第65話 静寂を穿つ戦火



『隊長様~~対向重粒子渦淵反応砲ボクスター・ヴォルテクサーの命中~~確認しました~~。』


『予定通りに宇宙人の楽園~~ソシャール外縁を、かすめる様に設定~~。ソシャール居住地区への損害は、軽微と~~。』


 ガニメデ宙域方面——エウロパからまさに3万の距離へ浮かぶ巨大なる影。

 全容を現した姿はまさに怪鳥——漆黒の指揮するザガー・カルツ部隊における新たなる旗艦にして、エイワス・ヒュビネットの切り札の一つ。

 失われし船ロスト・エイジ・シップ……【凶鳥フレスベルグ】が宇宙人の楽園アル・カンデを強襲した。


 しかし3万の距離をして、楽園に打撃を与えたるはその禁忌の怪鳥が擁する破壊の閃条——超超射程・収束エネルギー反応砲の脅威。

 失われし船と呼ばれる存在へ、本来備わる禁断の大戦兵器——神代の時代、とされる天のイカヅチとも称される。


「ああ、上々だ。この木星圏を縛る巨大な超重力の壁——その影響もある程度は無視出来る……流石は生まれた船だ。」


「——言っておくが、それはあくまで威嚇に留める。そんな代物を部隊が接敵するド真ん中へ打ち込めば、仲間まで巻き沿いになるからな。そう——」


 漆黒ヒュビネットが、重装カスタムされたD・Mディザード・マイスターズ=ハイマニューバ内——前面を外部光学映像で埋めるコックピット内で、禁忌の怪鳥を管理するコアである少女ブリュンヒルデへ注釈を加える。

 そして浮かぶ嘲笑ちょうしょうはそのままに——救いし者達クロノセイバーにとっての不穏を吐き捨てた。


「——その破壊の訪れはあの聖剣コル・ブラント……との決戦用だ。データから洗い出したあちらの禁忌——随分と形状が違うと思えば、。」


「今のアレに、滅亡の砲火などくれてやるまでも無い——聖なる剣とやらが姿を晒すまではな……!」


 吐き捨てた不穏も後塵に変え——禁忌の怪鳥を従えた漆黒の部隊は、楽園アル・カンデへの進路を取る。

 後に続くは戦狼の臥双がそう、砲撃手のストライフ=リム——最後方には狩人のハーミット。

 そして——因果がもたらす戦火の火蓋が切って落とされた。



》》》》



「各艦戦闘態勢!発進シークエンス1から3まで省略——緊急出撃だ!」


「これより【聖剣】は漆黒の部隊への防衛行動……同時に【アル・カンデ】への救急救命行動レスキュー・ミッションを開始する!」


 開かずの外部ソシャールよりの緊急出撃——巨大なる剣の艦影が姿を表す。

 ソシャール大格納庫より出撃した蒼と赤の霊機は、戦闘態勢のまま旗艦の出撃を護衛する。


「了解!旗艦出力60%で推移——【聖剣】微速前進!」


「艦内及びソシャール間の量子波レベル安定域——通信状況良好です!」


「指令様!対抗争鎮圧用兵装レジスト・ディフェンス・ウエポンシステム……技術制限下におけるレベルCまで制限解除です!統一場粒子曲射迎撃兵装クインティア・インターセプター及び主砲副砲のエネルギー ——出力良好ですよ!」


 操舵を担うフリーマン軍曹——巨大なる旗艦を繊細なる航行で宇宙を走らせ——

 方言から凛々しき任務口調へ変化させた通信手ヴェシンカス軍曹——各通信状況をデータにて確認し——

 これ以降技術制限の管理・担当するため、剣の旗艦への搭乗を継続する技術監督官リヴ・ケイス嬢——現在使用可能な兵装制限を解除し、漆黒との接敵に備える。


「了解だ監督官殿……!よし——これより救急救命艦隊、全船発艦!ソシャールにおける救急救命行動レスキュー・ミッション……その全権を工藤大尉へ移行する!頼むぞ。大尉!」


 漆黒と防衛部隊が対峙する一方——すでにソシャール外縁を掠めた未知のエネルギー砲被害……そちらの対応として、ついに救急救命艦隊全艦への発艦命令が下る。

 その命へ、今までに無い感慨と決意をかざし——【救いの御手セイバー・ハンズ】部隊を纏める猛将が宇宙そらへ向け吠えた。


「心得た!我らにおける晴れ舞台——暁型第六兵装艦隊、全船発艦せよ!」


「シャーロット中尉……貴君らの出番だ!良いな——……その救いの御手で危機に瀕した者達を、!」


 猛将の猛る咆哮は、救急救命部隊の女神へもたぎる思いを湧き上がらせ——


『——言われるまでもないぞ、工藤艦長殿!【救いの御手セイバー・ハンズ】全機……発進!』


 剣の旗艦から分離し、被害区画へ向かう暁型第六兵装艦隊。

 旗艦である〈いかづち〉の名を冠するそれを始め、命を見つけ出す目〈あかつき〉と命を見つけ出す耳〈ひびき〉が両翼に展開。

 救助者の有無を、あらゆる電波によって視覚化し——霊量子振動を聞く事で、確認した要救助者の詳細な生命情報をつぶさに捉える。

 そこに救助者があれば、救いの女神達が全速力で駆け付け、一刻を争う命の救助に当たり――〈いなづま〉の名を冠する救命艦隊最後の砦が、命を繋ぎ止める。


 これこそ剣の旗艦が、を取る姿の真価であり——宇宙そらにおける姿なのだ。


「救急救命艦隊の全船発艦確認——と、指令!……ソシャールの緊急潮汐力予報が配信されています!」


「くっ……予想より早いか……!よしこちらへ回せ!」


 小麦色の肌のグレーノン曹長から送られる、今しがた届いたとおぼしき通信——剣の旗艦艦長も、それを悪い方向へ予想していたのであろう……すぐさまその予報と称されたデータを確認。

