第11話王邸の玄関前に立つイワタ
第六界
気弱そうで一発小突いただけで倒れそうな男。ナツメが最初に抱いたアライの印象だ。しかし今はもしかしたら本性は全く違うのかもしれないと感じていた。それはナツメ自身の眼と独特の直感が鐘楼から降りて近づいた時と更に近づいた時に自分に向けられたアライの僅かに漏れた殺気と瞬時に反応した体の動きを見逃さなかったからだ。ただこの殺気の感じは激情に任せた怒りや、仕事だと割り切っているような冷徹さからくるものではないとナツメは感じていた。それを意図して隠しているのか無意識にやっているのか、どちらにせよ中々底が見えない相手に純粋に興味が湧いた。だからこの男と今後魔王討伐をかけて競わなくてはならない事をライバルとして喜ばしく、そして少し惜しいような気がした。
「・・・もしかしてナガタさんは知ってたんですか?あの子が勇者だって。」
ナツメはアライとナガタに自己紹介の握手を交わした。大分ビクついたアライの自己紹介と握手に苦笑いした後「私も王邸に呼ばれてるから一緒に行こ。」と言いだすと小走りで鐘楼に向かっていき、置いてあった荷物をまとめ始めた。アライはその様子をナガタと並んで黙って眺めていたのだが、彼女が今回の勇者の一人だと聞いても表情一つ変えなかったナガタにアライは疑問に感じた。
「そりゃ教会からプロフィールと写真が王宮に届いてたからな。」
うれしそうに話すナガタにアライは少し腹が立った。
「そんなのあったならさっさと俺に見せてくれよぉ・・・。」
「それにしても白黒写真でも思ってたが実際会ってみると一段と背が低いな。可愛いけど。」
その瞬間ナツメは何かに反応して先ほどまでの女の子らしい雰囲気がウソのようにナガタに怒りの顔を露わにした。
「おい今ミジンコの親戚って言ったでしょ!!!」
「いやそこまで言ってない。」
ナツメはしばらく眉をつり上げ、敵意をむき出した目で睨んでいたがまたすぐ表情を崩した。
「・・・まあいいか。『可愛い』に免じて一回だけ許してあげる。」
「聞こえてんじゃねえか。」
その後用意が出来たらしくナツメが二人の所に早足で戻ってきた。さっきの服装の上に萌葱色の羽織を着ており背中に灰色のリュックサックを背負っている。そして、手にはあの長い竿のようなものを持っていたのだが近くで見てみると包帯越しの形状で大方どのような武器なのか察しがついた。「槍」である。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
「よ、よぉし・・・じゃあ、行くかぁ・・・。」
アライは平静を装っている。否、出来ていない・・・・!そのつもりで・・・・いるだけっ・・・・!漏れているっ・・・・!警戒心がっ・・・・・!ナツメへの警戒心っ・・・!油断すれば、負けっ・・・・!死・・・・!養分・・・・!この考えが次第に恐れと緊張に変わり、アライを蝕む・・・・!よって引き起こす、うわずった声・・・!ひきつった笑み・・・・!このアライの様子にナツメ困惑っ・・・・・!
「ナガタさん・・・・これってどこまで本気なの?」
「これがこいつの素だ。安心しろお前だけじゃない。初対面のやつにはだいたいこんな感じだ。」
ナガタは楽しそうにアライの様子を眺めている。笑われている事に気づいたアライはそそくさと二人を置いて先に歩き始めた。
「アライって元王宮戦士にしては戦士っぽくないですよね。鎧とか着てないし、武器も見た感じ古臭そうな脇差を腰に提げてるぐらいだし。」
「まあ俺も鎧はあまり着ないしなぁ。お前こそ、その槍無かったらその辺の娘と変わんないぞ。」
「むっ。」
「だが、そう甘く思っているなら気を付けるんだな。」
ナツメはどういう意味か分からず首を傾げていたがナガタは楽しそうな調子を崩すことなく話す。
「あいつ、たぶんお前より強いぞ。」
寺の敷地をまた長い石階段を上って抜けると正面に両端が塀で囲まれた大通りに出る。その通りを道なりに進み大門を越えると地面が石で舗装された大広場に出る。その広場の向かって正面に王宮、右手に宿舎、左手に王邸がある。王邸の正面には桜色が混ざった万成石の敷居の上に木造の門がかまえていた。アライは門を潜る事に抵抗があった。おそらく中にはスダ王とイワタ総隊長がいると思ったからだ。アライは意を決して敷居を踏まないように王邸の門を潜った。
敷地に入ると左手は手入れの行き届いた庭園になっており中央は池になっている。池にはスダ王が飼っている錦鯉が気持ちよさそうに漂っている。そして正面には黒く塗られた引き戸の玄関が見える。アライ達が玄関に近づこうとすると玄関の方からゆっくりと開き初老の男が不機嫌そうに頭を掻きながら現れた。自分の上着の内ポケットからチューインガムを取り出し包み紙を取ろうとしている。その様子を見てナガタは近づきながら話しかけた。
「お疲れ様ですイワタさん。」
「おう、ナガタ。なんだもう帰ってきたのか。もう少し掛かると思ってたんだが・・・。」
イワタは一瞬表情が和らいだが後ろにいたアライの姿に気づくと眉間にしわを寄せ、無言でアライに近づいて行った。アライは心底もう帰りたい気持ちで一杯だったがここで背を向ければ更に地獄を見ると思い、観念してイワタと向かい合った。
「お、お久しぶりですっ!・・・総隊長・・・。」
イワタは不機嫌そうな顔を崩さず無言でアライを見ていた。そして体が動いたかと思った瞬間、右手が高々と上に突き上げられていた。アライはこれは絶対顔に殴られる流れだと察し、歯を食いしばり目を瞑った。しかし衝撃が届いたのは顔ではなく背中の方だった。イワタは平手でアライの背中を二回叩いた。そして低く落ち着き払った声で「よく戻った。」と言うと隣にちょこんと立っていたナツメに向かい合った。
「第二修道教会から来たナツメです。」
「一昨年の会合以来になるか・・・期待しているぞ。親父にはもう会ってきたのか?」
「いえ、多分口聞いてくれないと思うので。」
ナツメは寂しそうな顔をしたがすぐ作り笑顔を向けた。イワタは何か言いたそうだったがそれ以上は何も言わずに背を向けて玄関の方に歩いて行った。
「俺は勇者が全員揃ったことをスダ王に伝えてくる。ナガタ、二人を客室に案内しておけ。」
「了解しました。」
「アライ、そしてナツメ。準備が出来たら呼び出すからそれまで部屋でくつろいでてくれ。」
そう言うとイワタは玄関を上がり、廊下の奥へ消えて行った。
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