第63話 彼氏彼女の事情

 そして昼休みがやってきた。


 俺がいつもの様に桃園さんとユウちゃんの隣に座ろうとすると、ミカンが手招きした。


「武田、何やってんの、私の隣に来なさいよ」


「えっ、何で」


「何でって、アンタ私の彼氏でしょーが! 早く来なさい!」


 あ、そうか。彼氏彼女になったんだから、隣に座るのが自然か。


「じゃあ……失礼します」


 俺がミカンの隣に腰掛けると、ミカンは不満そうに口を尖らせた。


「何やってんの、もっとくっつきなさいよ」


「……こうですか」


 俺がお尻半分ほどの距離を近づけると、ミカンはさらに不満そうな顔になった。


「もっと!」


 ピタッと身を寄せてくるミカン。ミカンの柔らかな太ももの感触と体温が伝わってくる。


「あはは、武田くん、さっそく尻に敷かれてるね」


 小鳥遊が苦笑する。


「そうですね。でも、お似合いだと思います。お二人……おめでとうございます」


 桃園さんが俺に向かって弱々しい笑顔を見せる。


 何だか桃園さん、元気が無いな。休み時間の時も顔色が悪かったし、まだ具合が良くないのかな。


「ありがとう、桃園さん」


 俺も力なく返事をした。


 チラリと横を向くと、ユウちゃんは下を向いて黙々とお弁当を食べている。


「それじゃ、いただきまーす」


 ミカンが弁当箱を開けた。


 今日もミカンの手作り弁当だろうか? そう思って見ていると、ミカンは箸で卵焼きを掴み、俺のほうに向けてきた。


「はい、あーん」


「えっ」


 俺が固まっていると、ミカンは見る見るうちに不機嫌になった。


「あーんって言ってるでしょ。早く口を開けなさいよ」


「わ、分かったよ」


 俺が観念して口を開けると、ミカンは俺の口の中に卵焼きを放り込んだ。


 うう、小っ恥ずかしいなあ、もう。


「うん、美味しいよ」


 口に入れた卵焼きを味わう。程よい甘さと出汁が効いていて美味しい。流石はミカン、料理上手だ。


「でしょ?」


 ニコリと笑うミカン。恋人同士って、こんな感じなのかな。だけど――。


 俺はバレンタインの日、桃園さんにあーんしてもらった時のことを思い出した。


 あの時のような甘酸っぱさというか、ふわふわした気持ちにはならないのは何でだろう。


 二回目だからかな。それにミカンは特に押しって訳でもないしな。


「そうだ、明日から私がお弁当を作ってきてあげる。いいでしょ?」


 ミカンの突然の提案に、キョドりながらもうなずく。


「えっ? ああ、うん」


「じゃあ、決まり。お母さんにはお弁当作らなくていいって伝えておいてね」


 そう言いながら腕に抱きつくミカン。もちろん、柔らかいおっぱいを腕に押し付けてくるのも忘れない。


 よく考えたらすごいよな、小鳥遊は。いつもここまでミカンにベタベタされて何も感じないんだから。



「はー、食った食った」


 そんなこんなで俺が弁当を食べ終え、足を伸ばしてくつろいでいると、ミカンが今度はポンポンと自分のを太ももを叩いた。


「武田、ほら」


「へ?」


 俺が間抜けな声を出すと、ミカンは眉をひそめた。


「『へ』じゃないの。膝枕してあげるわよ」


 は?


 パンチラしながら正座をし、膝を叩くミカンを、俺はじっと見つめた。


「いや、いいよ、そこまでしてくれなくて」


 ぶんぶんと頭を振る俺を見て、ミカンはますます不機嫌になる。


「何言ってんのよ、カップルと言えば膝枕でしょうが」


 そうか?


「じゃあ、失礼して……」


 ぷに。


 ミカンの太ももに頭を乗せる。ムチムチの太ももは、暖かくて柔らかくて……。


「ふふっ、かーわいい」


 ミカンが俺の頭を撫でる。

 悪戯っぽい眼差し。思わずドキリとする。


 でも……なんというか……。


 なんだか落ち着かない!!


 みんなが見ているからだろうか。


 桃園さんにデレデレした顔を見られていないかと気が気じゃない。


「あ、ありがとう」


 結局俺は、三十秒ほどでミカンの膝から起き上がった。


「あら、もういいの?」


「うん、昼休みも終わるし」


「ふーん、まあいいわ。彼氏が出来たらしたいことリストのうちの二つ、お弁当あーんと膝枕はできたし」


 ミカンがポケットから何やら「したいことリスト」と書かれたメモを取りだし、「あーん」と「ひざまくら」という文字に線を引いて消した。


 俺が呆れていると、ミカンはクルリとこちらに向き直った。


「そうだ。明日休みだからデートしましょうよ。やりたいこと、たくさんあるんだ!」


 おいおい、一体そのリストには何個こんなことが書かれているんだ。


 というか、その相手が小鳥遊じゃなくて俺でもいいのか?



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