第166話 現実(2)

「なんだか・・高宮さんがかわいそうで、」


夏希はようやく見つけた言葉でそう言った。


「かわいそう?」


「妹さんの結納があるんですけど。 お婿さんを取って、・・その・・えっと、地面? 地主?」


「・・地盤?」


「そう! それを・・ついでもらうらしいんですけど。 もう高宮さんは必要ない人になってしまうんじゃないか、とか。自分でそれを望んでいるにしても。 すっごい居づらい状況なんじゃないかとか。 ここで、別れたらまたしばらく会えないなあとか。 もう、一瞬のうちに色んなことを考えてしまって、」


泣きながらそういう彼女が本当にいじらしい。


「でも、やっぱり高宮さんとおつきあいするなんて・・違うんじゃないかって、」


「そんなこと、ないわよ・・」


と慰めたが、夏希はもっともっと泣き出した。



「もう、そんなに泣いて。 ついていってしまったんやからしょうがないやん。 明日、帰ってくるんでしょう? お金はあるの?」


「た、高宮さんに貸してもらったので・・」


「でも、このまま帰ってきてしまったら、しこりを残したまままた高宮さんと何ヶ月も離れ離れになってしまう。もう一度きちんと話をして・・」


「今夜はもう用事があるみたいですから。 妹さんの結納は明後日なので。 あたしは・・明日、帰りますから・・」


「加瀬さん、」


「今度はちゃんと帰りますから・・」



こっちまで


胸が痛くなるやんか



萌香は小さなため息をついた。




「あいつらはいったい何をしているんだ? なんの逃避行なんだ?? え?」


斯波はもう呆れてしまった。


「加瀬さん本人もよくわかってないみたい。  勝手にもう体が動いてしまって、みたいな。 それで、場違いな空気に傷ついて。」


斯波は何だか腹立たしい気持ちになって携帯を手にした。


「ど、どこに電話をするの、」


「加瀬に今すぐ帰って来いって言う。」


いきなりの行動に、


「ちょ、ちょっと待って。」


萌香は慌てて彼の手をとって止めた。


「また気持ちが行き違いになったまま、離れ離れになったらどうするんですか。」


「でも! わかってたことだ! おれは初めっから加瀬には高宮なんか無理だと思ってた!」


「清四郎さん、」


「高宮が。 高宮のほうから加瀬のことを好きにならなければ! あいつらは絶対につきあうことになんかならなかったはずなんだ!」



斯波の心配が


手に取るようにわかった。


「今ならまだ傷が浅いうちに終われるんだ。 そうやってまた傷つくのは加瀬なんだぞ?」


「でも。 加瀬さんはもう高宮さんのことを好きになってしまっている、」


萌香の言葉に斯波はそっと携帯をテーブルの上に置いた。


「だってもし本当にもう帰って来たいと思ってるならとっくに戻ってきているはずです。きっと、待っているんです。高宮さんが来るのを。」


「切ないこと・・言うな。」



斯波はプイっと横を向いてしまった。

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