ハーデス
逃亡生活は質素である。
色々な事を我慢しなくてはならない。
いくら宮殿で豪華な暮らしをしていた王族でも逃亡中は風呂を我慢しなくてはいけない。
風呂は我慢出来ても、我慢出来ない事もある。それは「食べる事」だ。
山の中を逃げる時、沢で水を飲み川魚を食べる・・・が、川に毒が流されているかもしれない。魚が死んでいれば川に毒が流された事がわかるが、それが遅効性の毒であった場合、魚が生きているからといって毒が流されていない証拠にはならない。
そこで活躍するのが暗殺者である。
暗殺者は毒の扱いに長け、ほとんどの毒を判別出来るだけでなく、幼少の頃より少量の毒を服用させられているので、毒に対する耐性が強い。そのかわり寿命が極端に短いのだが、どうせ任務の中で死ぬ運命であるので関係がない。
採取したものは、暗殺者が「食べてよし」とお墨付きを出すまで食べる事は出来ない。
しかし、どこでもかしこでも火を起こせる訳ではないし、調理出来るはずもなく、逃亡生活では保存食をかじる事がほとんどである。
そして、逃亡生活で消耗するのは体力や食料だけではない。服はほつれ、武器の刃はこぼれる。
どこかの街で保存食を手に入れ、傷んだ装備を調達しなくてはならない。
しかし、街は占拠され廃墟化しており、商人などいないので装備調達どころの騒ぎでは無いし、その前に占拠された街に入る事が無理
なのだが。
ただ、今は戦時中だ。街から逃げ出す商人に運良く出くわす可能性もある。
今回も「運良く」山の中で商人に出会った。
「いやぁ、参りましたよ。逃げるのに少しでも軽くしたいんで、何でも売りますよ!」
商人は愛想良く手をもんだ。
皇女を始め一行は「助かった」と商品の物色をはじめた、ただ一人ハーデスを除いて。
ハーデスは思った。「都合が良すぎる」と。
都合が良い部分
・山の中で必要な時に商人に出会った事。
・逃げていた人間が人に分け与えるだけの保存食を持っていた事。
・領内の人間が皇女を知らず、集団を不審に思わない事。
・武器商人でない商人が武器を偶然商っている事。
・商人が独り身であり、一人で行動していた事。
侍女がリストアップされた物を見ながら必要なものを物色する。
「干し肉と干した果実、常備薬となるポーション・・・うひゃー長い槍ですねー、使える人いるのかなー?って、そんな場合じゃなかった。ハーデスさーん、装備品は必要ないですかー?」
「私は身軽さがウリなので防具は必要ありません。武器になる投げナイフと暗器は・・・そうですね、そこで商人のフリをした暗殺者に分けてもらうから構いませんよ」
ハーデスは何げなく言った。
もちろん商人がヘレナを暗殺しようとした場合に備え、人にわからないように身構えたのは言うまでもない。
周りの人間も「ハーデスの言う事に間違いはない」とばかりに迷う事なく皇女を護るように取り囲んだ。
商人は慌てたように「何で私が暗殺者なんですか!冗談を言わないでください!」と言ったが、ハーデスは「あなたが暗殺者でないなら、その証拠としてその干し肉を食べてみて下さい。その干し肉からは毒の匂いがプンプンします。代金は払いますんで、遠慮しないで、さぁ!」と楽しそうに言った。
商人は「干し肉を食べれば良いんですね」と、汗をかきながら干し肉を飲み込んだ。
ハーデスは拍手をしながら
「お疲れ様でした。あなたがこの干し肉を飲み込んだお陰で、この毒がリンドウの毒である事がわかりました。毒の耐性は出来ても、舌のシビレだけはどうしようもないですからね。リンドウの毒を摂取するコツは舌にさわらずに飲み込む事!お見事です!」
商人はハーデスが言い終わると同時に逃走した。
「ハーデス!逃がさないで!」
ヘレナは叫んだ。
いくら暗殺を防いでも、暗殺者を取り逃がし、暗殺者が敵の本陣に逃げ帰り、「ここらへんに隠れている」という事実を暴露するだけで、軍隊による山狩りが行われ、皇女一行は捕らえられる、暗殺者を逃がす事は一貫の終わりを意味するのだ。
ハーデスは皇女に言われるまでもなく暗殺者を追った。
山の中で逃げきれば良いのである、逃げるのに有利だから皇女一行も山の中に隠れたのだし、逃げる側が断然有利である。しかし、ハーデスが優秀さで暗殺者を崖っぷちに追い詰める事に成功する。
「いつ頃から俺が暗殺者と気付いていたんだ?」暗殺者に商人のフリをしていた時の慇懃さはない。
「いつ、と言われましても・・・敢えて言うならば『目を見た瞬間』でしょうか?あなたは私がよく知る『暗殺者の目』をしています。一度疑い出すと不審な事だらけ、イヤでもわかるってもんです。」
ハーデスはそう答えた。
「最初からバレてたって訳か。でもお前が読み違えてた事もあるぞ。俺がいつ単独の暗殺者だと思った?俺は暗殺者集団の一人でしかないぞ」
その時ハーデスは絶対優位にいるが故の油断を自分がしていた事に気付いた。
暗殺者はハーデスに質問したのではない。崖は仲間の集合場所であり、味方が集まるまでの時間稼ぎをしていたのだ。
自分一人であればこの状況から逃げる事が出来る。しかし、暗殺者を一人でも逃がしてしまえば皇女は捕らえられ、処刑される。
光明はあった。暗殺者がバラバラに逃げれば、もう為す術はなく皇女の居所が明らかになる。しかし、暗殺者集団はサディスティックな感情から「ハーデスを全員で嬲り殺しにしよう」としている。
「暗殺者を一ヶ所に集め、一網打尽にする」
それが出来れば、こちらの勝ちだ。
ハーデスはここを死地と定めた。
それは戦いというより、リンチだった。暗殺者達は四方八方よりハーデスにナイフを投げた。ハーデスは急所への直撃だけは避けていたが、全身に投げナイフを浴びていた。
そしてついに、ハーデスが地に膝をついた。
「その瞬間を待っていた」とばかりに暗殺者達はハーデスに向かって殺到した。
しかし、その瞬間を本当に待っていたのはハーデスだった。
暗殺者達が自分に刃物を突き立てるタイミングで自決用のマジックミサイルを使い、自分の周りをなぎはらった。
大爆発の後、辛うじて息がある二人が残された。ハーデスと商人のフリをしていた暗殺者である。
「コイツさえいなければ・・・いや、コイツが暗殺者と見破れていれば・・・」
暗殺者は口惜しそうに呟いた。
ハーデスは自分が暗殺者と思われていなかった事を知り「あなたの目から私は何に見えていたのですか?」と暗殺者に質問した。
「お前を見つめる皇女、皇女を見つめるお前はまるで互いを労る兄妹のようだった。俺も信用できる主に出会えていれば、あるいは・・・」暗殺者はここまで言って息絶えた。
「あなたを殺すのは私です。あなたは他の誰に殺されてもいけません。私があなたを守る事はもう出来ませんが、せいぜい命を大切にしてください・・・」ハーデスは最後に呟くように言い、瞳を閉じた。
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