 次いでそこから得られる作戦の影響を、作戦参加する各隊員へ通信を発する。


「各員よく聞け!緊急潮汐力予報が発表された……すでに衛星イオが軌道共鳴位置に達している。ガニメデも含めた三衛星の重力集束が予報された。」


「——よって、重力安定時期はイオがエウロパへ最も接近する時刻まで!それ以降は重力場が分散し——最悪イオの潮汐力に持って行かれる事となる!」


 木星圏を代表するガリレオ衛星——それらが取る軌道共鳴は、三衛星の軌道周期が一定の数値で共鳴し合う現象である。

 特に三衛星が最も接近する際の潮汐力は、衛星が外側に膨む方向と――木星が軌道を内へ戻そうとする二点へ集束される。

 軌道共鳴時において木星を含む重力ベクトルが二点に絞られる状況を、この宙域における安定期と定めており——再び重力方向が分散されるまでが、作戦行動のリミットとなる。


「特にフレーム隊はその限界点に留意せよ!下手をすればイオに引かれて!」


 取り分け大型衛星の内、最も内縁を周回するイオは1日で巨大な主星を巡るほどの常軌を逸する公転速度。

 従って、エウロパから離れたイオの発する潮汐力――重力を振り切れぬ機体がそれに捕らわれればひとたまりも無い。

 その限界点は同時に敵部隊にとっても限界点と成り得るゆえ——実質の戦闘時間限界は、まさにエウロパに対する衛星イオの近衛点までがリミットと設定された。


 エウロパ——ソシャール宙域からすでに3000を超える場所。

 旗艦護衛を遂行したまま放たれた指示内容を聞き終えた蒼き霊機の英雄は、唐突に極秘回線を開く。

 送り先は他でも無い、各霊機のメイン及びサポート・パイロットへの物である。


「皆、これから話す事をよく聞いてくれ。——これは冗談や悪ふざけのたぐいでは無い真実と、先に忠告した上で言うが——」


 当然極秘回線は、各個人個別へ送信される霊機に備わる設備である。

 その個別回線へ、皆へ向けたと言い放つ英雄の言葉に意図があると察したパイロット達――口を挟まぬ様耳をすますいつき、ジーナ……そして綾奈あやな


月読つくよみ指令から……我ら剣の旗艦と言う家族内に——あの漆黒の部隊から潜入したと見られる内通者が確認された。」


『……えっ!?それ……本当なの!?』


『そんな……内通……者……なんて!』


 同じ霊機へ搭乗する者へ——取り分けそのサポート・パイロット達へ動揺が突き抜ける。

 しかしここはすでに戦場の只中——通常であれば、この様なタイミングで暴露する内容ではない。

 それは確実に、隊の士気を損ね兼ねない内容であるためだ。


 だがそのサポートを担う女性の動揺を他所に、至って冷静に事を見据える少年がいた。

 蒼き英雄のコックピット内モニター ——映し出される少年の面持ちに、一切の動揺すら見られない。

 霊機を駆る隊内では一番日の浅い少年……それが影響していると言う訳ではない事を——赤き霊機を駆る勇者自らが証明した。


『クオンさん……普通はそれ——今言う事じゃないっすよね。て事は、考えがあって持って来た……違うっすか?』


「察しがいいないつき……その通りだ。」


 その通信は極秘回線——他の二人はそれぞれ独立し、少年が言い放った言葉は蒼き英雄だけに届いている。

 赤き勇者の発した回線と、映る迷いなき双眸へ——英雄はしたり顔を返す。

 回線は届かない——届かないが、二人のサポートを担う女神に少年の面持ちが……英雄とのやり取りを通し余す事無く伝わった。


 そのやり取りこそが、漆黒の部隊に存在しない決定打——彼らは意図せずそれを交わし合う。

 言葉を伝えずとも、阿吽の呼吸で必要とされる意思を繋いで行く。


 したり顔の英雄は、それが皆に伝わった事を確認し——彼が生み出した、を伝えて行く。


「我ら霊装機隊は、これより通信回線を繋いだまま——アイコンタクトのみでのにて漆黒を迎え撃つ!」


「いいな……これより通常通信は、そのだ!オレは皆へ部隊行動を指揮している様に見せかける——」


 発された言葉から、

 前代未聞の作戦指揮——まともな軍隊であれば、もはや部隊が瓦解し兼ねない事態。

 だが——共に宇宙そらを駆けた者達だからこその作戦指揮……英雄に迷いなど無い。


「詳細は既に月読つくよみ指令と打ち合わせ済み——だから見せてやろう、あの天才に……。これが……戦い方だとな!」


 蒼き英雄は常に仲間へへりくだる態度。

 上官ぶる様な事はこれまでに確認されていない——だが、英雄の視界に映るモニター群……映し出された霊機を駆る者達の双眸は

 偉ぶる事が無くとも、その背へ自然に皆が従おうとする。

 内通者への不安も吹き飛ばす英雄の考えに、映る者達全てが無言の敬礼を送る。


 そして、蒼き英雄からの視点でのみ確認出来る各種映像――霊機を駆る者達の映像に隣り合う、さらにが同じく送られる敬礼を映し出す。

 左に並ぶは火星圏のエリートである【キルス隊】——そして、右に映し出されたのは……、【】の物であった。

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