第8話「捜査1」
ブルゥン! ブルルルル!
鳴は上に皮ジャンを羽織っただけの姿でサイドカー付きのバイクに跨り現れた。
「ほら、行くぞ!」
スチャリ。
鳴はサングラスを掛けながら、宗也と響に声を掛けた。
響はちょこんとサイドカーに乗り込み、宗也は鳴に促されるまま、鳴の後ろに座った。
「おい! 響。みちゅなり忘れてるぞ」
響はハッとして、部屋に戻り、猫の抱き枕を持ってきた。どうやらこの猫の抱き枕の名前は『みちゅなり』と言うらしい。
響がみちゅなりを抱えサイドカーに乗り込むのを見届けた鳴は声を上げた。
「よし! 出発だ!」
鳴たちは約30分かかる学校までの道のりを走りだした。
*
鳴と響、そして宗也が学校に向かうとすぐにSEは朝食の片付けをテキパキとこなし、事務所として使用している部屋の掃除までこなした。
キレイになった部屋を満足そうな笑顔で見回してからSEはそこでやっと麗子を連れ、セダンに乗り込んだ。
車中、SEはいつものごとく話し始めた。
「麗子さんはどうでもいい事なのに妙に覚えていることってありますか? ワタクシはあるんですが」
「えっと、それは、どのようなものですか?」
いきなりの話しだしに麗子は戸惑いながら返事を返した。
「ワタクシはですね。高校の時に数学の先生が仰ったのですが、数学は全て+でできると言う言葉ですね。掛け算も結局、2×2は2+2と同じですし、引き算は1+(-1)なんですよね。割り算も掛け算に直せるので+だけで説明できるということなのですが、実際そんなことを意識する人も使う人も皆無の無駄な知識なのですが、なぜか心に残っている言葉なんですよね」
「なるほど、それは面白いお話ですね」
「そうですか。ありがとうございます」
SEは嬉しそうに笑みを浮かべてから急に話を変えた。
「ところで、麗子さんは倒れる前にあった、何か違和感みたいな、それこそどうでもいいようなことでも引っかかっていることとかございますか?」
「ああ! そういうお話でしたか。そうですね。……そう言えば、あたくし貴重な体験をいたしました。深夜にラップ音を聞いたのです! チェケラッチョ! みたいな音じゃないですよ。パンッっていう何かが弾けたみたいな音でした」
SEは苦笑いしながら、「わかっているので大丈夫ですよ」と答え、
「しかし、そのラップ音、聞いたのはいつごろでどの辺かわかりますか?」
「はい、確か一カ月以上前だったと思いますわ。場所は、あたくしの部屋のすぐ前くらいから聞こえてきました」
「ははぁ、なるほど。それは貴重なお話ですね」
「ええ、貴重な体験でした」
少々話が噛み合っていない二人だった。
丁度話が終わろうかというとき、
キキッ。
目的地に到着し、ブレーキの音を軽く立てて車は停車した。
「ここは?」
麗子が見つめたその先には、可愛らしいドレス姿の女の子が描かれた看板が目に付く水色の小さめの洋風の家があった。
さらによく見ると、看板には――人形のお店『エレナ』――と出ていた。
「あらあら、素敵なお店ですね」
麗子は合わせた手を唇の辺りまで持ってきて目を輝かせた。
「さて、行きましょうか」
麗子はバックを持ったSEに促され店内へと入っていった。
チリンチリ~ン。
エレナの扉を開けると、爽やかな鈴の音で店員に入店を知らせる音が響いた。
「いらっしゃいませ~」
店員は無精ひげを生やした三十代半ばから後半の男性が一名いるだけだった。
店内にはレンチドールはもちろん、ビスクドールや球体関節人形といった人形が何体もディスプレイされていた。
やはりまだまだ少女の麗子は、「わぁ!」と感嘆の声を漏らし、人形たちをうっとりと眺めた。
SEはスタスタと店員がいるカウンターまで歩いていき、ぽんっとバックをカウンターの上に置いた。
ジジィーッ。
バックのジッパーを丁寧に開け、中から胴体部のみのレンチドールを取りだした。
実は叔父の慎吾の家で人形に襲われた時、はじめに無力化した一体の人形。胴体を残し始末はつけたが、証拠になりうる胴体だけは無傷のままあえてとっておいた。
SEは人形の服を脱がし、腰の辺りにある制作者を特定できる印刷を店員に見せた。
「この人形を作られた方を知りたいのですが、教えて頂けないでしょうか」
SEはいたって社交的に接したが、店員は顔を曇らせ、
「どういう経緯か知らないが、あんたたちに言うことは何もないよ。早くここから去ってくれ」
「それはできませんね」
SEは死にたくなければ喋れと余裕を持って言うヤクザのような笑い顔で店員を追い詰める様に見据えた。
ガタガタガタガタッ。
店員は「うぅ」と呻き声を上げ、体を小刻みに震わせた。しかし一向に話す気配は見られなかった。
そんな店員を見てSEは驚きと諦めの入り混じった苦笑いを浮かべた。
「ここは色々な人形があって楽しいですね。あら、いかがなさいました?」
