13-03 救世主の登場

 煮えくり返る思いが不思議と消え、わたしは神様を拝むように両手を組んだ。

 バンダナを巻いた銀髪が風に鷹揚おうようと揺れる。ミサゴさんはどこか安堵あんどしたような微笑を浮かべながら、こちらへ歩み寄ってくる。


「ししょーっ!」

「あっ!? カワセミ……」


 カワセミくんもうれしそうな声をあげ、カーくんの腕を押しのけてミサゴさんの足へ飛びついた。


「カワセミ、服ボロボロやな? 大丈夫か?」

「だいじょーぶじゃないっ! それより、ししょーはなんでここに来たの?」


 案じ顔のミサゴさんに対して、カワセミくんは元気そうにピョンピョンと飛び跳ねて首を傾げた。

 その様子を見ながら、カーくんが悔しそうにまゆをひそめて立ち上がる。


「お嬢ちゃんがさらわれて鳥たちが奪い返しに行っとるて、カワセミの知り合いのネコに連れられたハシボソガラスに聞いたんや」

「ニャンニャンが!? 連れてきてくれたんだ!」

「そういや、一羽いねぇなって思ってたんだよな……」


 カワセミくんがびっくりした様子でほおを染め、カーくんが思い出したように独りちた。

 トキはなにも言わずに立ち上がり、前を通り過ぎるミサゴさんを見つめる。

 ミサゴさんはわたしのそばまで来て、笑みを浮かべて肩をすくめた。


「で、慌てて来てみたんやけど……、なんや、お嬢ちゃんがあらぶっとってな。大事なくて、ほっとしたわ」


 あれ? そういえばわたしは、さっきなにをしていただろう?

 鳥たちの前で、仁王立ちになって、正座をさせて、説教して、怒りに身を任せて腕をブンブン振り回しながらわめいて……。

 はたから見たら、まるでわたしが鳥たちを襲っているみたい……?


「ち、違うんですよ!? 荒ぶってないです! すっごく怖かったんですから!」


 恥ずかしさで熱くなる顔を振りながら叫んだ。オオタカに連れ去られて、争いを目の当たりにして、泣くほど怖かった。

 「なな、怖がってたか?」と、首を傾げるカーくんは、目で黙らせる。


「ボクなんか殺されかけたんだよ!? ししょー、あんなやつやっつけてよっ!」


 カワセミくんもすすり泣きながら、ミサゴさんの足にすがりつく。

 「ななもカワセミも、猛禽もうきん野郎が来てから態度変わってねぇか?」と、ぼやくカーくんは、わたしとカワセミくんが同時に目で黙らせた。


「って、なんでいちいちにらむんだよ!?」


 文句は置いておいて、わたしはミサゴさんへと視線を戻す。

 ミサゴさんは額に手を当てて、大きくため息を吐いた。突然、頭を下げて両手を合わせる。


「すまん! お嬢ちゃんやカワセミを、こんな目に遭わせるつもりはなかったんや」


 えっ?

