第29話 転機(1)

「ああ・・緊張した。」

夏希は胸をなでおろした。


「え? なんで?」


「だって専務と、同じエレベーターなんて・・」


「はあ? 別に~。 おんなじ人間!」

南はアハハと笑って彼女の背中を叩く。


「ほんと、ステキな人で、」

とため息をつくと、


「そやろ~? もう、その辺の芸能人とかよりも真太郎はカッコええねん! カッコイイだけやなくてな、めっちゃ優しいし。」

南は夢見るように言った。


「どうやって、専務と知り合ったんですか? やっぱり、社内で?」

夏希が疑問をぶつけると、


「え? 似たようなもんやけど。 てゆーか、真太郎より先にあたし、社長に見初められちゃって!」

南は無邪気に言う。


「はあ???」


「初めはホクトの子会社で彼がバイトしてて。 そこにあたしが来たの。」

南は自分の席に着いて、メールをチェックをしながら言う。


「へえ。」


「あたし、そこに来る前にキャバ嬢してたから…」

あけすけに言う彼女に、


「きゃ・・キャバ嬢???」

夏希は激しく驚いた。


「ウン。 これでもわりと有名な店やったんやけどな。 No.1やってん!」


キャバクラにいた人が…なぜ????


世間知らずの夏希はもう頭がパンパンになっていた。


「北都社長がね。 得意先のキャバクラ好きの人に連れてこられたの。 あたし、そんなエライ人だって知らなくて。好き勝手しゃべってたんやけど。 社長、次の日に一人で来てな。 『堅気の仕事しない?』って。 名刺もらって。 さすがにびっくりしたけど。 なんであたしなん?て、聞いたら。 こんなに生きてることに満ち溢れてる女、見たことなかったって。」

南は笑う。


「はあ?」


「社長ってちょっと変わってんねんな。 こんな一流企業なんやから一流大学とか出た人普通採用するやんかあ。 でも、そういうのが好きやないねんて。 もっともっとバイタリティがあって、苦労してる人間がええんやて。 勉強ばっかりしてきた人間はつまらんて。」


「へえええええ。」

ものすごく大きくうなずいてしまった。


「かく言う、自分の息子は東大出で、勉強ひとすじ人間やってのに!って。」

おかしそうに笑う。


「そうやって出会ったんですかあ。」


「ま、それからもいろいろあったけどな。 あたしが元キャバ嬢やったこと、噂になってみんな知ってるし。いろいろ言う人はいたけどね。 でも! それがなんやねんて。 人の目気にしてる人生なんてな、アホらしい! 自分の人生やん、自分が生きたいように生きればええやん!」


瞳が

真っ黒のビー玉みたいに、くるくるとよく動いて、すっごく光ってて。

陽の気が

彼女の全身から発せられてるような。


すっごい

エネルギー…。


夏希は南の不思議な魅力にブラックホールみたいに引き込まれそうだった。



すごいなあ。

なんか。


『人生いろいろ』

そんな言葉が夏希の頭の中を駆け巡っていた。

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