第219話 死神と呼ばれた少女は過去を超え



 地球上がりメンフィス火薬実弾式自動小銃アサルトライフルを斉射するよりも早く、近接打撃双銃が空を切る。

 ふところに入り込み穿たれるそれは、小銃の銃身を変形させるほどの威力で薙ぎ払われた。

 振り抜かれた御業が、地上で言う露国発祥の軍隊格闘〈システマ〉にも似た動きと悟る地球上がりも、すぐさま小銃を捨てアーミーナイフを抜く。


 だが、そのナイフ捌きさえも脅かす双銃は、ナイフをへし折るソードブレイカー付きの特別製。

 竜のあぎととも言えるそれで、防がれれば折られると言うジレンマが、地球上がりを踏み込めない状況へと誘い込む。


「邪魔をするな、女! 俺の目的が人種差別を公言する宇宙人うちゅうじん全てでも、お前が女であるならこれ以上の無粋を働くつもりはないっ! 」


「言ってる事が無茶苦茶ね、あんた! 復讐心任せで襲って置きながら、その相手が女性ならば手を抜くとか、笑わせんじゃないわよっ! 相手を憎むんなら、女性だろうと等しく憎めばいい! その方が私もくみし易いわっ! それとね――」


 纏わり付く様な双銃の舞いは、男の娘大尉アシュリー翡翠色の機体ヒュレイカ・カスタムで見せるそれと同等。

 相手が機動兵装だろうと生身の人間であろうと、宿

 かつて炎陽の勇者に救われ、生まれ変わった翡翠色ジェイダイトの鉄槌には一点の曇りもありはしなかった。


 双銃とアーミーナイフかち合う度、火花と耳をつんざく高周波領域の金属音が散る。

 そこへ双炎の大尉綾奈は踏み込まない。

 彼女が救い上げた命が今、


 崇拝する女性に見守られた男の娘大尉の咆哮が、無数に襲い来る双銃の打撃と共に放たれた。


「私は男を捨てた者! 姉と母へ恥辱を与えおとしめた、男共のいる星州を憤怒のままに滅ぼした死神よっ! けどね……今はその贖罪を背負って前へと進んでいる! あんたが宇宙人うちゅうじんと呼び捨てる、敬愛なる家族と共にねっ! 」


「な……男、だと!? ……がっ……!? 」


 そしてその咆哮……そこに含まれた、大きく隙を見せた刹那――


 双炎の大尉も舌を巻く足刀蹴りが、地球上がりの鳩尾みぞおちを蹴り抜いた。


 蹴り飛ばされ、床面を転がる地球上がりへ突き付けられる双銃の片割れ。

 制圧目的として非殺傷弾を装填したそれが、這いつくばる地球上がりへと向けられた。


「私が男だと聞いて動揺したの? ならそれこそ、あんたが憎む差別そのものじゃない。なら言わせて貰うわ……私達を舐めてんじゃねぇぞ、クソヤロウ! 」


 咆哮は、性の壁を超えたあらゆる者達を代表し刻まれた。

 かつて死神と呼ばれた少女である少年は、己の過去と向き合い、ひるまず、全てを背負って今を生きる。


 そして彼女の咆哮が、地球上がりの心から過去の思い出を引き上げた。

 同性であろうと敬愛した友人と、地球であらゆる差別根絶のため活動していた日々の思い出を。


「……俺は、あいつを信頼していた。愛してさえいた。女性と見紛う美貌で、男としてあらゆる差別と戦うあいつを。それを奪ったんだ……火星圏のクソ共は。だが――」


「違うのか?お前たちは。差別に憤怒するお前達は、奴らとは本当に違うのか? ならば、俺は……戦っていたのだ。俺は……。」


 少女の心が――言葉が地球上がりの心を溶かして行く。

 語られた事実で、彼が何を以って狂気を宿していたかを少女は理解した。

 視線で双炎の大尉へ対応を問えば、静かに双眸を閉じた彼女から「あなたの好きになさい」と送られた。


 首肯し双眸へ男泣きの雫を湛える男が、狂気の闇から解き放たれたのを見届けた男の娘大尉は……優しく男を両手で包み込んだのだ。


「投降なさい、メンフィス・ザリッド。敬愛するお姉さまから、あんたが地球最大の正義を成す国家出生と、お聞きしているわ。だから今なら、まだ間に合う――」


「あんたが己のしでかした事を間違いと気付いた今なら、その正義を元の鞘に戻すことも叶う。私も協力するから……投降、しましょう? 」


 少年は己の姉を、母親をおとめた相手を滅ぼし死神と恐れられた。

 けれどその心は双炎の大尉と、さらには炎陽の勇者に救い上げられる。

 程なく多くのソシャール民を救った証とし、翡翠色の救済者セイバー・オブ・ジェイダイトの名をたまわった彼女。



 その彼女が今、また新たに一つの心を救い上げる事となったのだ。

 