 面食らい、わたしはポカンと固まった。カワセミくんも目を丸くして、まばたきを繰り返す。

 どうして、ミサゴさんが謝るんだろう? わたしをさらったのもカワセミくんを襲おうとしたのも、オオタカなのに。


「ミサゴは、オオタカを知っていたのか」


 黙っていたトキが言った。

 ミサゴさんはトキを一瞥いちべつする。なにか考え込むように頭をいて、目をそらしながら口を開く。


「言うてなかったけど、あいつは今、ワシが預かっとるオオタカなんや……」

「えっ、一緒に暮らしてるってことですか?」

「そんなっ、ししょー聞いてないよ!? なんで? いつからいたの!?」


 カワセミくんがミサゴさんのズボンを握りしめ、押したり引っ張ったりしながら質問攻めをする。

 ミサゴさんが足もとを見て、困ったように眉をゆがめた。頭を抱えながら話し出す。


「雪が降り始めた頃やったから、正月や。この山で、ワシは倒れたあいつを見つけてな……。怪我けがして弱っとったから、家で介抱しとったんや」

「倒れてたって、人の姿でですか?」

「せや。鳥やったら、病院にでも施設にでも連れていけばええんやけど、さすがにあの姿を他人ヒトにはせれんやろ」

「そうだったんですね。それで、怪我は大丈夫なんですか?」

「あ、あぁ、足くじいとっただけやから、お嬢ちゃんが心配するほどのもんやない。まぁ、治りかけで無茶ばっかするんが、困りものやけどな」


 ミサゴさんがちょっと驚いたようにわたしを見て言って、肩をすくめた。


「ケガしてたって、手負いであんなに強ぇのか……」


 カーくんがつぶやき、唇をとがらせた。

 怪我をしていたなんて、全然気がつかなかった。言われてみれば、カーくんが飛びかかっていった時に動きが鈍かったような。もしかして怪我のせいだったのかな。


「それでミサゴさん。しずくさんって人のことは知ってますか?」


 一番気になっていたことをく。

 ミサゴさんは一瞬目を見開いて、真顔でわたしを見つめた。


「言うとったんか?」

「はい。しずくになれとか言われました」

「あいつ……」


 ミサゴさんが苦虫をかみつぶしたように顔をしかめた。頭を掻き、大きなため息を吐く。それからなぜかまたトキのほうをちらっと見て、説明してくれる。


「ワシも詳しくは知らんけどな。そのヒトとオオタカは、しばらく一緒に過ごしとったらしい。お嬢ちゃんとトキたちみたいな関係や……。けど、ある日そのヒトが、事故にうてしもうたんや」


 事故……?

 思いがけない話に、息をんだ。そういえばオオタカ、「しずくを救えなかった」って言っていた。


「事故って、しずくさんは……」


 胸がざわめき、やっとのことで声を出した。

 ミサゴさんがわたしを見ながら眉尻まゆじりを落とし、口を開きかける。


「でたらめな話をするな」


 不意に、背中を強い風が押した。

 すぐ背後にオオタカが舞い降りる。とっさに身を引こうとしたけど、間髪をいれず腕が伸びて来て、また手首をつかまれる。


「あっ、てっめぇ! ななと手ぇばっか繋ぎやがって! こうなったら決闘だ!」

「ししょーにまで手を出してたなんて! ななを奪い返したら、お前なんか焼き鳥にしてやるっ!」


 つまらなそうに話を聞いていたカーくんとカワセミくんが急に威勢を取り戻し、雪を踏みしめながら怒りだす。別に手を繋いでるわけじゃないからね。てか、さっきのお説教聞いてた!?


「カラスらは黙っとれ」


 騒がしくなりかけた中、吐き捨てられた一言に、カーくんがビクッと動きを止めた。カワセミくんも頭上をうかがい、おどおどとカーくんの肩へ飛んで逃げる。

 ミサゴさんがゆっくりと前へ踏み出し、鋭く細めたひとみをオオタカへ向けた。


「勝手な真似まねするなてあれほど言うたやろ。どういうつもりや」


 さきほどまでとはまるで違う、低く威圧感のある声。

 カーくんたちがまたブルっと身体を震わせる。

 一方のオオタカは悠然と相手を睨みつけ、口を開く。


「しずくを救いに来ただけだ」

「お前、なにアホなこと……」

「貴様と同じことをしているだけだ」

「違う!」

「同じだ」


 突然大きくなった声に対しても、はねつけるように言葉をかぶせる。

 ミサゴさんの両手が強く握られた。こんなに怒っているミサゴさん、初めて見た。猛禽もうきん二羽の迫力に、わたしは無意識に震える足を後ろへ下げた。

 ミサゴさんがハッとこちらへ目を移し、握りしめていた手を緩める。

 同時に、オオタカがきびすを返してわたしを引き寄せる。


「行くぞ」

「えっ? きゃっ!?」


 身体が横に倒され、足が宙に浮く。拒む暇もなく、またお姫様抱っこされる。


「貴様はそいつらの相手をしていろ。いるとこいつがうるさくなる」


 オオタカが歩きながら相手の顔も見ずに言って、翼を広げた。

 別にトキやカーくんやカワセミくんがいたからうるさくなったわけじゃない。飛び立つ前に抵抗しようと、わたしは声を出しかけた。

 その時。


「待てや!!」


 ミサゴさんの声が、山にこだまする。

 オオタカが足を止め、眉をひそめて首だけひねって振り返った。わたしも恐る恐る彼の見ているほうを見た。


「お嬢ちゃんに、触れるな」


 背筋に寒気の走るような声が聞こえた。両手につけていた軍手が外されて、雪の上に捨てられる。オオタカと似た鋭利な指の先があらわになる。


 まさか、ミサゴさんまでケンカするつもりなの……!?


 オオタカが身体に力を入れた。カーくんたちは助けてくれる気配もなく、気圧けおされて後ずさっていく。わたしも怖くなって、言葉が出なくなってしまう。


 ミサゴさんはオオタカを見据えたまま、片手をゆっくりと腰の下へ持っていった。


「意識戻ったって、連絡があった」

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