第87話 決心(4)

「加瀬さんは本当に大切に育てられてきたのね、」



萌香は優しい瞳でそう言った。



「え…」


「そうやって、家族の気持ちが離れ離れになることも、悲しいことだと思えるのが普通なんでしょうね。」


彼女が何を言いたいのかよくわからなかった。


「高宮さんはきっと大丈夫よ。 だって、ずうっと一人でアメリカで生活してきたんですもの。 きっと強い人だろうし。 それに、そんなに簡単に解決するようなことじゃないんじゃない? まだまだ時間をかけてゆっくりと解決していかないといけないことだと思う。」



そう言われて、



「確かにそうですけど…。」


あたしが心配することなんかじゃないのかもしれない。

あたしだから耐えられないんであって

あの人は大人だから。


そう思おうと必死にがんばった。




「あれ? 加瀬は?」

後からトイレに立った萌香が先に戻ってきたので、みんな不思議だった。


「ん、ちょっとやっぱり体調が悪いみたい。 みなさんに申し訳ないけど先に帰るって言っていました。」


「え、加瀬が体調悪いなんて心配。 ひとりで大丈夫なんやろか、」


「大丈夫だと思います。」

萌香はにっこりと笑った。



みんなにウソをついてしまったけど。

やっぱり今、彼女は彼のところに行かなくちゃ。


そうしたほうがいいって。

神様が言っている気がした。



「加瀬さん…どうしたの、」


高宮は突然、自宅を訪ねてきた夏希に驚いた。


「すみません・・夜分に、」

恥ずかしくて顔が見られない。


「どうぞ。 散らかってるけど。」

彼はにっこりと笑った。


部屋の中は

この前来た時とはまるで違っていて。


なんだかガランとして。

ダンボールの箱がいくつもあった。


本当に

彼はここを出て行こうとしている。


「いつ・・引っ越すんですか?」


「休んだとき、いくつかめぼしつけといたけど、まだ新しいところはまだ決まってなくて。 ま、9月の初めには引っ越せるように荷物だけはまとめておこうって、」

高宮はふと微笑む。


「ワンルームが精一杯だから、いらないものはリサイクルショップに売って処分した。 でも、本が多くて。」

と、ダンボールにたくさんの本を詰め込む彼の姿は

焼肉に没頭できなくなるほど、想像していたままのもので。


夏希はまた胸がいっぱいになってしまった。


黙って、それを詰め込むのを手伝った。


何かを言ったら

きっとまた泣いてしまう。



「もう、会ってくれないかと思った。」


思いがけないことを言われて、少し涙が引っ込んだ。


「え。」


「ほんと、ごめんな。 昨日、おれ、どうかしてた。」

と自嘲した。



「なんか、加瀬さんの言ってくれた言葉がうれしくて・・つい・・」



『あたしは今のままの高宮さんでいいって・・』



少し荒んでいた気持ちが

すごく和らいだ。

ホッとした。

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