心のほほえみ攻撃。


 ほほう、と青年は片頬に頬杖をついて目を細めた。


「きれいにしとかないと、今日も夕飯はなしだぜ、リオン」


 意味ありげな言い方に、リオンは心底おののいた。


「な、なんでそうなる」


 さすがに今日も夕飯をぬくのはつらい。


「男のよぶ宿に客がくるわけないだろ。厳しいんだぜ、このへんは」


 指し示してくるナイフはさっきからゆらゆら動いて、まるで催眠にかけようとするかのようだ。




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