第110話 熱情(2)
「なんだ、いつ戻ってきたんだよ…」
八神は気がつくと隣に夏希が座っていたので驚いた。
「あ、今です。」
そして、領収書とおつりを彼に手渡した。
「おう、サンキュ。 真尋さん、なにしてた?」
八神は書類を書くのに手を動かしながら言った。
「え。 ああ。 エロビデオ見てました・・」
夏希はそのままを伝えた。
「はあ??」
八神は彼女を見る。
「んで、猛獣のようにロールケーキを丸のまま食べ初めて。 手にクリームとかついちゃって、めちゃくちゃ油っこそうだったのに、ちょちょっと舐めただけでピアノ弾き始めて…」
本当にそのまま伝えた。
「ああ・・そう。」
八神は特に驚くこともなく、ふっと鼻で笑った。
「なんなんスか? あの人・・」
夏希はもうあの『奇行』ぶりと、あの『ピアノ』のギャップでどうにかなりそうだった。
「なんなんスかって。ま・・本能が服着て歩いてる人かな。 おれもあの人になれるまで1年以上はかかったし、今だってほんっと考えもつかないことしでかしたりしてびっくりする。」
八神は笑ってしまった。
「ピアノ、聴いたの?」
「え・・まあ。 今頭ン中…あの人のピアノでいっぱいで、溢れそうです…」
夏希は半ば呆然としていた。
「おれは一応、音大出てたし、オケにもいたし。 音楽については聴く耳もあるって思ってるし、いろんな演奏家も見てきて。 だけど。 あの人みたいなアーティストにはちょっと出会ったことなかったなあ。」
「あたし、思わず巧いですねって言っちゃったんですけど、おれのこと巧いって言うなんてシロウトだって笑われちゃって、」
「北都マサヒロは、たぶん今どんな評論家に聞いても、巧いピアニストだって言われない。テクニックなんか、絵梨沙さんの足元にも及ばないし。 でも・・すっごい音がダイレクトに心に響いてくるんだよなあ。」
八神の言葉は、夏希がそう言いたかったことそのもので。
「そう! そうなんですよ! あたしは、本当にシロウトですが。 でも、あんなピアノは初めて聴きました、」
少し興奮してそう言った。
「志藤さんも斯波さんも。 みんなあの人のピアノに参っちゃってんだよね。 この事業部はあの人への情熱で持ってるって言ってもいいかもしれない。」
オーバーだけど。
本当にそうなのかもしれないって。
夏希も少しだけ思った。
「だから言っただろ? 変人で評判だって、」
夏希からの電話を受けて高宮は笑ってしまった。
「ほんっと、いろんな意味でびっくりなんですよ・・」
「加瀬さんにびっくりされるなんて、相当だよな。」
「それはどういう意味で??」
なんだかんだ言って。
毎日のようにどちらかからメールしたり電話をしたり。
彼が東京にいた時には考えられなかった。
高宮にしてみたら、遠くはなれていても今のほうが彼女を近くに感じられて嬉しい。
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