第112話 大阪(1)

気がついたら

もう大阪に来てから1ヶ月。


こんなに時間が経つのが早いと思ったのは、人生初めてかも。


高宮は珍しく会社内でボーっとタバコを吸いながら頬杖をついて考えた。


1ヶ月経っても

なかなか仕事は片付かないし。

まだまだ混乱は続いてるし。


昨日も

書類が通ってないって

企画から文句言われて。


「どうぞ、」

理沙がコーヒーを淹れてきてくれた。


「あ・・ありがと。」

それを口にした。


「水谷さんってコーヒーとかお茶を淹れるのがうまいよね。」

ボソっと言うと、理沙は赤面して、


「いえ、そんな・・」


「これだって、できそうでなかなかできないことだよ、」


「他にとりえがなくて、」

苦笑いをする彼女に、


「そんなことないよ。 接客態度もいいし、気も利くし、」


そんなに褒められて理沙は大いに照れた。


「あまり、褒められたことがないので。 私に引継ぎをしてくださった秘書の方がすごくデキる方で。色々比べられました。」


「ロボットじゃないんだからさ。 同じようになんて無理だって。 自分ができることをすればいい、」


新聞を読みながらだったが、そんな風に言われると本当に嬉しい。


彼と仕事をするようになってから

自分が支社長秘書という仕事に初めて正面から向き合えるようになった、と思えた。



その日の午後。

理沙が給湯室から困った様子で支社長室をうかがっているところに遭遇した。


「どうしたの?」


高宮に突然、声をかけられてドキっとしたように、


「あ・・あの、今、広告代理店の新伝社の社長がお見えになっているんですが、」


「ああ。 今、常務に呼ばれて顔を出すところなんだけど、」


「なんか・・苦手っていうか・・」


「は?」


「何度もお食事のお誘いを受けて。 二人で、とおっしゃるので、困ってしまって。 口実をつけて断ってはいるんですが、さっきもそんなようなことを言われて、」


高宮はその状況をすばやく読み取り、


「大丈夫。 お茶をお持ちして、」

とにっこり笑って彼女の肩をぽんと叩いた。


想像通り。

大きな声で豪快に話す、ハゲたメタボのオヤジだった。


「失礼します、」

理沙がお茶を運んでいくと、


「水谷さん、今日こそ食事行こう思って、店も予約してきたんやで、」


早速、そんなこと言ってるし。


「あ~、えっと…」


理沙が助けを求めるような視線を高宮に投げかけると、彼は落ち着いて、


「ぼくもご一緒させていただいていいですか? 社長、」

と彼に言った。


「は・・?」


意外なことを言われてそのメタボハゲオヤジはびっくりしていた。


「ぼくはまだ東京から来て日が浅いですし。 この辺のお店もよく知らないので。 社長は色んなジャンルで活躍されていますし、お話をうかがっているだけで勉強になるでしょうから。 水谷と一緒に、ぜひ。」

高宮はニヤっと笑った。


「や・・それは・・」

思わぬ邪魔が入ってそのオヤジは困惑していた。


「社長のお気に入りのお店ですか。 楽しみですね、」

畳み掛けた。


すると

「あ~・・ま、また今度な。 ウン、めっちゃうまい店紹介するわ、」

オヤジは気まずそうに頭をかいた。


理沙は高宮を呆然と見ていた。

彼も彼女を見てにっこりと笑い返す。

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