》》》》



「こちら神倶羅かぐら、メンフィス・ザリッドの投降を確認しました。すでにファクトリー・ソシャール民が監禁された区画隔壁も解除。これより宇宙国際法に基づく救助活動に移ります。」


『了解した。お疲れ様だ、綾奈あやな。だが救助活動が全て終了するまでは、気を抜くなよ? 』


「ええ、分かったわ。宇宙側の指揮はサイガ少佐に任せます。」


 ファクトリー管制制御を取り戻した私達は、程なくファクトリー民の救助活動に入る。

 その間に投降したメンフィスを人道的配慮の元旗艦へと移送するため、Ωオメガ・フォースへの引き渡しと、制御室から最も近いファクトリー第一格納庫搬入路へと赴いた。


 そこで――


「あの……出過ぎた真似でした、お姉さま。けどあいつの――メンフィスが口にした愛した同性の友人と言う下りを聞いて、こうするべきと身体が動いてしまいました。」


 いつもの騒がしさもナリを潜めたアシュリーが、しおらしく謝罪の言葉を述べて来る。

 けど……私としては、彼女の行動の一体どこへ謝罪を要する行為があったかを、お教え願いたい所だった。


「あなたが一体、何に対して謝罪すると言うの? あなたは私が、宗家人生を捨ててでも救わなければと思った小さな命。その小さな命が、死神と呼ばれた過去を超える活躍を見せている――」


「そんな、己の過去と向き合わんとし、前へと進むあなたは私の力であり誇りです。本当に、真っ直ぐな心を取り戻してくれてありがとう、アシュリー。」


 うつむき、上目使いで見上げる彼女はもう、あの時の様な憎悪と復讐の気配など微塵もない。

 それは、メンフィスを制した事が何よりの証拠。


 そう――重要な意味があったんだ。


 翡翠色ジェイダイトに煌めく御髪を優しくなで上げ、よくぞここまで過去を超え歩んだと、私の精一杯の笑顔を贈る。

 私が宇宙そらへ上がったかくたる証――己が成した何物にも代え難い、翡翠色ジェイダイトの命へ。


 そこまでを黙して見やっていた二人……カノエとエリュが、私と入れ替わる様にアシュリーへと抱き付き、見れば彼女達でもそうはない涙を双眸へ湛えていたんだ。


「ちょっ……苦し――カノエ!?エリュ!? 苦しいからっ! 」


「いいえ、今日と言う今日は言わせて貰うわ! ほんとにウチの隊長と来たら、あんなにカッコイイ啖呵を切って! ほんとに……私達を代表して……。」


「あら〜〜。あの気丈なカノエが泣いてるわ〜〜。でもでも〜〜、何だか私も泣けてきたわ〜〜。だってぇ――」


「きっと今この宇宙人そらびと社会の中でも〜〜私達少数性は〜〜肩身が狭いわ〜〜。けど隊長が言ってくれたわ〜〜。私達を舐めてんじゃねぇぞ〜〜って〜〜。グスッ……。」


「もう……二人ともお化粧がぐしゃぐしゃじゃない。 泣きすぎだから。」


 オネェを自称するカノエも、とある事情からニューハーフとして己を貫くエリュトロンも……小惑星アステロイド帯以遠のあらゆる差別を禁じる文化圏では兎も角、それ以外では彼女らの言う通り。

 肩身の狭い彼女達は、それを悟られまいと気丈に生きて来た。


 アシュリーはそんな彼女達の希望。

 だからあのメンフィスが漏らした、愛した同性と言う言葉を重んじたんだ。


 抱き合い未だ泣きはらす三人を見やる中、ライジングサンから降りたいつき君と首肯し合う。

 この結末は、彼が私のために尽力してくれたからこそ導かれたのは言うまでもない。


「さあ、いつき君。ファクトリー民を保護しに行かないと。」


「了解っす。もうクリシャさん率いるセイバーハンズも、現地入りして活動準備中……なら俺達は、周辺の警備をクオンさんとΩオメガフォースにまかせて活動の支援、っすね。」


「その手はずで。ほらアシュリー、カノエ、エリュ。私達も動わよ? ……って、三人ともまず顔を拭く。お化粧直しの時間はないわよ? 」


 いつき君もすでに立派な救急救命の任をこなす機士。

 彼の言葉でしかと今を見極め行動に移る。


 、まだファクトリー民を無事に保護する任務が残っているから。


 Ωオメガ・フォースも到着を見た頃、メンフィスをそちらへ引き渡し――



 全てを受け入れるに至った彼から、「此度は迷惑をかけた。。」と深く下げたこうべと共に、メンフィスの観念した言葉を受け取る事となった。

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