続 落ちこぼれ魔法師のトリマー
湯煙
第1話 新しい仲間(トニー)
僕アレックスと妻イライザが、シャーロットタウンの隣村サンドニタウンへ来てから半年が過ぎた。
僕等はブライトン医院の一階で、トリミングサロンを開いている。
チョココ医院の状況を事前に調べ、必要なものは何でも……トリミングスペースも入浴スペースも器具もパウダー類も何もかも揃っていて、あとは僕等が到着したらすぐ仕事に入れる状態だった。ブライトンさんがどれだけ真剣に僕等を待ち望んでくれていたかが判って、僕もイライザも本当にびっくりしたし、すごく嬉しかったんだ。
ブライトンさんは奥さんのカナリーさんと一緒に、僕等を笑顔で迎えいれてくれた。そして一緒に、トリマーとトリマー助手希望の二人を紹介してくれた。チョココさんから聞いて、早めに見習いと助手を募集してくれていたようだ。
僕等の仕事は、お店でもお店の外でもやらなければならないことは多い。
人手は必ず必要になるからね。
今日はトリマー希望の方を紹介しよう。
ブライトンさんやカナリーさんと同じ人間種の男性でトニー、二十五歳。
短く刈った金髪で瞳が知性的な聡明そうな人。
引き締まった身体とスラリとした長身。
彼は、魔法学校を卒業したあと、軍に入った。そして戦場で大怪我し、片足に少し障害が残ってしまったそうだ。そのまま軍に居てもできる仕事はいくらでもあったけれど、彼の満足できるようには動けないことがストレスで魔法戦士の道を諦めたんだって。
僕には勿体ない気もするけど、彼のことは彼にしか判らないから、彼の判断を尊重するよ。
どうせなら戦争と関係の無い仕事をと探していたところ、トリマーという仕事があることを聞き、ブライトンさんが見習い募集していたタイミングと合ってここに来たのだそうだ。魔法医師の仕事を何故選ばないのかと思ったけれど、彼には彼の理由があるんだろう。
魔法関連職で、魔法戦士と魔法医師は人気職だ。
やり甲斐はあるし、給料だって相当高額。
優秀な人材が集まる職業で、僕も憧れていた仕事。
僕は魔法力不足で狙うことはできなかったけれどもね。
トニーの魔法力は確実に僕より高い。
だからテクニックを学び、お客さんに合わせて仕事を調整できる経験があればいいはず。
うん、僕に教えられることは全て教えよう。
お客さんと上手に付き合うことができれば、きっと優秀なトリマーになれる。
彼は戦争で左足に大怪我を負って、歩く分には不自由はないけれど、走るとなると難しいらしい。
仕事前と終わったあと、ブライトンさんに診て貰いながらリハビリを続けている。
膝を曲げるときは痛そうな表情をするけれど、その姿はいつも前向きで、僕もイライザも彼の助けになることがあるなら可能な限り助力したいと思わせられるんだ。
リハビリが終わった後、自分の手で左足を念入りにマッサージしている。
その時の自分の足を見るときの目は、愛おしいものを見るような、寂しい気持ちを抑えているような、そんな切なさに満ちている。僕もその姿を見るたびに胸がキュッと締め付けられるんだ。
トリミングに来るお客さんの中には、怪我の跡を体毛で隠そうとする方が居る。
もうまったく目立たない傷でも、目立つところにはない場所の傷でも隠したいと僕等に伝えてくるんだ。
今では一人でほとんどのお客さんの相手ができるようになったトニーは、そのようなお客さんのトリミングする時も、自分の足を見るときと同じような目をしている。
薬剤で洗浄した後、肌に優しい毛艶の出るパウダーを、毛の根元から毛先まで両手で丁寧にこするように柔らかく擦り付けていく。そしてお客さんの希望に沿うように、優しくゆっくりとブラッシングしているんだ。
彼をいつも見ている僕には判る。
ああ、彼はお客さんの心の痛みを我がことのように感じながら仕事しているってね。
そしてトニーは、お会計を済ませたお客さんに微笑みながら深々と礼をして、とても、とても優しい声で言うんだ。
「またのご利用を心からお待ちしています」
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