第柒話:荒れ狂う細菌

「この部屋……何かヤバイね」

「それよりも、あのままじゃヨシコさんが死……!」

「やめろ!!」

 ユカリさんが突然怒声を上げる。ユカリさんが今までこんな大きな声を出したのは聞いたことがなかった。

「……そういうことを言わないで。あの子は死なない。誰かに命令されない限り」

「それよりも、まずはこの部屋の謎を解くのが先だよ」

  ヨシコさんも何か能力を持っているってことでいいのだろうか?でも、実際この状況をどうにかするほうが先決かもしれない。

「サエ、何かここから変わったもの見えたりする?」

「……特に変なものは見えないけど」

「ん……分かった。じゃあ先に私が部屋に入るから、何が原因であれが起きるかしっかり確認して」

 そう言うとユカリさんは部屋に入っていった。待ってよ……危険すぎる……ユカリさんは大丈夫なの?ヨシコさんは大丈夫だとしても、ユカリさんは?

 ユカリさんはゆっくりと部屋の真ん中に辿り着くと、辺りを見渡した。ここから見てもやはり変わった所は見当たらない。一体何をすればああいう現象が起きるのだろうか?

「……?これは」

 ユカリさんは部屋の中で何かを見つけたようだった。はっきりとは見えないが、何かの箱のように見える。

「サエ!これだっ……!」

 直後、ユカリさんの体は宙を舞った。口からは血を吐き、体の一部が少し凹んでいるように見える。

「ユカッ……!」

 思わず声を上げそうになるが、慌てて口を塞ぐ。あの現象が声や人の動きに反応していて、この部屋の外にも発生する可能性に気が付いたからだ。

 私の足元にはユカリさんが部屋の中で見つけたと思しき箱が転がっていた。箱には「博士はかせのひんやり扇風菌せんぷうきん」と書かれている。もしかして、この扇風菌が原因?そう考えた私は急いで箱を開け、中身を確かめた。中身は取扱説明書位しか入っていなかったが、私としてはそれで良かった。

 取扱説明書によると、この扇風菌は夏場に風を起こして涼ませてくれる菌らしい。どうやら、この菌は高温に弱いらしく、40℃以上になると死滅するらしい。でも、どうしたらいいんだろう……学校で習った記憶が正しければ、夏場でも40℃まで気温が上がることは滅多にないらしい。何か……探してこないと。


 ユカリさん達のことが気がかりなものの、あの菌に対処するために、私は部屋から離れ、一階の部屋を探索することにした。

 そこで私は仏壇がある部屋を見つけた。確か私の家にも仏壇があって、蝋燭に火をつける道具があったはずだ。ここにももしかしたらあるかもしれない。

 結論から言うと私の考えは当たっていた。仏壇にはマッチの箱が置いてあり、中にはまだマッチが残っていた。これを上手く使えば、何とか出来るかもしれない。


 私は急いで件の部屋の前へと戻ると対処法を考えた。部屋の中に入って直接マッチで炙るという手もある。だが、この菌達はそれを許してくれるだろうか?間違いなく、私は風に撃たれて死んでしまうだろう。中にユカリさん達がいなければマッチを投げ入れるという手もあったかもしれない。……もしかしたら、マッチそのものが風で撃たれてしまうかもしれないけど。

 考えた結果、私はヤタブキさんから貰った餃子の無料券を使うことにした。これを部屋の中に投げ入れ、券が落ちるまでの間に部屋へ入り、ユカリさん達の下に行くというものだった。後は、ヨシコさんの力を借りれば脱出出来るはずだ。

 意を決した私は券を部屋に投げ入れ、部屋に飛び込んだ。私は一目散に二人の元に走りよった。視界の端ではヤタブキさんから貰った餃子の無料券がバラバラになっていた。何とか、ぎりぎり、間に合った……!

「サエ……無茶しすぎだよ」

「私もそう思ったけど、何とかする方法が分かったんだ」

 その直後だった。私の左足に激痛が走った。見てみると足は歪に歪み、出血していた。無料券が思ったよりも早く壊され、標的が私に向いていたようだ。

「サエッ……!くそ……このままじゃ!」

「ユカリ、さんっ……ヨシコさんに『命令』を……!ここから、皆で、脱出出来るように……!」

「あ、そ、そうだね……」

 今度は私の首元を風が掠める。私の喋っている声に反応したのだろうか。後少しでも軌道がずれていたらと思うとゾッとする……。

「ヨシコッ……!!私達をっ……ここから脱出させてっ……!!」

「っ!畏まりました!!」

 先程まで意識がないかのように動かなかったヨシコさんが突然立ち上がった。私はすぐさまマッチに火を点け、部屋の真ん中にマッチ箱ごと放った。それと同時に私とユカリさんはヨシコさんに小脇に抱えられていた。ヨシコさんはそのまま部屋にある窓をぶち割るようにして外に飛び出した。


 私達は燃え盛る廃屋を見上げていた。あんなに燃えているなら確実に40℃はいっているだろう。結局、この場所でも由紀さんは見当たらなかった。

「ここにもいなかったね」

「そういえば、ヨシコさんに頼めば見つけてくれるんじゃないですか?」

「……それは思ってた。何で一緒にいたナオコは『命令』しなかったんだろう……?」

 どうやら私が感じていた疑問はユカリさんも感じていたようだ。ここでユカリさんがヨシコさんに『命令』した。

「ヨシコ。由紀を見つけて」

「……命令を確認。………エラーエラーエラーエラー。データ検索不能。該当データ、確認出来ず」

 突然、ヨシコさんの喋り方がおかしくなった。まるで機械のように無機質で不気味な喋り方だった。

「……おかしいな。ヨシコが遂行出来なかった命令は今までなかったのに……何が起きてるの?」

「……関係していると思われるデータを確認。既に入手済み。黄泉川 縁及び三瀬川 賽に情報を譲渡」

 そう言うとヨシコさんは私達に一枚の額縁に入った写真を手渡した。そこには眼鏡を掛け、白衣を着た女性とその女性に抱っこされている赤ちゃんの姿が写っていた。

「これは……この赤ん坊、由紀か?」

「現在取得出来るデータはそれだけです」

「……分かった。ヨシコ、一旦家に戻って皆の帰りを待ってて。由紀の捜索は私達がやるから」

「畏まりました!待ってます」

 そういうと、ヨシコさんの体が調子の悪いテレビの画面みたいに大きくぶれ、その場から消えてしまった。……あの人って人間、だよね?


 私とユカリさんは商店街の近くにあったバス停のベンチに座り、休憩をとっていた。私は自分のリボンを一つとり、左足の傷口を縛っていた。これから、どこに行くべきか話し合うという目的もあった。

「……サエ。一応、次に探す場所は決まってるんだ。実はこの夜半町にはもう一つ神社があるんだ。その神社は小さくて、知らない人の方が多いんだ」

「じゃ、じゃあ今度はそこだね!」

「いや……ただ、そこは山の中にある洞窟なんだ。山は昔から神性の者が集まるという言い伝えがある。もしかしたら、今まで以上に危険かもしれない。だから、サエは……」

「そういう訳にはいかないよ!私とユカリさんはもうお友達でしょ?お友達が困ってるなら助けるのが普通!……だと思う」

「……ん。友達か……。そうだね。友達なら助け合うのが普通……。じゃあ行こうか。」

「うん!」

「それと、私のことを友達扱いするなら、さん付けはもう止めなよ?」

 ユカリちゃんともっと仲良くなれた気がした。

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