一通り見て回った麗子は、店員とSE、それから人形の胴体を順々に見てから、ぽんっと手を打った。
「わかりましたわ! 店員様はお人形さんがこんな姿になっていることにご立腹なさっているのですね。それでしたら、こちらも義理を通します! あたくしがSE様の腕を切り落とします。ですからどうかお怒りを鎮めてください」
凄まじい内容の発言に店員はギョとした。
「くくくっ、ハハハ、ハーハハハハハッ! それはいい案ですね。店員さんのお気持ちを考えられなかったワタクシに非がありますので、許してもらえて、情報が頂けるのでしたら腕の一本や二本安いものですよ。フフッ」
SEは心底楽しそうに麗子の案に乗ってきた。
「あ、あんたらおかしいよ……」
SEと麗子に涙目になりながら訴えてきた。
「いえいえ、そうでもないと自負しておりますが、店員さんが言うのでしたらおかしいのかもしれないですね。ですが、そうですね人形を大切に思っているであろう方の前に胴体だけの人形を持ってきて不躾な質問をしてしまいましたし、やはりおかしいかもしれないです。申し訳ない。せめてこの腕でご勘弁を」
スッと腕まくりし、手刀を腕に当て切断しようというところに検討をつけ、手刀を振り上げると、
「わっ! わわ! ちょっ、ちょっと待った! 話すからそんな早まっちゃいけない!」
店員は慌ててSEを止め、人形について語りだした。
「その人形を創ったのはボクなんですよ。だから、そんな変わり果てた姿になった人形を見て気分がいいわけがないでしょ! でも、人形創りなんて全く知りそうもない素人に何言ってもわかって貰えないことは今までの経験でわかってたし、とにかく早く目の前から去ってほしかったんだよ」
「それは、大変申し訳ないです」
SEは深々と頭を下げた。
「で、質問にはボク答えたと思うけど、もういいかい?」
店員はやはりSEたちに早く帰って貰いたいようでそわそわと急かした。
「すみません。もう一つ。店員さんが創られた人形のカタログなどはございませんか?」
「カタログはないけど、ボクが丹精込めて創った人形だからね。アルバムならあるよ」
どさっ。
店員はすぐにカウンターの下から百科事典ほどありそうなアルバムを取り出し、重そうな音を立ててカウンターの上に出した。
「こちら全てですか?」
「はい、こちら全てです」
「…………」
SEは少々苦笑いしてから、言葉を紡いだ。
「今、この場で拝見させて頂くのは少々大変そうですので、よろしかったらお借りすることはできないでしょうか?」
「ここに名前と住所と電話番号を」
店員はメモ用紙をSEに向けて差し出してきた。どうやら貸してくれるらしい。
SEがメモ用紙に書いている間、麗子はパラパラとアルバムをめくり眺めていた。
「カワイイですぅ! あたくしも似たようなお人形さんを持ってますが、どれもカワイくて全部欲しくなってしまいます。……あれ? このお人形さん、あたくしが持っているのとほとんど同じですね。どうしてでしょう?」
その言葉を耳にした、SEは手を止め、麗子が見ていたページを覗き込んだ。
「確かに麗子さんのお部屋で見たのと酷似していますね。麗子さんはこの人形はどのように手にいれましたか?」
「えっと、確かあのお人形さんはサンタ様がくれました! サンタ様はすごいんですよ! あたくしが捕まえようと張った罠を全てかいくぐってプレゼントを届けにきてくださいました」
「そうですか。どのような罠だったのか気になりますが、それは今は置いておきましょう。ただ、そうなると、買った方は、あぁ、いえ、なんでもないです」
SEは流石にまだ中学生の女の子にサンタの正体を言うことが躊躇われ言葉を濁した。
「ただ、これで、宗也さんの叔父さん方を襲った人形と麗子さんの部屋にあった人形が同じ作者だということがわかりましたね。これから調べるべきことは、武藤家の屋敷に関係する方々とそのサンタ、それに麗子さんが聞いたというラップ音についてですね。というわけで」
SEはポケットから携帯電話を取り出し鳴へと電話を入れた。
連絡を済ますと、うやうやしい態度で内ポケットから名刺を取り出すと店員へと差し出した。
「すみません。やはりアルバムは借りなくても大丈夫そうです。名刺に連絡先が書いてありますのでもし探偵が必要になりましたらご連絡ください。多少でしたら割引いたしますので」
「……あんた、探偵だったの!」
店員は驚きの声を上げたが、すでにSEは鈴の音を鳴らし店外へ出ていた。
「さて、鳴さんたちの方が遠くまで行っていますので先に帰ってお昼ご飯でも準備しますか。麗子さんは何かリクエストありますか?」
あらき荘に戻るまでの道中SEと麗子はお昼ご飯について話しながら行った。
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