コトノハ

○ 螢

 目の前さえ見えない黒い闇の中を、ただただ走っていた。

 何処どこへ行きたいのか、何処へ向かっているのか、この道が何処へと続いているのか。

 そんな事なんて、何一つとして分かっちゃいないけど。

 後ろから追い掛けて来る『ナニカ』が、怖くて、押し潰されそうで、自分の身を守るために逃げているという事だけは、何故なぜだかはっきりと分かっていた。

 もう既に、息切れしていて。

 何度も、何度も、立ち止まりそうになって。

 その度に、後ろの『ナニカ』の存在を、強く感じて。

 一度も立ち止まること無く、走っていた。

 でも──

「あっ…………!」

 走り続けてすっかり疲れきった体は、自分の意志に反して、あまり動かなかった様で。

 両足がもつれて、勢いよく転んで仕舞った。

 立ち上がろうと、力を入れた。

 でも、立ち上がる事が出来なかった。

 後ろの『ナニカ』から逃げなくちゃ。

 そう思うのに。

 どうしよう、走れない。立ち上がる事さえ、出来ない。

『ナニカ』に押し潰される前に、不安に押し潰されそうで………。

 目から涙が溢れ出す。

 カタカタと、体が震える。

 ただただ、怖かった。不安だった。

 怖い怖い怖い……………。

 誰かに助けて欲しい。

 震えて泣いていると、目の前がボゥ……と、仄白く光った。

 小さな小さな、今にも消えそうな儚い光は、けれどしっかりとまたたいていた。

 瞬きながら、こちらへと向かって来る。

 震える私を励ます様に、慰める様に、周りを飛ぶ。

 そっ……と、頭に光が触れた。

 その光は、暖かくて。

 理由わけもなく、ただただ安心した。

 いつの間にか、震えは止まっていた。

 目元をこすって、涙を拭った。

 大丈夫、もう、立ち上がれる。

 後ろの『ナニカ』の存在を感じてはいたけれど、さっきより怖くは無かった。

 走らなくたって、歩けばいいや。

 逃げなくたって、きっと大丈夫。

 だって、ほら。

 こんなにも綺麗に笑えている。

 立ち上がって歩き出す私を応援している様な、仄白い光は



“螢”の様だった。

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