第伍話:ヒツケさまとの遭遇

「よし、入るよ」

 ユカリさんの一言で私達は鳥居を潜り、神社の境内へと入っていく。境内には至る所に火の点いたままの蝋燭が置かれていて、微風に吹かれ火が揺らめいていた。

「ユキーー!おーーーい!」

「ユキちゃーーん……!いるーー…!?」

 二人は声を張り上げて由紀さんを探し始めた。私はユカリさんの後を着いて歩き、一緒に探すことにした。…一人で行動するのは怖いし。


 私達は一通り境内を捜索したが人一人見つからなかった。ここでふと疑問に思い、ユカリさんに質問をしてみることにした。

「あの、ユカリさん。由紀さんは、何でこの神社にそんなに出入りしてたの?」

「ん、私にもよく分からない。ただ、毎日のようにここに出入りしてたかな」するとハラエさんが

「あの……これはあくまで、私の推測…なんだけど……ヒツケさまが関係してるんじゃ、ないかな?」と言った。

 “ヒツケさま”?初めて聞く言葉…。この神社の神様みたいなものかな?

 気になった私は神社の名前を確認してみることにした。そこには“火ノ神神社”と書かれていた。そんな名前の神社、夜ノ見町にあっただろうか?

「ん、まあ、いないみたいだね。他のとこ探そうか?他の皆とも合流しときたいし」

 ユカリさんにそう言われ、私達は神社を後にすることになった。


 しかし、後一歩で鳥居から出られるというところで突然、境内の蝋燭の火が一斉に消えた。先ほどまで明るかった境内が嘘のように暗くなり、辺り一帯が静まりかえった。

「何…?何が…」

「サエ、下がって。…まずいかもしれない」

 突然のことだった。賽銭箱の辺りからか、大量の炎が渦巻きながらこちらに飛んできたのだ。私は突然の事態に反応出来ず、小さな悲鳴を上げるだけだったが、これに真っ先に対応したのがハラエさんだった。

 私の前に飛び出した彼女は、何やら呟くと、私達の周りに水の壁の様な物を作り出した。突然の不可思議な現象に私の頭はパニックになりかけていたが、彼女の顔を見て、パニックという言葉は吹っ飛んだ。

 彼女は自らの表情を強張らせ、顔からは汗を流し、更にその体や瞳を震わせていた。その表情は先ほどまで彼女が見せていた恐怖や不安といった表情ではなく、何かもっと深い、言うなればトラウマに直面しているかのような表情だった。

「ユカリさん!ここは…私に…っ!」

「無理でしょ。ハラエ一人で対抗出来る奴じゃないよ、それ」

 いっぱいいっぱいなハラエさんとは対照的に、ユカリさんは落ち着き払っていた。

 すっかり腰を抜かしてしまっていた私にユカリさんが語りかけた。

「サエ。お願いしたいんだけど、いい?」

「え、な、何?何が…?」

「落ち着いて聞いて欲しいんだけどさ、あそこにさ、絵馬があるの見える?」

 そう言われ指差された先を見ると、確かに絵馬がいくつか飾ってあるのが見えた。

「あそこまで行って欲しいんだよ。でっ…その後、多分この炎は君の方に飛んでいくはずだから、その炎に手で触って欲しいんだよ。分かる?」

 余りにも無茶苦茶だ。今起こっている現象にも理解が追いついていないのに、あの炎に触れだなんて、死ねと言っているようなものだ。

 しかし、私の中には少しでも二人の役に立ちたいという考えがあった。それにここまで優しくしてくれたユカリさんの言うことだ。きっと何か意味があるのだろう。…だが、私には最後の一歩を踏み出す勇気がなかった。気弱な私は自分で答えを出せなった。

 すると、そんな私を見たユカリさんは私にこう言った。

「自分を信じて。そして、私を信じる君を信じて」

 本当に彼女は不思議だ。私の考えていたことに気付き、勇気付けてくれた。心が温まる。体が清らかになるような感覚を覚えた。もう迷いはない。

 私は水の壁を潜り抜け、一目散に絵馬の場所へ向かった。後ろからは、まるで意思でもあるかのように炎がうねりをきかせて飛んできた。絵馬の場所に辿り着いた私は即座に振り向き、両手を炎に伸ばした。


 意外だった。炎は私の手に触れると、突然パッと消えてしまったのだ。手が火傷したわけでもなく、熱いという感覚もなかった。どういうことだろう…?

「サエちゃぁ~~ん…!!」

「っ!?」

 いろいろと疑問を感じ、答えを出そうと必死になっている私は、突然走りよって来たハラエさんに抱きしめられ、現実に戻された。

「良かった…!良かったよぉ…!サエちゃんが死んだりしたら、どうしようって、私…私っ……!」

 ハラエさんは涙やら汗やらで顔をぐしゃぐしゃにしながら、更に私を強く抱きしめた。

 今までこんなに心配されたことあったっけ…。

「おーいハラエぇ、そろそろ離さないとサエ窒息しちゃうよー」

「あっ!ご、ごめん、痛かったよね……!?」

「い、いえ、…っ大丈夫です」

 本当はちょっぴり苦しかったけど、それ以上に私のことを心配してくれたことが何よりも嬉しかった。


 私達は神社を出た後、休憩のために公園に立ち寄り、ベンチに座っていた。すると、ユカリさんが私に言った。

「サエ。君も自分で疑問に思ってるとは思うけど、どうやら君には特殊な力があるみたいだね」

「それって、あの炎を消したやつのこと?」

「ん…後は君が大声上げて暴れてた時もだね」

「……あの、あれって何が起きてああなったの?私はただ…手を…」

「んー、私の予想が正しければだけど、君は魂を消す、あるいは一時的に消滅させる力があるんじゃないかな」

 やっと気が休まると思っていたのに、私はまた混乱しそうになった。

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